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工藤が待ち合わせに指定した場所は、会社の傍にある小さな公園だった。位置的には会社の真裏にあり、正面玄関とも社員通用口とも接していない為、僕の意識の中にはその存在自体がほとんどないような場所だった。もちろん入社して3年にもなるが、僕は一度も足を踏み入れた事さえなかった。
どこか先に行って、店で待っていてくれたほうがこっちも随分気が楽なのに、工藤はなんだってそんな場所を選んだのか。
コートのポケットに携帯電話を握りしめたまま、僕は足早にエレベーターを降りる。
でもよく考えると、金曜の夜なら会社の近くの飲み屋は、社内の人間が誰か一人ぐらいは席を温めている。むしろ逆方向にあるこの公園は、案外隠れた待ち合わせ場所かもしれない。
そんな事を考えながら、社員通用口を出て駅の方角へ歩いていた。会社の前の道は、車道からひとつ中に入った筋にあり、駅へ向かう場合は一つ目の角を左に曲がって通りに出るか、このまま突っ切ってから広い通りから駅へと向かう。
今夜は右に逸れて待ち合わせの公園を目指している。後ろを振り返って、誰かいないかを確かめるほどの念の入れようだ。
同期との待ち合わせに、何を警戒しているんだろう。
日頃吐きなれてない嘘をつくと、小心者の僕はそれだけでも十分挙動不審人物になれる。
見慣れない夜の道は人通りがなくて、公園の入口付近は僕の背丈ぐらいの植栽がS字を描くように植えられている。外灯も心もとないし、なんとも薄気味が悪い。陰から誰か飛び出しでもしたら、僕は間違いなく腰を抜かすだろう。
くねった植栽を抜けると広場に出る。一旦中に入ると、どこにでもあるようなすっきりとした公園で、僕は難なく工藤を見つけることができた。
大きな樹の下にベンチが3つ。
右端の一番明るい外灯の下に同期がいた。
彼は鞄を机にして本を広げて読んでいるようだった。
「眼、悪くなるぞ」
遅れて行ったわりには、僕はゆっくりと近付いて声を掛けた。
「上手く抜け出せたんだな」
そう言って、少し眼を細めて僕を見上げる。そんな工藤の顔は寒さのせいか、どこか緊張したような顔つきだ。何を読んでいるのか覗き込もうとする前に、本がパタリと閉じられた。
工藤はそのまま鞄に突っ込むと、「行くか」と言ってそっけなく立ち上がった。
僕も早くここから離れたいと言う気持に捉われていた。別に会社の近くで、同期と一緒にいるところを誰かに目撃されたとしても、それ自体には何の問題もない。ただ、関本に嘘をついたと言う事実が、僕を後ろめたい気持ちにさせていた。
「ちょっと歩くけどいいか」
僕よりすらりと背の高い工藤が、先に歩きながら振り返る。
「何処に行くんだよ。俺の知ってるところか?」
その背中に問いかけて、僕は彼の後に従う。
「三人で行ったことはなかったと思うが」
工藤はそう言ったきりしゃべらない。
なんだかこう言うパターンは初めてで、どこか違和感がある。
だいたい三人で飲んで帰る時は、ほとんどが会社と駅までの間にある往きつけの店で、その日の気分でどれかに決める。まず、駅の反対側へ足を延ばすと言う選択肢がない。それに今夜は見慣れない景色と、何処か様子の違う工藤と、嘘まで吐いて待ち合わせた事に対する罪悪感に、僕はたぶん戸惑っていた。こんな状況は今までなかったし、どうにも落ち着かない。
この漠然とした落ち着かなさの正体の一つが、彼に対する警戒心の現れである事には間違いなかった。昼間の態度からして変だったし、今もどこか違った空気を纏っている。
「関本に何って言った」
僕があんまり黙り込んでいるから、工藤はちょっとからかうような目で振り返った。
「おまえがあんな事言うからだろう」
僕の方は、恨めしい眼で工藤を見る。
「嘘ついたのか」
工藤が意地の悪い事を言う。
「だってさ」
焦った僕の姿を思い出し、罪悪感で気分が落ち込む。
「悪かったな。言えば良かったのに」
工藤は笑いながら僕を見た。
「よく言うぜ。関本抜きじゃ飯も食えないみたいにおまえが言うからだろう」
「一之瀬は、関本に二人で行くって言えないんだろうな」
そうだよ、と僕は内心毒づいていた。
「そう言うおまえだって、俺と行くって言わなかったんだろう?」
「先約があるとは言ったが、誰とまでは聞かれなかった。別に嘘はついてない」
涼しい顔で工藤が笑う。
そうか、こいつは元々そう言う奴だった。いつだって、焦ったり慌てたりすることなんてない男だ。
「ずるいぞ、おまえ」
僕は子供みたいに不貞腐れた。




