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僕は多分、これまで関本を否定するような言葉を言った事がない。それだけに、関本は強い衝撃を受けたような顔をしていた。言ってしまった僕自身が、その様子に戸惑いを覚えるぐらいに。
僕はどこかで後悔をしている。微かな胸の痛みがその証拠だ。
ただ、もう引き返せない。
悪魔の囁きのように、僕は月に引き寄せられていた。
「関係ないのか?」
僕にと言うより、自分に語り掛けるような響きだった。
関本が僕を見る。その瞳が悲しい色をしていたことに、僕の心臓がきりりとする。
「俺はどうしたらいい?」
関本が僕にこんな風に尋ねる事は、今までになかった。何をするべきかが常に分かっている。それが関本だった。
「何も」
僕は頭を振る。関本にできることはない。
僕は既に月に囚われているんだから。
長い時間のように感じられた。サラサラと僕の身体が砂になって、括れたガラスの中を落ちて行くような錯覚を覚えた。
関本は静かに残りのビールを飲み干す。僕はその缶をじっと眼で追っていた。カツンと音がして傍のテーブルに缶が置かれると、そのタイミングで急に現実に引き戻されたかのように、テレビの音が耳に響いた。
まるで目覚めたばかりで、さっきまで見ていた夢が思い出せないような、妙にフワフワとした非現実的な気分だった。
関本が行き成り立ち上がる。僕はその勢いに驚き、そのまま関本を仰ぎ見る。蛍光灯が逆光でその表情は分からない。
関本を怒らせたのは間違いない。そのまま部屋を出て行くと思った。
「立てよ、一之瀬」
抑制された関本の声が僕の頭に降り注ぐ。どこか逆らえない、緊張を孕んだ声だった。このまま外に連れ出されて殴られるのか。なんだかそれも納得できない。
それでも僕はしぶしぶと立ち上がった。関本が僕の腕を掴む。促されるままに僕は後に従い、廊下へと連れ出された。
まだ、お風呂上がりのシャンプーの香り立ち込めていた。このまま外に出たら、きっと風邪をひくだろう。そんな現実的な考えが頭を掠めたせいか、僕は関本の手を振り払って、立ち止まった。
「何するんだよ」
関本は心がここにないような、掴みどころのない表情で僕を見た。
「俺は迷ってる。それでもこのまま何もしなかったら後悔するのは間違いない。やらない後悔なら、やって後悔する方を選ぶ」
僕には、関本の言ってる意味が分からなかった。ただ、関本が何かを決意したことだけは伝わってきた。
不思議な経験だった。時間がスローモーションのようにゆっくりと感じられた。近付く関本の顔を凝視したまま、唇に柔らかい感触を覚えて、キスされているのだと後から思考が追い付いた。
身体が震えた。
ひんやりとした冷気を纏った廊下のせいなのか、関本の行動に驚いたのか、触れた唇の感触のせいなのか。
「……何してくれるんだよ」
僕は至近距離の関本を睨む。
関本は微かに笑ったように見えた。
「俺と寝るんだよ」




