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同期の告白から一夜が明けた。今日が土曜日で、彼と顔を合わせなくて済むと言うことが僕には救いだった。何も男に告白されたからと言って、いきなり世界が変わってしまうわけでもないだろうが、僕にとってはそれこそ天と地がひっくり返ったようなものだ。どこか落ち着かないし、心がざわついて昨日はあんまり眠れなかった。
同じ告白でも、これが女性からなら僕はあんなに動揺はしない。例えそんなに好きでもない女の子に告白されたとしても、困りはするが震えるほど緊張するなんてなかっただろう。そう言う意味で言えば、男に告白されると言う事はとても尋常ではない体験だったに違いない。
なんとなく携帯が気になり着信を見たら、深夜に工藤からメールが一件届いていた。
これほど憂鬱なメールはない。
タイトルもないメールを開くにはどうしたって躊躇するが、そのまま削除するわけにもいかず、僕は恐る恐る開いてみた。
『今日は付き合わせて悪かった。二課の会議資料は月曜にでもメールする』
なんだ――
なんとも素っ気ない内容に肩すかしを食らった気分だ。何かを期待していた訳でもないが、メール一つだけでも動揺する自分が可笑しかった。
そう言えば、火曜の会議資料。結局未完成のまま帰社してしまったわけで、久しぶりに休日出勤をしてみようかと思い立つ。恐らく一、二時間で片付くだろうし、休日の方が余計な邪魔が入らず仕事は捗る。このまま家にいてもぐずぐず考えるだけだし、いっそ気晴らしに仕事でもして、その後どこかで優雅にランチでもどうだろう。
僕はその思いつきに心を弾ませた。
休日なので僕は私服でマンションを飛び出す。
一階の守衛室に声を掛けると、既に僕のフロアは先客があるとの事。休日出勤は珍しい事でもなく、実際休日に稼動している部署もあったりするので、僕は深く考えずエレベーターに飛び乗った。
僕の営業部は5階のフロア。
一人しか乗ってないエレベーターの箱は、途中に止まることなく一気に僕を引き上げる。階数表示のランプを見上げていた僕は、開いたドアに吸い寄せられるように足を踏み出していた。
でも、しかし――こんな事ってあるのか!
いきなりエントランスホールに立っている工藤と出くわした。
驚いたってもんじゃない。昨日の今日だし、告白された次の日にまさかのタイミング。自分の運の悪さを呪ったのは言うまでもない。
情けないけど驚くほど動揺して、思わず身体が硬直したように立ち竦んでしまった。
ある程度彼と顔を合わせる事を踏まえての心の準備も整っている月曜日だったら、僕ももう少し落ち着いた笑顔の一つでも捻り出していたのかもしれない。あまりにも突然のことで、適当な言葉さえ浮かばす、撲は当然のごとく慌てふためいた。血流が逆流して、真っ赤な顔になったのが自分でも分かった。
「一之瀬も休日出勤か」
工藤の方は僕の動揺を知ってか知らずか、実に涼しい顔でいつもと変わらない様子。
「会議の資料あとちょっとだから……いや、直ぐ帰るんだけどな」
当然会話もぎこちなく逃げ腰の僕。正直、『回れ右』して帰りたいとさえ思った。
「飲むか?」
工藤は手にした紙コップのコーヒーをちょいと上げる。エレベーターホールに自販機が並んでいて、工藤は丁度それを買ってデスクに戻るところだったようだ。
「朝飲んできた」
「そうか」
ぎこちないままその珈琲の香りに引き摺られるようにして歩きだす。
工藤の服装も休日仕様で、そう言えばそんな彼を見るのも久しぶりだ。
モデルのようにスタイルが良いと、普通のジーンズさえどこかのデザイナーズものじゃないかと思える。彼の場合は実際そうだったりするから、迂闊に知ったかぶりもできない。
軽く腕まくりした手首にパシャの時計がチラリ。あれは僕も分かるけど、手が出せない代物だ。昔から工藤はさり気なく良いものを身につけている。大して変わらない給料で、どこでこの差が出るのか謎だ。僕の場合はほとんどが飲んで食って、お腹の中に入れて消えてなくなるんだろうな。
「じゃあな」
僕がお互いの懐事情をぼんやりと考えている間に、工藤は手前のドアから中へ入る。
僕はもごもごと返事をして、もうひとつ先のドアへ向かう。同じフロアだが、工藤の席は僕の出入りしているドアとは違って手前のドアが近い。
机に向かうと、当然視界の隅に工藤の姿が映る。生憎今日の休日出勤は二人だけだし、どうしても彼の存在を意識する。僕を好きだと言う男と二人きりだと思うだけで、なんだか落ち着かない。パソコンに向かい仕事をしているようでも、常に心の半分を無言の同期の存在感に脅かされていて、なかなか集中ができない。
無理にでも意識を仕事へと向かわせているうちに、何時の間にか時間を忘れる位に作業へ没頭していた。夢中になると周りが見えなくなるのは昔からだ。
首の凝りを解して伸びをする。ちらりと視界の隅で、工藤がやはりノートパソコンを閉じるところだった。
あいつ、見てたんじゃないのかと、変な勘ぐりもしたくなる。
「終わったか」
遠くから彼が声を掛けてきた。
「ああ」
僕もパソコンの電源を落として閉じる。
工藤はコートを掴んで僕の傍まで来ると、車のキーをチャラリと鳴らしてみせた。
「送るよ」
本当は遠慮したかった。昨日の今日で車は密室だし、僕はかなり妄想大魔王になっていた。
それが顔に出ていたのだろう。工藤は唇をスッと上げて笑う。
「襲ったりしないから安心しろ」
なんとも物騒な事を言って僕をびびらせた。




