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同期  作者: SHIRO
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 僕は工藤に恐らく一駅以上はある距離を歩かされ、待ち合わせの公園よりは随分と大きな公園の傍の、お洒落なイタリアンの店へと連れて行かれた。普段なら会社近くの縄暖簾の居酒屋か、ちょっと小汚いぐらいの中華屋だったりするのに、およそ男同士で入るには無用に洗練され過ぎた店構えで、慣れない僕は緊張気味だった。

 用意がいいと言うか、こう言う店なら当然なのか、工藤は前もって予約を入れていたらしく、名前を告げると、にこやかな笑みと共に奥のテーブルへと案内された。

「何、飲む? ワインもあるけど」

 メニューを広げて僕に勧める工藤を尻目に、よく見もせず一言で片づけた。

「取り敢えず、ビール」

 会社帰りのサラリーマンなら、取敢えずビールは基本だ。僕は聞くまでも無いと言う顔で言い放った。

 そんな僕に呆れるような笑みを零し、工藤は僕のビールと、なにやら自分の為に別のものをオーダー。

 暫くすると僕の前には、いつもの居酒屋なんかのドッシリとしたジョッキではなく、綺麗な曲線を描いたグラスが音もせずに静かに置かれた。それは同じビールとは思えないほど、よそ行きの顔をしていた。

 工藤の前には、泡は泡でもグラスの中を優雅に立ち上る、繊細で細長い首をしたシャンパングラスだ。

 こいつ、こんなにお洒落なモノを飲むんだ、と改めて目の前に座る男をまじまじと見つめた。

「ここ、トリッパがお勧め。それと海老が名物だよ」

 慣れた仕草でメニューを指差すところをみると、どうやら初めて入った店ではないらしい。

「トリッパ?」

 そんなお洒落なものは聞いたことも、食べたこともない。

「内臓系だよ」

 そっち系の物は、ことごとく苦手な僕は渋い顔をする。

「まあ、騙されたと思って食べてみろ」

「嫌だよ。大概騙されるから」

「子供だな」

 工藤は笑って、呆れるような目で僕を見る。

 オーダーは全て工藤に任せて、僕らは「お疲れ様」と、グラスを合わせた。

 オヤジ臭く、「ぷは~」と言わないだけましだったが、僕は一日の労を労うように、ご褒美のビールを一気に半分ほど流し込んだ。サラリーマンになってこの一瞬が至福の時だ。

 いつからだろうな、ビールが美味しいなんて思えるようになったのは。この苦みを美味しいと思えるようになったと言う事は、僕も立派な大人ってことだろう。

 工藤はそんな僕を眺めながら、いかにも優雅な仕草でグラスに口を付けた。折れそうで繊細なグラスが、お洒落な工藤にはよく似合っている。

「いいとこ知ってるんだな、よく来るのか?」

 僕は珍しいものでも見るように周りを見回す。

 こげ茶色に統一されたインテリアはほっとするぐらい落ち着けるし、趣味の良い音楽は煩過ぎず、静か過ぎず、薄いピンク色のテーブルクロスは清潔でシミ一つない。

 周りはカップルか、女の子同士のグループ。

 上手に他の客が目に入らないように配された観葉植物が、ゲストだけの空間を巧みに演出していて、その心憎さに感心した。

「誰と来たのか白状しろ」

 僕はニヤニヤと工藤を見る。

「ランチで入ったら安くて結構いけるし、夜もなかなか良かったからね」

 そんな事は聞いていない。夜にこんな所に一人で来るものか、と僕は好奇心丸出しの顔をする。

「気になるか」

 彼は優雅に笑って、眼の高さに上げたグラス越しに撲を見る。そんな気障っぽい仕草も不思議と似合うから、男前はズルイ。

「そりゃあな。おまえあんまり言わないから」

 僕も男だから女性と二人で食事ぐらいはしたことがある。だけど社会人になってから、特に彼女と呼べる存在はいないし、どこか仕事で手一杯だ。そんな暇がないと言ったらモテない男の言い訳だと言われるかもしれないが、その上まずい事に、最近ではそれ自体に何も不都合を感じないから、ますますもって縁遠くなってしまう。

 こんな事でいいのか二十五歳。

 もう一人の同期の関本だって、顔も頭も良いし仕事もできる。女性にはかなりモテると思うけど、あいつも特定の彼女が居るとは聞いていない。尤も水面下で、こっそりと付き合っているとも考えられるが、同じマンションに住んでいて、その気配を感じさせないと言う事は、現在進行形がいないと言うことじゃないだろうか。ただ、撲はその辺の勘は全く鋭くない。

 眼の前の工藤はどうだろう。こいつも関本とは違ったタイプの男前だ。

 関本が行動力のあるリーダータイプの男だとしたら、工藤は頭脳明晰な研究者タイプ。外見だって男性ファッション誌のモデル並みのスタイルをしているし、何事に措いてもセンスが良い。そんな奴がモテないわけないと思うが、工藤は自分の色恋を誰かに喋るタイプの男ではなかったし、他人に目撃されるなんてヘマもしない。

「取引先の子と一度ね」

 今もそう言って、謎めいた笑みを浮かべている。

 そう言えば、この男はあんまり声を上げて豪快に笑わない。改めて二人で向き合い、そんな事に今さらながら気がついた。


 最初こそ緊張もしていたが、勧められるままにワインなんかに手を出し、僕は工藤相手に会社の愚痴や上司の悪口、果ては社内の噂話を喋り倒していた。

 男の喋りはみっともない。それは重々承知している。

 でも、仕方ないじゃないか、こいつほとんど喋らないんだから。

 三人でいる時は、関本が僕らの会話を上手くリードしてくれる。工藤も口下手ではないはずなのに、今夜の同期は、やはりどこか何時もとは違う空気を漂わせていた。

 僕の話に耳を傾け、適当なところで相槌を打ち、笑ってさえくれるのに、どこか上の空で片方の脳でなにかを考えている。

 だから僕は余計にはしゃいでみせた。

 なんだか不安で落ち着かないんだよ。

 そんな事を思った時、工藤が意を決したかのように両肘をついて、少し身を乗り出した。

「一之瀬」

 囁くように僕の名前を口にした。

 彼はどちらかと言うとあまり大きな声で話しをしないが、不思議と耳に馴染むような話し方をする。

 僕はと言うと、はしゃぎついでに騙されるつもりでトリッパを口に放り込んだところだった。

 ぐにゃりとする触感に、少し情けない顔をしてみせた。

 そんな僕にはお構いなしに、工藤は少しだけ躊躇ってから静かに言った。

「どうも一之瀬の事が好きみたいなんだ」



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