十八日目: どこの誰にこの憤りをぶつければ良いのだろうか
真実を認めたくないのか、ぐっだぐっだと回りくどい書き方になっています。
Dear Diary,
さて私の日記よ、私は今日から晴れて自由の身だった。 一般の方々は逆に囚われの身になったと称するかも知れないが、私は仕事をしている方が精神的にも楽なのだ。 さらに、日中にもご主人様のご尊顔を拝見させて頂ける。 完璧に問題ないどころか待ち遠しかった。 しかし、問題がある。 午後からの仕事の内容の裏っかわだ。
私の日記よ、お前と私が会ったのは、私が休暇を頂いていた時だったな。 つまり、お前は私の仕事内容を知らない訳であり、ひいては私の愚痴を理解できない可能性がある。 故に、つまらないだろうとは思うが、説明させてほしい。
基本的に私は、決まった仕事場を持たない。 高校の頃から職を転々としてきたおかげで、一通りの事が出来、手先も結構鍛えられている、と言っても過言ではないと微妙に自信を持って言えなくもない。
例を挙げると、時計など機器類系の修理、一般家庭で出される程度の料理(大根の桂剥きも包丁一本で可能だ)、染み抜き、裁縫、簡単な農業、婆ちゃんや爺ちゃんの散歩のお手伝い、介護、お悩み事相談受付という名の愚痴聞き、窓口、顧客サービス担当者、事務、翻訳、通訳、などが出来る。 所謂器用貧乏だ。
しかしそれが喜んでもらえ、今では人出が必要な箇所、または人手があればあるほど良い箇所などにその都度派遣されている。 僭越ながら「お前が女でさえあれば」という言葉を良く頂いてもいたりする。 ご主人様以外の方々から。
とは言えど、最近は計理、難しいお客様(特に生活保護や結婚・離婚の問題を持ち込む方々に多い)への応対、そして病院や老人ホームでの話し相手、の三箇所に主に派遣されている。 時折イベントなどで交通整理が追加される程度だ。
基本的に、朝は入院者の話し相手や介護、昼を過ぎてから裏で計理をやりつつ必要に応じて窓口に出てくる生活になってきている。 この時間割だと、朝のお茶淹れが出来ないのだが、生活の知恵などかなりためになる話が多く楽しい。 しかし何よりも、お菓子が貰えるのと、合法的に老若男女の肉球を触れる事が嬉しい。
そう、個体により、凄い差があるのだよ私の日記よ。 ぷにぷに薄紅色、くすんだ色合いの少々固め、真っ黒でむきむき、かと思えば白くしかしがっちりなど。 あれは誰の言の葉だったか、「皆違って、皆良い。」 あちらは乳房およびそれに準ずるべき腹の肉の付き方を語っていたが、肉球に関してもまさにその通りだと私はこの経験を通じて理解した。 気が向いたら、それに毛皮の質も追加して一筆書こうかと思う。 やはりケモは最高だ。
で、ここまでが前提だ。 さて、私の日記よ、勿論お前も知っての通り、私は仕事を始めてから今まで休んだ事がない。 場所も言葉も状況も分からず、恐慌状態とはいえ様々な無礼を働いた私に、それでも根気強く寛大に接してくださったご主人様に惚れ込み。 故に乏しい語彙ではあるが言葉を覚え、なんでもするから恩返しがしたいと訴えてから、二十日前まで来た。
思えば遠くまで来たものだ。 それはそれとして、今まで共に仕事をした方々からは、勿体無くも高い評価を頂いている。 しかしそのやり方が問題だったと、今日私は分かってしまった。 上司さんからは「しゃーねーべ」のお言葉を賜ったが、私が嫌なのだ。
そう思っても、考えてみれば、まあ分からない訳でもない。 人間は群れて生きる生き物であり、故に感受性や協調性など、群れを作れるように進化してきた。 だからこそその気にさえなれば、我々は個人個人によって応対を変えられる。 また、一々心を砕き、共に涙を流し、時に喜び合い、対立し協調し、相手の感情を読み取り自分の感情を伝え、響きあえる。
ただ、それが普通なのは人間同士である場合のみだ。 人間と違い魔族は個体が強く、群れなくても生きていける。 好き好んで高いってレベルじゃない山の頂上に一人で住むヒトも居るぐらいだ。 簡単に言うと、徹底した個人的主義の塊、だろう。 それでも寄り集まったほうが便利なので街なども作るが、基本的に相手と魂を分かち合う、なんて事はしない。 ほぼ、いつも一人で、親でも他人は他人と割り切っている人種だ。
さて私の日記よ、そんなとこに、自分の事を真摯に考え、自分の為に心を痛め、自分の言う事に一々喜んだり落ち込んだりしてくれる(ように見える)ヒトに出会ってしまったらどうなるだろう。 ちなみにこれは「相手を取り込む」というクレーム処理には必要なテクニックだ。
反応は様々ではあるが、大体は「気持ち悪い」と「あら親切なヒトね」と「このヒトが運命のヒト!」に別れる。 気持ち悪い、は概ね楽だが対応を間違えると運命系の方に行ってしまうので注意が必要だ。
運命系の方は何というか、面倒くさいにも程がある。 こちとらご主人様にしか興味が無いというのに、そもそも男だというのに女どころか男からも求婚される。 それ以前にご主人様にしか全てを捧げる気はないのだが、説明しても理解してくれない輩が多すぎる。 というか、好ましいなら性別年齢その他諸々なんぞどうでも良いという思考回路は本当に変えるべきだと私は思う。 そこの部分は人間を見習ってほしい。 ご主人様以外。 むしろご主人様にはもう少々ばかり同族を見習っていただきたい。
とはいえ、前兆はあった。 「なーんか君がクレーム処理するようになってから、文句つけてくるヒト達が増えたんだよねー。 なんでだろ」と言われていたのだが、経験がなかった私には、当時は欠片も思いつかなかった。
……もう、言ってしまおうか。 とはいえ朝は良かった、じっちゃんばっちゃん姉ちゃん兄ちゃんおっちゃんおばちゃんその他諸々に寂しかったわーとぷにぷに撫でられ構われ擦りつかれ抱きつかれた挙句様々な菓子を口に突っ込まれただけだった。 逆アニマル“セラピー”でも始めてやろうか。 人間だって動物の一種だ。
ここからが本番だ。
朝はまあ普通だったので、昼過ぎからの仕事もその程度だろう。 そう思って意気揚々と仕事場に着いたら、私の席が手紙や小包で見えなくなっていた。 あまりといえばあまりの惨状に、暫し放心してしまった。
そこで慌てて両隣の方々に話を聞いたら、休みが始まってから五日目ぐらいに、届きだしたらしい。 本当にヤバイのはさすがに破棄しておいたらしいが、それでもこの量になったと言われた。 ヤバイのって何だったのだろう。 地味に気になる。 生物だとしたら確かにヤバイが。 腐るし。
これではどうにも仕事にならないので、上司さんに支持を仰ぎに行ったら、今日は仕事しなくて良いから片付けろと言われた。 さすがに貰って何も返さないのは忍びないので、返信してやろうかと思ったのだが、余りにも恐怖を覚える内容が多かったため断念した。 貰った菓子は、両隣の方々に安全かどうか確かめてもらった後、皆に配った。 喜んでもらえた。
さらに、手紙などだけではない。 奴らの過半数は私が居ないとわかると「じゃあいいです」と帰っていったと聞いた。 そして昨日ともなると、一人も来なかったらしい。 そう、奴らは私と話す為だけに来てたのだ。 部にも迷惑な事この上ないし、私の仕事も中断されて全然進まない。 怒鳴りつける訳にも行かないし、どうしたものか。 病院とかに入ってくれれば、一週間に一度くらいは話を聞いてやらん事もないのだが。
絶望して、いつもの通りに定時(朝からの場合、午後五時になる)帰りしようとしている上司さんに泣きつくと、何か考えてやると言ってくれた。 上司さんの室長という地位は伊達じゃないので、絶対なんとかしてくれるという安心感がある。 さすが上司さん。 普段の仕事もしてください。
今日はそれだけで終わった。 それだけだが、凄い疲れた。 しかしご主人様に心配されてしまった。 反省せねば。
ご主人様「……」(思案中)
以下、手紙の内容の抜粋。 『』内が内容の一部または全容。 その後に続くのはおっさんの反応や感想など。
『何で居ないんですか、寂しいです』 そうですか。 それは良かったですね。
『はやくかえってきて あいたい』 ちゃんと授業行ってください。 私が貴方の担任に怒られるんです。
『探しに行くよ私のネルウィン』 宛先間違ってます。 そしてリターンアドレスぐらい書いといてください。
『こんなに僕を翻弄するなんて、困った子猫ちゃんだ。』 残念、私はご主人様の忠犬だ。
『よし分かった、結婚しよう。』 ご主人様以外とする気は無いです。
『毎朝俺のためにスープを作ってくれ』 農薬入りで良ければ。
『みーつけたっ☆』 ピーシャ様マジキモい そういえば、無くしたと言っていた指輪が見つかったと報告を受けた記憶が。 遺失物カウンターにあると通達を出さねば。
『ぺろぺろしていい?』 舌を引っこ抜きますが、それでも良いのなら挑戦してみたらいかがでしょう。 ただし此方は殺る気でいきます。
『今日のぱんつ何色?』 貴方の血の色に染まる可能性が微量に存在しますね。 この事はご息女に報告させていただきますので、ご覚悟ください。
『がんばれ』 ありがとうございます騎士団長様。 貴方だけが頼りです。
『あそこの二重底の中の本、借りたから』 残念、それは囮だ。
『くっさ』 団長、【酒と女とハムスター】のマスターさんが探してましたよ。 ツケが膨れ上がってるとか言ってました。
『愛してる結婚して私だけを見て愛して』(以下略 まずご主人様を倒してから言ってください。
『火遊び、してみる気ない?』 良いですね、熊って美味しいらしいですし。 大丈夫ですよ、ちゃんと美味しい鍋にしてさしあげます。