三日目: ご主人様を説明しようとしてみた。
Dear Diary,
私としたことが、ご主人様の麗しき見目を書き留める事を忘れていた。 もちろん私が忘れるなんてことがある訳なぞないが、私の日記よ、お前は目も耳もないし、そもそも書き入れられる際以外は私の部屋に置かれているのだ。 そしてご主人様は私の部屋に来たことは一度もない。 おそらくこれからもないだろう。 昨日も見つからない為、ずっと茂みの中でこそこそ見てただけだからな。 つまり、もしもお前に見る能力があったとしても、ご主人様にお目通りが敵うわけがない。 なんと哀れな。 哀れなのは私か。 ちゃんと掃除はしているんだが。
とりあえずはまあ、もちろん私ではその気高き麗姿を細部に至るまで説明することは叶わないが、想像は出来るように、特徴だけは書き込んでおく。 その想像を無限倍にしたのがご主人様だ。
まず、目を引くのはその艶やかな漆黒の長髪だ。 肩甲骨辺りまでの長さで、基本的にはお気に入りの深緑色のリボンで纒めて居られる。 というか、ご主人様はだいたいその色の物を好まれる。 ただ、魔王陛下との謁見の際は黒を基調として、所々に碧銀色のアクセントを入れた一品を着られる。 髪留めもアクセントと同じ青色系の物だ。 もちろん素材や付いてる効果などを込にすると、かなりどころか物凄い高級品である。 魔王陛下が直々に手がけご主人様に下賜した物で、値段なんて付けられない代物だ、と仰っていた。 本当にご主人様は何者なのか、ここまで話すと気になってきたろう、私の日記よ。 私も知らないんだよ。
さて、次は眼の色だ。 色自体は珍しくもなく、彼の方が好まれる色と同じ深緑だ。 これは良い。 だが、彼の方の目は……なんと言えば良いのだろう。 見ているだけで、魂すら捧げたくなるような深さを持っていらっしゃるのだ。 あの目に見て頂く為ならば、私はなんでもするだろう。 例え、親兄弟や赤ん坊の頃からの親友を殺せと言われたとしても、心からの“喜悦”と共に、躊躇なくその命令を遂行してしまう程には。
背は高い。 背の高い人間より頭一つや二つ、普通に飛び出ていらっしゃる。 そも、魔族の皆さんがそうなんだが、とにかく私と比べるとまさに大人と子供といった感じだ。 手も足も、程よく筋肉のついた胴体もすらりと長く、運動神経も良い。 剣の腕も、随一であらせられる。 芸術も嗜んでおられるし、まさに完璧、まさに清艷。 声は低く落ち着いており、一挙一動は耽美の一言。 朝に弱く、寝顔と起き抜けは犯罪級に可愛い。 酒が入ると妖美にして霊妙。 晩酌に付き合うと、いつも私が先に潰れてしまうのが本当に勿体無くてならない。 そして辞書から持ってきた事が一目でわかる単語の羅列。 良いんです、覚える為なんだもの。 ご本人に言う事は叶わずとも、そのストレスは裏で発散すれば良いし。 本当に、持つべきものは友人だ。 文句は言っても付き合ってくれる。
……いまさらながら、私ごときをお側に置いてくださっている意味が本当に分からない。 ご主人様ならば、私より全てにおいて上の者を好きなだけ側に置くことが出来るだろうに、なぜ私だけなのだろうか。
そも、ご主人様の身の回りのお世話をする人なんて、実を言うと私と侍女長さんと、侍女長さんが動けない時の上司さんのみである。 さらに言うと、私ほどご主人様に密着してる人が見当たらない。 独占できるのは素直に嬉しいんだが、何やら不穏な空気を感じたりしてしまう。 なんだろう、何か……こう、権力を持った者の妾の立場に近い物が。 親しい者は少なく、服を贈られる立場に居られるという点においても。 古来より、服を送るという事は、「脱がしたい」という意思表示であるからして。 ……魔王陛下は、男性のはずなんだがなぁ。 なんかちょっとショック。
さて、私の日記よ。 今日も一日、平凡だった。 というか、私は基本的に面倒くさがりの“ヒッキー”なので何か個人的にしようなんて考えもしない。 趣味もないし(あえて言えばご主人様に関わること全てが趣味だろうか)、運動も嫌い。 今の通常体型は全て、運動量に見合った食事量で維持している。 元の世界に居た時は肥満そのものだったが、少しづつ食べる量と時間を管理し始めた結果痩せた。 ただ単に、朝と昼はいっぱい食べて、夜は少ししか食べないという大鉄則をし始めただけなんだが。
ちなみに、成功の秘訣は愛である。 ご主人様の為ならなんでも出来るし、ダイエットなんて余裕中の余裕だ。 ご主人様はどっちでも可愛い可愛い言ってくださるが、だからといって努力を怠るのはまったくもって違う。 余り寄りかかり過ぎると、負担になるからだ。 そして捨てられる可能性が段々上がっていく。 そう、愛とは頑張って手に入れ、努力して維持する物。 餌を与えねば、飢え死にするものなのだ。
次は何を書こう。 すでにネタがなくなってきたとか、本当につまらない人間だな私は。 というか、本当に書く事がない。 しかしそれでは日記の意味が無いので……明日は、街にでも行こうか。
ご主人様「……」(ジト目)