とある家族のドタバタ米D2
転載、ダメ絶対(・ω・)ノ
私は高橋香織。一七歳。高校二年生だ。またの呼び名を、美佐のお姉ちゃんという。
昨日は…………散々な目にあった。ありえないことにゴキブリを踏んずけてしまったのだ。ホント、あり得ない……。
これもあれも彼氏と別れてしまったのも全部全部、妹、美佐の所為だ。これが完全なる逆恨みだって
ことぐらい判別がつく。しかし――
「こんなの納得できるか!!」
と、どうしようもない怒りが私をむしばんでいるのだ。
それに、彼氏の事はしかたないにしても(でも良くは思っていなかったことは知っている)、ゴキブリの件については、許せない。美佐の態度からして、あれは絶対もっと早くに忠告出来ていたはずだ。
何年アンタの姉やってきたか……。これくらい、た易く見破られるとも知らないで…………!
コホン。
てなわけで今日は妹に仕返しを実行しようと思う。復讐劇ってやつね。
好都合なことに今日は土曜日だ。ちなみに私が所属しているテニス部も休み。
昨日は怒りに身を任せて怒鳴り散らしていたが今日はまだ、それというアクションは起こしていない。
しかし、この怒りから分るようにこの怒りは消失したわけではないし、妹を許したわけでもない。一旦、胸の内に押し留めているだけなのだ。
この計画を…………悟られてはいけない。
妹は何かと、頭が切れるのだ。あ、別に勉強が出来るなんてことは一切なく、ただ単にずる賢いサルというだけなのだが。
今、妹は外出中だ。土曜日の午前中は剣道の稽古に通っているのだ。といってもここの稽古場は初めてだろうけど。きっと今頃、剣道の稽古に没頭していてゴキブリ事件のことなんかすっかり忘れているだろう。そう思うと悔しくてしかたがない。
仕返しは、妹、美佐が帰ってきたその時、実行しよう。
具体的に言うと、まず計画はこうだ。
妹の帰宅をベランダから確認。ちょうど、ベランダの真下を通過するその瞬間――
「ゴキブリよりも最悪で卑劣な何かを落とすッ!! そして命中!!」
「香織ー、少しうるさいわよ~。お母さん今、韓流ドラマ見ているんだから。あなたも見る? 面白いわよ?」
バリボリと盛大に音を立てながら煎餅を咀嚼している母は今、韓流にゾッコンらしい。
「あー今は忙しいからまたの機会にしとく!」
「そう?」
母の階段を下りていく音が耳に届く。
ふー、びっくりした。居間にいるはずの母が、足音も立てずにいつの間にか、私の部屋の前にいるんだもん。相変わらず、気配隠すのうまいなぁ。
何だっけ? 自称元FBI? あながち、その例えも間違っていないわ。
「さて、」
ゴキブリよりも最悪で卑劣な何かとか言ったけど、その何かがまだ決まらないんだよなぁ。うーん。今から二時間以内に手に入る何かでないと。私は普段使うことのない脳みそをフル回転して、考える。考える。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
黙考すること約三分。丁度、カップラーメンが出来上がる頃、私は…………閃いた。革命的な閃きだ。
「そうだ! うんこを落とそう!!」
いける! これはいけるぞ!
私はこの革命的で天才的な閃きに自信があった。ゴキブリよりも最悪な何かと言ったらこれしかないだろう。同じ害虫でゲジゲジとかの手もあったのだが、それでは昨日と類似していて面白みを感じられない。それに……うんこが真上から落ちて来たときの衝撃は、絶対に精神的ダメージを大きいものにするだろう。
この計画を実行するにあったって妹への復讐に重を置いている今、完璧と言える作戦だろう。
妹は、というか家族(私除いて)は、どこか異常なぐらいに潔癖症なのだ。私はその遺伝子を受け継いでいないためかズボラで大雑把な性格だが。
「ふふふふふ……」
剣道の稽古で疲れきった妹が帰宅するその瞬間。安心しきっている状態から、うんこを…………落とす! これ以上、最低卑劣なことはないだろう。想像するだけで笑いが止まらない。
「さて、」
時刻は、10時を回った。妹が家路につくまであと二時間。もたもたしている暇は当然ながら無い。これから念入りに、準備に準備を重ね、リハーサルを行わなければいけないのだ。
っと…………その前に、やっておかないといけないことがある。
うんこの確保だ。自分で排便したブツを――
というのはさすがにこの私でも、抵抗感があるというか、やれそうにない。というかそれをやってしまったら、人ではなくなってしまう気がする。そんな危険なリスクを妹の為に負うわけにはいかない。そもそも、そんな気概は持ち合わせていない。持ち合わせたくもない。
というわけで――
「猫のうんこでも採取しに行きますか」
………………公園とかに落ちていたらいいなぁ。
「ビニール袋と、軍手と、方位磁石と、地図は持った。あとは――」
採取に必要そうなものを考える。あれを採りに行くなんて経験は生まれてこのかた体験したことがないため、よく分からないことが盛りだくさんなのだ。
先ほど、部屋にある自分のパソコンで『うんこ 採取』でググってみたのだが、これといった役立つ情報というものは掲載していなかった。それよりもスカトロ系の知識が先だっていた。そういう分野の知識は私には一生必要のないものだ。
と、話がだいぶんズレてしまったが、今は、うんこの採取に役立つ便利グッズを求めているのだ。
「あ! ゴミ拾う時に使う、カチカチした鉄製のヤツはどうだ!?」
軍手で掴むよりも、絶対イイ!! てか、軍手とはいえ、布一枚越しで掴むのは、不潔すぎるだろう。その点、アレだったら、直接的に触れることはないし、自分への被害は最小限に抑えることができる!
なんて冴えているんだろう、今日の私!
「でも、家にあったけな」
もしかしたら、屋根裏の倉庫に置いているかもしてない。でもあそこはもう随分整理も掃除もしていないみたいだし、見つかるかなぁ?
とりあえず、母に聞いてみることにしよう。
行動派の私は早速自分の部屋を出て、一階へ降りる。
「お母さーん。家にゴミ拾いとかに使うカチカチした挟むヤツって家にあったっけー?」
居間の扉を開き、早口で聞く。
「えー? 何に使うのよ?」
韓流ドラマに夢中な母は、如何にも、面倒そうに聞き返す。
「それは……ほら、あれ。学校でのクリーン活動に必要なの!」
勿論、クリーン活動なんて実在しないし口から出まかせだけど。
「ふーん、そうなの。じゃあ、屋根裏の倉庫でも探索してみれば?」
興味がないとばかりに、一度も振り返ろうとはしない。
「今すぐ必要なの!」
「え、だって今日も明日も学校お休みじゃない。時間はあるんだし、ゆっくり探せばー」
それだけ言うと、母は、もう邪魔よと言わんばかりに、テレビの音量を上げた。…………我の母ながら、ひどいな。
「うーん、どうしよう」
屋根裏の倉庫は酷く混雑しているし、万が一、見つけ出しても、莫大な時間がかかる作業になりそうだ……。やめとくか。倉庫を探すのは時間配分を考えて効率的なものではないし、無駄な作業に終わりそう。
「……思いついておいて諦めるのは悔しいなぁ。………………………………ああ! もしかしたら――」
私は足早に居間から台所へと移動する。そして、料理器具が収納されている棚を眺める。
「確か……このへんにあったような」
私は手あたりしだい、棚の引き出しを開ける。三番目の引き出しを開いた時、求めていたものが、あった。
「これこれ!」
私の手に握られているものは、紛れもなくカチカチした挟むヤツだ。
料理用のトング。ただ、難点を挙げるとそしてかなり短い。
うん! 気にしない気にしない! ……一々気にしたら負けよ
「ごめん、お母さん……」
パスタを盛りつけたり、サラダをトッピングしたりするときに使用されているトングが、まさかうんこを掴まされる運命を辿ることとは知りもしないだろう。
母がこれを知っていたとしたら、本当に元FBIだと信じざるを得ない。まぁ、無いけどー。
「よしっ、では行きますか!」
トングをリュックへ放り込んだ私は、勢いよく玄関を飛び出した。
「えーと」
そんな私は元気よく家を出た途端、方位磁石と共に地図を広げた。
うん。告白しよう。ここらへんは引っ越して来たばかりで、一番近くのコンビニさえ、まだ把握していないのだ。
まずは、公園へ行こうと決めていた。地図上から公園のある場所を確認する。ここから、三百メートル離れた北東の方角にあるようだ。
方位磁石を手元に、私は歩きだした。
途中、犬の散歩中らしいおじいさんとすれ違う。
「あ、」
………………………………うんこだ。
おじいさんの握りしめているビニール袋にはうんこが入っていた。その証拠にビニール袋は少し沈んだ形をしている。
そのうんこをください!
この一言が言えないまま、おじいさんとは軽く挨拶を交わして、何事もなかったようにすれ違う。
この一言、されど一言。確かにくださいと言えば、不思議に思いながらも、親切なおじいさんは有無を言わずに渡してくれるだろう。それはもういとも簡単に。
しかし、『それです! 今手に持っているそれを下さい』
発言が、おじいさんの口から誰かに伝わってしまうことを考えたら言えるはずもなかった。
『新しく引っ越してきた家族はうんこを収集している変態家族』
というレッテルを貼られてしまう確率が非常に高いのだ。地域意識が高いようなところは特にだ。
「くぅ………………………………」
私は未練がましく、おじいさんの背中を目で追う。そこに、求めているものがあるというのに、見逃すことしかできない。そんな自分に悔しさの念を滲ませる。
しかし、まだ家を出たばかりだ。うんこはどこにだって落ちている(注・あくまで個人の意見です)はずだからそう慌てなくてもいいだろう。
気を取り直して、私は公園への道のりを確実に、一歩ずつ歩んでいく。
「あ、もう着いた」
慣れない道だったからか、色々障害物があるとか、あることないこと警戒していたが。あっさりと公園へ到着した。たった三百メートルだったしね。
『みんなの公園』
公園前の石垣にはこう表記してあった。まぁ、よくありそうなネーミングね。
私は公園に足を踏み入れる。結構、子連れの母親とかいるんだぁ。休日ということもあってか、公園は中々に盛況していた。親子三組と、少年五人がそれぞれに、楽しんでいるようだ。トイレと手洗い場がついて整備も良く行き届いている。
果たしてここにあるのか? あまり綺麗すぎても、ありそうにないし……。
「ますは見てみるか!」
不安は残るも、それを払拭するように私は気合いを入れる。
茂みなんかにありそうだな。
そう踏んだ私は、公園の端から端を回ってみることにした。
「え、ちょっと…………あったんだけど」
公園出入り口から十歩も行かないところだ。私は手を口元にあてて驚きを隠せない。嬉しさのあまり、手が震える。日本中どこを探しても、うんこを見て狂喜乱舞する女子高生なんていないだろう。
だからといって妙な性癖を持っているとは勘違いしないでほしい。この行動は、あくまで妹への復讐の為であって。実際の私の性格や、人格には一切関係ありません。
「でも――……」
かなり古いものなのか、カラカラに干からびていた。
「他をあたるか」
結局、くまなく見て回ったが、この公園にはこれしか無かった。採取するか、放置するか迷ったけど、とりあえず貰っておくことにした。最悪の場合も配慮して、ね。あ! あと清掃の一環としてもね!
トングは短いながらもうまく使いこなし、ビニール袋へその原型を崩さぬよう配慮してそっと入れた。
他をあたると言ったが、そう時間がないため急がないといけない。
私は付けている腕時計を一瞥する。妹が帰ってくる十二時まであと一時間ほどだ。はたして見つかるだろうか?
ポケット折りたたんで仕舞っていた地図を取り出し、ガサガサと開いた。
「えーと……他の公園は結構距離あるしなぁ。まぁ、ブラブラ歩いてみるか」
私はここら辺の探索も兼ねて、適当に歩くことにした。
何ら変哲ない住宅地の景色を眺めながら、妹への復讐を脳内でシュミレーションする。時間が無い為にリハーサルを行うことを断念せざるをえない場合を考慮してのことだ。
帰宅途中の妹を確認。
↓
隣に準備しているうんこの入ったバケツを手に取る。
なんでバケツかって言うと、ビニール袋であればカサカサという音で気づかれる可能性があるから。はい、次。
↓
妹が玄関近く、ベランダの真下に来る直前、バケツの中身をぶちまける。
この時、採取量が多ければその分成功する確率が数段大きくなるのだ。
シュミレーション終了。はいもう完璧すぎて言うことなしー。反論は受け付けませんよ。
てかこの作戦にケチつけた奴、うんこ投げるぞ。
そんなこんなで歩みを進めること約十分。
私はコンビニに来ていた。ほえー、いつの間にこんなところまで。ポケットに納めていた地図を取り出す。あの公園から一・五キロ行ったところだ。
コンビニ前には、ありきたりな光景ながらも中学生かな? 不良もといヤンキー君等がたむろしていた。
へー、こんな田舎にもいるんだー。
私は物珍しさにヤンキー君等がたむろしているあたりへ向かう。
「あんだよネーチャン? なんか用か?」
その中でもボスらしき厳つい体格の少年が声をかけてきた。
「ごめんねー。あのさ、ちょっといいかな?」
私は少年たちを指差す。正しくは、その後ろのゴミ箱。
ボスは察してくれたのか――
「あ? ゴミ捨てんのか?」
「いや、違くて。探し物ってとこかなぁ? ちょっと退いてくれると助かるかも」
「嫌だね。ここはいわば俺たちの縄張りってヤツ? だし」
「ちっちゃい縄張りだねぇ」
「あんだとテメェ。ボコられてぇのか?!」
正直、られたくねぇッス。痛いの嫌いだし。まぁ、空手と合気道と柔道とコテンドーとカポエラをちょびっと齧っているから、何とか切り抜けられるだろうけど。
「おいちょっと…………コイツもしかして、高橋香織じゃないッスか?」
ボスではない少年の一人が口を挟む。
え、個人情報ダダ漏れ? もしくは有名だったりして。そのナイスな美貌で。
「あ、誰だよ?」
あら、そうでもなかった。
「ほら、格闘競技においてメダル総なめの現役女子高生ッスよ。噂によればプロからの誘いも来ているとかなんとか……」
そっちか。今はテニス一筋なんだけどね。テニスのユニフォームに一目惚れしちゃって。でへでへ。
「マジかよ、こんな細いネーチャンが? あり得ねー」
「あの~」
私は恐る恐るといった調子で挙手をする。
「あん?」
会話を邪魔されたとばかりに、こめかみに青筋を立てて、ギョロリと睨みを利かせるボス。ていうか私の話題なんだから、真相は本人に聞けばいいと思うんだけどね? それはどうでもいいとして。
「どけてもらえませんかね?」
タイムリミットが迫っているんだよコッチは! 干からびたうんこ投げつけてやろうか! という衝動に駆られるが、ヤンキーなんぞに貴重なうんこを投げつける価値はないと判断した。
語弊があっては困るから言っておくけど、ヤンキーはうんこ以下という意味では決して無いですから!
「ふん、丁度好いじゃねーか。俺と勝負しろよ。お前が勝ったら、喜んでどかしてもらうし、舎弟にもなってやるぜ?」
これだから中坊は……。素直だけど、喧嘩っ早いのが玉に瑕だな。あーもー、うんこがあるかどうか確認したいだけなのに、そうしてこうなっちゃうかなー。
「ちょっ、隼人センパイ! 相手は格闘技専門の、しかも全国大会優勝……」
「うるせぇ! やるっていったらやるんだよ! お前は引っ込んでろ、意気地無しが!!」
隼人君って言うのか。でもボスはボスだよなー。
「あの、ボス」
「「「………………………………」」」
あ、ミスった。ヤンキー達がお互いに顔を見合わせているんだけど。あ、最終的に隼人センパイに視線が集中。納得がいったようだ。すんません……私の一言でグループ内を混乱させちゃって。
「何勝手な事言ってんだよ!」
またまた、そんなこと言って。ちょっと嬉しいのか、鼻の穴膨らんでいますよ? やっぱ中学生ってイイなぁ。素直で。家の小賢しい妹とは大違いだ。
「じゃあ、どこで勝負とやらをしますか? まさかコンビニ前でやるってわけにもいかないし」
営業妨害になりかねない。というかなる。絶対。
「お、やる気になったかネ―チャン。そう来ないとな。よし、ついてこい」
中々うんこが見つからなくてイライラしていたから、憂さ晴らしになりそうだしね。でも長引くとそれはそれで、イライラが募るけど。
「ういー」
しばらく歩くと空き地が見えてきた。
「ここ?」
「…………そうだ」
こうも都合良く空き地があるとは……驚きだ。しばらく歩いてとか抜かしていたけど実際二十秒もなかった。でも欲を言うと――
「第三倉庫とか期待してたんだよなぁ。出来れば波止場の」
任侠ドラマのお約束。第一でもなく第二でもなく第三倉庫。
「俺たちも、第三倉庫と名がつく倉庫を必死扱いて探してるんスけどそんなベタな物件無くてさぁ……隼人先輩も無茶言うぜ」
「おい……今、それを言う必要ねぇだろ……?」
ボスのこめかみがピクピクしていた。
「す、すみません……」
まぁ……隠れた努力を暴露されるのってかなり恥ずかしいよね。
「ねぇ、始めようよ?」
私はファイティングポーズを取る。今までの経験からいうと、挑発に乗ってくれると早く終わるんだよなぁ。
「おう。お前ら、手ぇ出すんじゃねぇぞ?」
ボスは手下たちに下がっていろと合図をする。何気かっけえな。
「こいよ?」
「じゃあ遠慮なく」
私はボスへとスタスタ歩みよる。そして間合いも何も取らず、真っ正面から拳を放つ。具体的に説明すると、拳を放つコンマ一秒の間に左の懐から取り出した、メリケンサックを装着して。
護身用に持ち歩いているものだ。…………え? 普通そんな物騒な物、持ち歩かないって? うっそだぁ。可愛子ぶっちゃって嫌味ぃー。
「え? あ――」
その常識もへったくれな先制攻撃は、予想していなかったようで、ボスは反応が遅れる。
「へぶしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
その悲鳴パターンは初めてだな。メモっとこう。めもめも。
ボスは顔面を強打された勢いで、乾いた地面に倒れ込む。
ドシャアアアア。
「………………………………」
いつまで経っても起き上がる気配が無い。それでも手下達、一歩も動こうとしないのはどうかと思う……確かに、手は出すなと言ったけれどさ。
……素人相手に少々やりすぎたかな?
私は膝を屈めて、ボスの顔を覗き込む。
「大丈夫かい坊や?」
目ぼしい反応が返ってこない。もしかして……死んじゃったりしてないよね? ツンツンと突いてみるが反応はゼロ。
「……ねぇ、あんた達のボスって強いんだよね?」
黙って見ている手下達に目を向ける。するとスッと目を逸らされた。視線を合わせようとしてくれないのは何故?
「………………………………うぅ」
「あ、生きてたの?」
遺体処理に手間取られなくて良かった! チェーンソー用意するってなると色々大変だもん。ボスは腰
を押さえながら何とか立ち上がるもその足取りはおぼつかない。
「お前、いや……姉御。ふざけた真似してスイマセンシタァアアアア!」
ズシャヤアアアアア
ボスは額を乾いた地面に擦りつけるようにして土下座した。
「え、ちょ……何のために立ち上がったの!?」
我ながらツッコミの方向性を失っている気がする。
「姉御のその強さに惚れました! 舎弟にしてください! 何でもしますから!」
「じゃあうんこ探して! 今からすぐ!」
切羽詰っていたのだろう。口をついてうんこという単語が出てくるんだけど! 絶対変に思われたよね……。
「わかりました。うんこですね! あ……でも何でうんこ?」
「隼人さん、そこは察してあげてください。きっとアレですよ。妙な趣味でもあるんスよ、きっと」
やたら手下が口をはさんでいる。きっときっと、って連呼すんなよ。全部聞こえてるし全然違うんだから!
「す、すみません。変な事聞いちゃって……。その、探してきますんで」
ボスは足早に手下を連れて空き地から離れていく。
「ちょっと、まっ――」
待ってと言いかけて、ふと考える。今説明とかしたら時間かかるよね? 妹の帰りまで三十分を切って
いる。
「どうかしたんですか?」
「いや、何でもない。あと三十分で見つけないと、破門だから」
「破門って何ですか?」
「辞書で調べなよ。じゃ、見つけ次第この番号に電話して」
私はポケットに突っ込んである電話番号の紙切れを渡す。本当はナンパされた時にでも渡すものだっ
たのに……。まぁ、まだ一度もそんな経験ないし有効活用になった、か。
「あ……ありがとうございます! では!」
「いってらー」
新たに出来た舎弟等を笑顔で見送る。
「よーし」
私は自慢の腕っ節を披露するために袖をまくりあげる。
「探すぞぉー」
まずは目の前にあるゴミ箱を漁ることにしよう。
がさごそがさごそがさごそ
ゴミ箱をガコガコさせながら、片腕を肘までつっこんで探す。
「う~ん」
ねぇな。
あるのは菓子袋とか殻の弁当の容器とか。
「あのー、どうされたんですか……?」
「え?」
反射的に振り向く。
そこには心配そうな顔をした人の良さそうな青年が立っていた。しかもイケメン。
「えっ、その!」
思わぬイケメンの出現で慌てふためく。
「?」
優しい微笑みを湛えて、もう、言ってみればストレートど真ん中ときた。しかしその笑みが営業スマイ
ルだということは重々承知だ。コンビニの制服着ているし。そして私はゴミを漁るただの怪しい女にすぎないのだ。つまるところ不審者。
「あの、ほんと……すみません」
そして最悪ともいえるこの出会い方に、神様の悪意を感じるのは私だけなのだろう。少々おいたがすぎ
るぜ神様さんよー。
「あ、もしかして……」
イケメン君は意味深長な言葉を発する。注意深く見てみると、イケメン君の視線は私の左手に注がされ
ていることが判明した。
「あ、」
今、私の右手には空の弁当の容器が収まっている。なんか今の私、超お腹が空いている食いしん坊さん
みたいにしか……。言い訳を脳内で模索する。……駄目だ。ポリエチレン容器の収集にハマっているんで
すとか言い訳できない。
「お腹、空いているんですか?」
ああ、言われてしまった。ついに言われてしまった……!
「いや、そういうわけじゃ……」
私はどう対応していいか分からず、うろたえる。
「遠慮しなくてもいいですよ。可愛い女の子が困っているとこなんて、とても僕には見逃せません」
別に食べ物の関係で困っていませんから! 逆にうんこで困っているぐらいですから! と言いたかっ
たところだが、不意打ちに可愛いとか言われるものだからその気概も消失した。ふふ、可愛い……だって。うひひ。
「えと、私、そういうのじゃないんです。ホントに」
「え……そうなの?」
心底驚いたというような表情だ。
「じゃあ、どうして――」
イケメン君が口を開いたと同時に、弁当の容器をゴミ箱にダンクして私は走り出していた。
「え、ちょっと!」
イケメン君のイケメンボイスが背中に届くも、私は走り続ける。
角を曲がり、すぐにコンビニは見えなくなった。
「ふぅ」
一先ず、足を止める。
これでよかったのだ、これで……。私と彼は出会ってはいけなかったのだ。禁断の果実だったのだ。う
ん、言っている私も意味がちょっと分からなくなってきた。
まぁ、逃走する必要性も無いことには無いが、一々、説明したり嘘ついたりするのもめんどいし、何より時間が列火の如く私を責め立てるのだ。要するに、妹の帰りまであと十分。
イケメン君には後日上手いこと言っていくとして。後々ゲットするとして。
今はうんこだ。うんこなのだ。
しかし……如何せん時間が無い。もう帰るだけで一杯一杯の十分なのだ。カップラーメン三個分とちょ
っとなのだ。
仕方がない。こうなれば――この、干からびたヤツ一本で勝負すしか道はない、か。前途多難な道で
はあるが、あとは神の采配に任せるしかない。
そうと決まれば後は早い。
私は右手をサッと上げる。
「へい! タクシー!」
キキィィィッ
「ちょいと香世町一三番地の自宅まで!」
「あいよ!」
威勢のいいおっちゃんだ。
私はそそくさとタクシーに乗り込み扉を閉めた。
ザザッ
「こちら、スタンバイOK。どうぞ」
勿論返事は無い。私の持つこのトランシーバーも、玩具でしかない代物だ。
タクシーで家に帰った後、私はベランダへと直行した。
あと五分。あと五分で妹が家に帰ってくる。
プルルルルルル
「こんな時に何よ?」
携帯電話の着信音がポケットの中から響く。もし、かかってきたのが五分後だったら計画が破綻してい
るところだった。
「もしもし?」
「『もしもし姉御! 俺です! 見つけました! 今どこにいますか?』
「あー、いまちょっと忙しいから後にして。あと、それはもういいから。時間無いし。うんこは煮るな
り焼くなり好きにしていいよ。じゃあね」
「『ちょ、姉御――』」
ツーツーツー
「もうちょっと早かったら良かったんだけどなー」
呟きつつも、私は双眼鏡を構える。
「あっ、妹発見!!」
小さな路地を抜けて、住宅街の壁際を沿うようにして歩いていた。
しかし予定よりも早く帰ってきたな。さてはお腹がすいたんだろう? お姉ちゃんには全部お見通し
だ。
「むむっ」
特に異状なし! 予想通り、その表情からは疲労が窺える。
「……」
手に汗を握るひと時だ。徐々に距離が詰まるのを息をのんで見守る。
あと二十メートル。音をたてないようにそろそろと立ち上がる。
あと十メートル。赤いポリバケツを構える。
あと五メートル。ここで何故か妹が立ち止まり、あたりをキョロキョロと見回す。
まずい、気配を悟られたか……。と思いきや何事も無かったようにまた歩き出した。ホッとする間もな
く三メートル、二メートルと、運命の時が迫る。
今だ!
私は慎重にタイミングを見計らい、うんこの入ったポリバケツを逆さにする。
それを私は祈るように見守った。
うんこは軌道を外れることなく妹の頭上へ落下する。
「そうはいかないよ! お姉ちゃん!」
はずだった。
何時から気づいていたのか、妹は一瞬にして身をひるがえし、そればかりか剣道の竹刀を常人離れとも
言える速さで取り出し、構えた。
「何っ……!」
完璧だと思われていた作戦に亀裂が入った瞬間だった。
落ちゆくうんこに狙いを定めて妹はかぶりを振る。
直撃だった。
妹の振った竹刀は見事にうんこを直撃させて、そのまま振り上げられる。ヒットしたそれは一直線に私へと向かってきた。
「な……」
私は絶句する。
妹は私の復讐を見破っていたとでも言うのか。疲弊した身体であんなにも俊敏な動きが出来ると言うの
か。視界を覆いつつあるうんこを目の当たりにして、私は一歩も動けなかった。
ああ、もうダメだ。そう諦めかけた時だった。
母の右手がにゅっと私の顔の前に突き出される。
ゴム手袋をはめた母の右手には顔面直撃は必須だと思われたうんこが収まっていた。
「少々おいたがすぎるわよ、あなた達」
「「お、お母さん」」
妹と私は姉妹らしく息ぴったりにハモる。
何でここにお母さんが……。
「何か胸騒ぎがしたと思ったら、こんな茶番やっていたなんて。まったくもう」
まったくもうで済まされるのかこれは。にしても――
何だこの絵面。
「だってお姉ちゃんが私にうんこ落としてきたんだもん」
ちっ、被害者ぶりやがってこの猿が!
「そうなの? 香織?」
「いや、それはまぁ……」
私は言葉を濁す。しかしそれが通用するわけもなく。
「そうなのね。謝りなさい、香織」
「ほら、謝れこのうんこ落とし!」
「うぅ……」
ここで謝るのも癪に障るなぁ……。
「謝らないとおやつは無しよ」
「投げちゃってすみませんでしたぁ!」
おやつ無しは食べざかりの成長期である私にとって一種の拷問に近い。
「誰が許すかこのうんこ野郎!」
「なにぃ!」
姉妹喧嘩勃発。ここに小規模な戦いの火ぶたが切られた。と思いきや。
「ごたごた煩いわよあなた達! 大体あなた達の所為で韓流ドラマ見逃しちゃったじゃない! いい
え。現在進行形で見逃し中よ! こんなうんこ投げるとか打つとかそれでもってキャッチするとか非常識も極まりないわ! 世間に知られたらどうしてくれるのよ! お母さんご近所さんに顔が立たないじゃない! まったく! 手のかかる娘たちだこと! いい? このうんこはお母さんが責任を持って処分しておきますから! これでもう終わり! 今度こんな馬鹿げた事やっていたら唯じゃおかないわよ! キャッチした後全力で返球してやるんだからね! 覚悟しておくのよ!」
「「わかった」」
「ならよし! さぁ、おやつにするわよ。手を洗ってきなさい。」
「「はぁい」」
そうして私たち姉妹はすごすごと部屋の中へ戻ったとさ。
今回……わかったことが幾つかあった。
まずは人に向かってうんこは投げてはいけない事。これは絶対。
そして――母の力は偉大だということだ。
2です。楽しんでいただけたでしょうか。
ではまたー(・ω・)ノ