二日目: ご主人様を追ってみた
Dear Diary,
今日は潜入調査の日である。
朝、いつものように夜明け前に起き、身支度を整えた後、ご主人様の湯浴みとお着替えを手伝い、朝餉を取る最中お側に控えさせていただいた。 そしてご主人様がお仕事に向かわれるのをお見送りした後、私もいつもと同じく他の仕事をするようにお別れした。 しかし今日、私は有給を取っている。 だからこそご主人様の一日を追ってみようという気になったのだ。
とはいえ、どちらかというと取りたくなかったのだが(なにせ、別段行きたい所ややりたい事がある訳でもない)、三日ほど前より二十日間取らされる事になった。 抵抗してみたのだが、直属の上司さんに法律上取って貰わないと困る、と言われたので渋々とではあるがとる事になってしまった。 しかしご主人様のお世話はしたいと駄々をこねたら、最終的に朝と夜のお世話は「趣味としてなら……」と許可してくださった。 上司さんは本当に良い方だ。 あれでなんでキリン(彼氏いない歴=年齢)なのだろうか。 見た目も性格も可愛らしいというに。 見た目が幼女だからだろうか。
注記すると、私はご主人様がお忙しいこの春と、来たる秋の時期、朝と夜のこの時間だけを楽しみに生きている。 もちろん、時折お茶や茶請けを持って行ったりはするのだが、いつもみたいには構ってくれない。 だから朝と夜しか言葉は交わせない(お疲れなので、常より早くに就寝なされるが)。 ただ、後五日もすると、魔王陛下に半年毎の報告をするため、三日程王都に行かれてしまわれるのだが。
私は人間であり、陛下はあまり人間がお好きではないらしいので、付いて行けないのがとても寂しい。 ご主人様と一時でも会えない事が、胸が捻り切れるほど悲しいのに、三日も半年毎に会えない日があるのだ。 私の絶望が分かるだろう、私の日記よ。 しかもそれが、もう二回もあったのだ。 しかし私は我慢する。 それが終わればご主人様の忙しい時期も終わり、またいつものように、夜にお話を拝聴させていただいたり出来るようになるからだ。
閑話休題。 そんな事はどうでもいい。 いや良くはないが、我慢出来るレベルではあるので、突出して書くことでもない。 さて、今日のお題はご主人様のお仕事風景だ。 メモ帳代わりに日記を使う。 取りに行く時間と、上の導入を書いていたので少し出遅れたが、別段支障はないだろう。
朝。
いつもの様にデスクワークをしていらっしゃる。 普段のご主人様も目の保養に最適という言葉では表せないほどに凛々しくあらせられるが、仕事中の彼の方は普段を超える。 まさに神々しいという形容詞がぴったりだ。 ぴったりすぎて少し怖い。 さすがはご主人様だ。
天気が良く温かいせいか、今日は珍しくもいつもの執務室ではなく、花々溢れるガーデンのオープンルームに居らっしゃられるので、かなり楽だ。 執務室に居られたら、早々にリタイアする所だったからな。 ちなみに今、私は茂みに隠れてこれを書いている。 多分バレてはいないと思う。
いやしかし、本当に麗しいお方だ。 見てるだけで一日は潰せる。 むしろ暇になる要素が見当たらない。 ちょっとした髪をかきあげる仕草や、一呼吸つくために背もたれに寄り掛かり目を閉じ溜息を漏らす動き、ティーカップを持ち上げ口を付ける時の少々憂い気な表情(むしろその中の茶になりたい)、などなど色々とあるが、全て見ていて飽きない。 もちろん、来客の応対をする際のちょっと警戒してるのを隠そうとしてらっしゃる微妙な表情筋の変化なども見ているだけで悶えるほど素晴らしい。 私の語彙の貧しさのせいで素晴らしいしか出てこないが、素晴らしい以上に素晴らしい。 少し勉強でもしようか。
昼。
ご主人様が昼食を取っておられる合間に、手早くお部屋のお掃除をしてきた。 手早く、と言ってももちろん埃の一つも逃してはいないし、洗濯物もちゃんと洗濯場にて手洗いして吊るしてきた。 自分の昼食は“サンドイッチ”をさっと作って食った。 いつもは面倒くさいので食堂の「お姉様(と同僚達は呼んでありがたがっているが、どう考えてもご主人様のほうが造形美においても上だ)」の手料理を食っているが、今、皿に乗ったちゃんとした料理を食ってる暇はないし、一から“サンドイッチ”を教えこむ暇もない。 いくら彼の方が、ゆっくりと食後の休みまでとられるほうとはいえ、掃除や洗濯までしたからな。 どう考えても無理だ。
現に、私が茂みに戻っていくらもたたない内にご主人様は休みを終えられたようで、再びオープンルームに戻ってこられた。 やはり今日もお忙しいせいか、声掛けには行かないらしい。 ああそうそう、ご主人様はとても気さくな方であらせられる。 昼食後はたまに城内を歩き、色々な部門を訪問なさって激励の言葉を贈られるのだ。 そして偶然、私が仕事をしている所にいらっしゃられると、ついでに撫でてくださる。
……そういえば、酒の席にて上司さんから聞いたのだが、魔物や魔族という生き物にとって、頭を触る事は上下関係を示す行動であるらしい。 大人しく触られてると、服従の意を示している事になるのだそうだ。 私の場合は別段どうでもいいな、元より示しているし。 というか、最近少しは控えた方が良いのではないかと同僚に言われている。 何でかと言うと、ノロケがうるさいんだと。 私はそんなつもりはなく、ただそう在るべきことを成しているだけなんだけどな。 というか、馬鹿犬みたいだぞってどういう意味だろうか。 たしかにご主人様の為ならば犬にでもなれるが。 むしろ踏んでくださっても一向に構わない。 むしろ嬉しい。
そういえば、ついでに言うと、夫婦でもめったにキスはしないという事だ。 口づけは相手の魔力を食いやすい体勢?だからとか何とか。 夫婦なんだから、食いあえば良いんじゃないのだろうか。 ダメなんだろうか。
夜。
そろそろ暗くなってきた。 気温も少し下がってきた、上着は着てるがさすがに少し寒い。 ご主人様も休憩がてら中に入るようだし、私も部屋に戻るとしよう。 今日の夕飯はなんだろうか。
夜更け。
ご主人様の就寝を手伝い、部屋に戻った。 明日も早いので、今日はもう寝る。 その前に、私の日記よ。 1つだけ言っておく事がある。
今日もご主人様は最高だった。
明日は何を書こうか。 三日坊主だけにはなりたくないが。
ご主人様「……」(生暖かい目)