7日目:城のヒト達って、わりと凄すぎると思った。
Dear Diary,
朝の身支度のお手伝いをさせていただいた後(朝食は他の方々と共に摂られるそうだ)、奉公人さんに連れられて大食堂へと向かった。 一応、騎士用や使用人用などの専用食堂もあるとの事だが、ここは誰でも来て良い所であり、味こそ少々劣るものの専用の方に行くのがめんどくさい時などはこっちを使う事が多いと言われた。 ついでに、ご主人様のような「お客様」の連れもここで食べると。
朝食はシンプルにサラダとパンだけ貰おうと思ったら、周りの方々にいつの間にかてんこ盛りにされていた。 たしかに朝と昼はおもいっきり食べるのが正しいとはいえ、朝っぱらから多すぎではないかと思ったが、好意を無駄にするわけにも行かないので食べきった。 昼、どうしようか。 多分入らないが。 しかしすっごく美味しかった事をここに記す。 毎日食べたいなぁ。
トイレにて上記を書いた後、大広間へと向かった。 彼らいわく、一番広くて一番めんどくさい場所、であり、一番人手が必要な場所だとの事だった。 その時点で嫌な予感がしていたのは、私の“センサー”が発動していたのだろう。 お前もこの時点で何やらいやーな感じがしてきたろう、私の日記よ。 個人的には部屋に戻ってぐーたらするのに戻りたかった。 暇であろうと、そちらの方がマシに思えたのだ。
そしてその時の私は、そこに付いて、即座に後悔した。 私の部屋の何倍だろうか、その巨大なホールには堂々とした柱が景色感を損なわない程度に立ち並び、数々の天井まで届くほどに高いステンドガラスの窓からは、色とりどりの朝日が磨きこまれた床を柔らかく染めていた。 しかし問題はそこではない。 むしろそれは良い部分だ。
そう、問題とは壁や床に使われてる乳白色の石。 この石は、極寒の人すら住めないような環境を故郷とする特殊な物で、ここのようにそこそこ暖かい所だと、特殊な薬をゆっくりと、きっちりした配分で混ぜた水でまず掃除せねば、石のくせに腐る変な特性を持っていたはずだ。 そしてその特殊な薬は、原液のままで強力な魔力に近づくと分解してしまうはず。 これは確かにめんどくさい。 一瞬戻ろうとしたら、捕獲された。 逃がす気なんて欠片も無いと、皆様の瞳の数々が言っていた。 うん、そりゃあなた方に比べれば、“パンピー”の魔力は低いってレベルじゃないものね。
後、たしか、こういう作業は人間の方が得意だったはずである。 主に根気と集中力の問題で。 ついでに言うと、この変な石は、学者の間では生きていると囁かれているとも聞いた。 生きているのを踏んづけても良い物なのかは知らない。
基本的に、今日はそんな感じで進んでいった。 高価な置物や備品、液の配合の具合にびくびくしていた以外は、平和なものである。 それもこれも、奉公人さん方が常に隣に居てくれるからだ。 嫌な視線は常にあったが、いざ持ち主が近づいてこようとすると奉公人さん方が即座に飛んでいき御用聞きをするのだ。 一応とはいえ、己より位の高い人物の持ち物に対し堂々と攻撃を加えようとは言えないらしく、言葉を濁し、ついでに私を睨みつけては渋々去っていくのだ。 本当に彼らには頭が下がる。 一人だったら神経が終わっていた。
しかしそれ以上に、奉公人さん方の手腕と度胸にびっくりしていた。 あの威圧感の中で、自分にとって都合の悪い言葉を言わせず、巧みに誘導し、捌く。 一人があいつらに付いてどこかに行ってしまうと、いつの間にか別の方が代わりに働いている。 ふっと顔を上げると、梯子もないのにシャンデリアの上で拭き掃除などやっていたりする。 そして気づくと上には誰もいない。 ついでにそろそろ水を変えようと思って、拭くのを終えて振り返ると、綺麗な水に変わっていた事も多々あった。 そして私が一々驚いてしまうと、気づいた方が一人、にっこりと意味深に笑うのだ。 奉公人と言うよりは、隠密系統の職に付いたほうが良いんじゃないかとも思える仕事ぶりである。
それを言ったら、本職の方々はこんなものじゃないと言われた。 いわく、気づかせもしないのだと。 とはいえ、さすが皇族のお世話をするともなると、そこらにごろごろ居る程度の人材では務まらないのだな、と確認できた。 この場所では、使用人さん方もこんなに凄いのだろうか。 私もご主人様のため、何かこういう芸を身につけるべきだろうか。
皆様と昼食を一緒に取らせて頂いている際に聞いてみたら、小さい頃から訓練してないと無理じゃないかなぁ、と言われた。 何かそういう術式でも無いのだろうか。 あの本には簡単な奴しか乗ってないが、どこかにはありそうだ。 だって魔法というものは、なんでもできると相場が決まっている。 さらに、ヒトが思いつくものは、全て(技術が追いつけばという制約があるにはあるが)が実現可能だと証明されている。 ならば不可能ではないだろうと私はここに表明させて頂こう。 表明した所でなんだという話ではあるが。
昼過ぎからは、お庭のお手入れをした。 その途中、可愛らしい黒髪の男の子が乱入してきた。 短いボーイッシュな髪型と真っ黒なくりくりお目目がとってもチャーミングな子である。 どうやら住み込みの貴族の子らしく、奉公人さん方が帰らせるため手をつくしていたが、何故か私の方に来た。 興味津々と擬音が付きそうなくらいの視線の強さで見つめられ、ちょっと照れてしまった。 だってかなり可愛かったんだもの、仕方がない。 そう、仕方がないんだよ。 うん。
そして子供特有の唐突さで、彼は遊ぼうと言ってきた。 勉強は良いのだろうか。 世間では学校のお時間なのだが。 その事もあり、お仕事中と言って丁重にお断りさせていただいた。 今まで断られた事がないのか物凄く驚かれた上駄々をこねられたが、正座で諭した結果最終的には理解してくれた。 わりと頭の良い子で助かった。 しかし女装とかさせたら似合いそうな子だったな。 そんなこんなで夕も過ぎ、お仕事も夕食も終え、部屋に戻った。
ら、何か少し違うご主人様とご主人様に凄く良く似た方が居らっしゃった。 良く似た方はすっごく良い線行っていたのだが、細部が違うのでそこがどうしても目についてしまう。 それでもその努力だけでも私は評価したい。 むしろさせていただきたい。 そして礼を言いたい。 可能性を提示してくれてありがとうと。
ちなみにご主人様の何が違うのかと考えた結果、あの吸引力の変わらない唯一つの瞳の力が無くなっていた。 しかしこの状態だとポーッとならずに瞳を見つめる事が出来る。 つまり、この状態が明日も明後日も持続すれば、連戦連敗中の睨めっこに勝てるのではないのだろうか。 わりと本気でこのままを所望する。
とりあえず、他人が居るので色々と自重しようとしたら、良く似た方がほぼ同じだが決定的に何かが違っている声で私の名を呼び、どちらが本物だと思う、と言った。 ここで私は気づいた、ご主人様は私の愛を試そうとしていることに。 それはそうだろう。 姿はほぼ同じ、かつミスリードを誘う喋り方。 まさに試練である。 だから私は、即座にご主人様に抱きつきに行った。 びっくりされた。
しかしびっくりされる事の方がびっくりだ。 だって良く似た方は本当に良い線行っているのだが、身長と座高がまず何ミリか違う。 指の細さも無意識の仕草も笑い方も喋り方も笑う時の目の細め方も私を呼ぶ声音とその音程と口の動きも雰囲気も表情の作り方も招き方も匂いも座り方も手の差し伸べ方も背もたれへの凭れかかり方も服の着こなし方も髪の艶も目の形も瞬き方も肌の艶も爪の艶も息の仕方も紅茶の飲み方もその好みも茶請けの食べ方もその他諸々全てが少しズレている。 耽美さの意味がなんか別方向に行っているのだ。 あの絶妙な儚さがなく、どちらかと言うと力強く雄々しいオーラが漂ってくる。
しかしそれを言ったら、ご主人様にまで本気でドン引きされた。 何故だ。 そして良く似た方がなにやら、別の意味で引き離すべきだろうかと呟いていた。 別の意味ってなんだ。 というか引き離されても帰れば良いだけなのだが、そこの所はどう思っているのだろう。 それよりも、もし永遠にご主人様に会えないのなら自殺するだろうし、この問題は人一人の生命を左右する物だと説明するべきだろうか。 いや、ご主人様はお優しいから、そんな事は言っては駄目だな。
とにかく、私はご主人様しかいらないのだから、ご主人様の居ない世界になんて未練はないどころか捨てにかかる。 ご主人様だけが私を見つけて、救ってくださった。 ご主人様だけが、私を満たしてくださる。 ご主人様だけが、素の私を見ても捨てないどころか嬉しがってくださる(言ってない事もあるが)のだ。 だから私は、ご主人様が私に飽きるまで、ご主人様の道化になろうと誓った。 そしてすでに、ご主人様がもういらないと言った時に大人しく出て行く為の覚悟は完了している。 後は、迷惑をかけない場所の捜索(とりあえず遠ければ遠いほど良いかなとは思っている)と全力でご主人様にご恩を返し続ける心構えだけだ。
まあそういう訳で、今日はもう寝る事にする。 結構疲れたし、明日も早いからだ。 明日も朝っぱらから馬車生活なのは辛いが、家に帰るためと思えば心は軽い。 とりあえずこんな心臓に悪い場所はもう嫌だ。
それではお休み、私の日記。
ご主人様「……」(寂しげ)