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Dear Diary,  作者: 時雨氷水
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裏2:無我の境地に至るすべは

申し訳ございません、オブリビオンにはまってました。

起床の時間が来て、広い寝台の上で意識を浮上させた。 無意識のうちに伸ばされていた左腕の指が、探るように微かに動く。 今日もそこに何もない事に僅かにため息を漏らし、横にある気配に逸る心臓を抑え目を開ける。 とたん部屋の右端から差し込む朝の光が目を焼き焦がす。 それを厭って反対に顔をやると、そこにある彼の姿に笑みを作った。


「おはよう、ケイ」


「おはようございますご主人様!」


彼は今日も私の側に居る。






食後の茶を淹れるケイの横顔は、最初の頃とは違って自信に満ち溢れている。 美玲が言うに、葉の僅かな違いはまだモノにしていないそうだが、それでも十分に美味しいと思う。 少なくとも、あの何をやるにしても壊しはしないかと怯えていた頃とは大違いだ。 彼は元来が貧乏性なのだと笑っていた。



「ご主人様、お茶がはいりました」


「ありがとう。 ……良い香りだね、何か混ぜてあるのかな?」


「はい。 昨日の夜、久々に厨房の方々に良い中地産の葉を頂きまして。 ジャスミンの花とオレンジピールを混ぜてみました」


「そうなのか。 とても美味しいよ、ケイ」



私が笑顔で褒めてやったりすると、彼は至上の幸福を得たような顔をする。 彼にそんな顔をさせられるのが私だけだと思うと、私の体は言いようもない優越感に満たされる。 その顔で、その声で、その体で私の一挙一動に反応し喜んだり嘆いているのを見ると、あるはずのない暗い色が止めどなく湧いて溢れ出てくる。 そのものではないけれど、あれのような物がそこにあると今日も確認できる事が、それが私だけを見ている事が堪らなく心地良い。



「ケイ」


「はい、なんでしょう」


「この果物、一口あげる。」



そう言うと、自分が使っているフォークに緑の果肉を突き刺して、近づいてきた彼の目の前に出してやる。 彼の顔は綻び、何の衒いもなくそれを咀嚼した。 



「美味しいですー」


「良かった」



この歯でその肌を破ってやったら、ケイはどんな声で啼くのだろう。 指を噛みちぎってやったら? 気遣わずに腕に触れて、脆いそれを折ってやったら。 足を捥ぎ取って、どこにも行けなくしてやったらどんな顔をしてくれるだろう。 それでも言う事を聞くだろうか? 怒らないのだろうか。 


基本、彼は私の言う事ならなんでも聞く。 特に魅了しないよう気をつけてさえいるのに、本当に全てに従う。 だからなのか、時折一体何の衝動に目覚めるのかわざと反抗などする事もあるけれど、全て可愛く見えてしまう。 


ただ、冗談すら決行してしまうので言葉は選ぶ必要がある。 しかし良くある言い回しですら言葉そのものの意味で取ってしまう所は、やはりそろそろ躾けるべきだろうか。 カップの中身を飲み干し、気付かれないよう細い腰回りに手を伸ばしながら考える。 背後から感じる呆れた視線には気づかないふりをした。 今日は嫌な相手との会談が入っているのだ、これぐらいは許されて然るべきだろう。


……困った子を見るように笑われた。









ケイは可愛い。 懐いてくれているからさらに可愛い。 酒に呑まれている時なんて、幾度食ってしまおうかと思った事か。 ケイはあれと違って私の物だが、あれのようにどこかに行こうとする気がしてならない。 そうなる前に、同じようにしてしまったほうが良いのではないかという思考が常に私に囁きかけてくる。 理性を全て使ってこれなのだ、うっかり本能に負けてしまうとどうなる事やら。


仕事を終え、ソファで語らっている内に腕の中で寝始めた彼の額に口吻を落とした。 女性ほどとはいかないものの、ケイは人間だから体温が我々とは違うレベルで暖かいし柔らかい。 抱きしめているだけでそれはじわりじわりと私に染みこみ、心底まで冷えたこの体が熱い血液で満たされているような気にさえなってくる。 仄暗い水底に消え去ったはずの感情が、体を引き裂かんと再び叫び声を上げる。 それがささくれ立ったこの気分をなんと宥めてくれることか。 できる事なら私しか入れない部屋に閉じ込めてしまいたい。 あれの服を着せて、あれが好きだった物を与えて、あれの名で呼んで。


ケイなら文句も言わず従うだろう。 笑って応えるだろう。 だからこそできない。


なにより、ケイが持ってくる情報はとても有用だ。 彼は常に民目線で話すので、必要ないと切り捨てた事柄が皆にとっては大事であると教えられる事がある。 また、立場上得てはいけない情報を、ケイは「邪魔だから嫌い」である者達から聞いてきてくれたりもする。


本来であればケイも手に入れる事ができないものばかりだが、私が喜ぶかもと言われればケイが反応せざるを得ないと知っているからだろう。 彼の気を引くためにぎりぎりまで、私が推測できるかどうかの線まで零してくれるのだ。 そして基本身内以外には冷徹なくせにお人好しで馬鹿な所があるから、一旦聞き始めると内容が変わっても無視しはじめないし、嫌ってるくせに親身になって一緒になって考えてやったりする。


そこにあの者達は付け込む。 喋れるだけ喋って、残った時間は何かと理由をつけて居座りケイを口説く。 何の敵意も害意もないケイの目を見て、絶対に攻撃してこないと分かっているケイの近くで、時には柔らかい気遣いの感情を向けてもらって、時には共感すらしてもらって。 あまつさえは己のために泣いてもらうだけではなく、手を取ってケイの人間特有の暖かみも堪能している、との報告も受けている。 手だけではあるし、助かっているし、ケイ自身も嫌がっているし、こんな風に抱きしめたり愛していると言ってもらえるのは私だけとはいえ、やはり面白くない。 まったくもって面白くない。 


一つため息をついて、彼を呼ぶ。


「蛍」



儚い光を命の限り灯す虫が彼の名前。 読みはともかく、名の意味を魔術を扱う者に自分から教えるのは、存在そのものを捧げる行為だと教えたら即座に貰った彼の本当の名前。 誰にも言ってはいけない物だと理解できるまで説教した事を思い出し、自然と苦笑が漏れた。 蛍は本当に馬鹿な所がある。 それがまた可愛いのだけれど。



「……けい」



返事は期待していない。 自然に口が開き、首に歯を立てようとするかのように顔が傾く。 安心しきっている寝顔を見ていると、いつもいつも握り潰してやりたくなる。 それと同時に、閉じ込めて甘やかして食事すら自分で摂れなくしてしまいたい気も出てくる。 



「蛍、起きないのかい? ……食べてしまうよ?」



今でこそ、蛍は私が居ないと生きていけないけれど。 未来はどうなるか検討もつかない。


そうなる前に、いっその事。



柔らかくて温かい、蛍の喉が唇に触れた。







気分は寝ているハムスターを掌に乗せている状態。


彼にとっては毎日が戦争、気を抜いたら血が飛びます。

取り繕えているのは表面のみ。

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