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こんな事は前にもあった。工藤が僕を好きだと関本にぶちまけた日。スーツ姿の関本が玄関先に立っていた。今日の関本はスーツ姿でもないし、さっき別れたばかりの僕を訪ねてくる理由も思い浮かばない。何故だか工藤だと勝手に思った僕が、単純にその意外性に驚いただけ。
あの日の記憶がゆっくりと戻って来て、目の前の現実とピタリ重なる。まるでパズルのピースがカチリと音を立てて嵌ったようだ。これは歓迎できない来訪だと、僕の第六感が働くが、僕は関本を招き入れる為に身体を引く。
「前から言おうと思ってたんだけどな、よく確かめもせずドアを開けるな」
そう言って、ずかずかと上がってくるのはいつもの関本。それでも僕は油断ができない。
「お前こそ、いきなりやって来るのはどうかと思う。俺にだって都合はあるんだからな」
「女連れ込んでるとか?」
ふふん、と鼻で笑う。端からそんなことはない、と思い込んでるのがしゃくに障る。
関本と僕の関係で、お互いの部屋を訪ねるのに理由はいらない。用もないのにふらりとやって来て、なんとなく部屋でごろごろして帰って行くのは普通にあることだし、今更何の用事かと聞く事自体違和感がある。
「どうした?」
警戒している僕は、言わなくてもいいのにそれを口にする。
関本はちらりと僕を見ると、断りも無く冷蔵庫を開けて中を覗く。これもいつもの行動。
「からっぽだぞ」
僕の声色は少し硬くて、どこか緊張を隠せない。
「お、あった」
関本はビール缶を取り出し僕に見せる。
「缶ビール切らしててな。一之瀬も飲むだろ」
確かにお風呂上がりだし、咽喉は乾いていた。そう言えば、関本の髪が少し濡れている。
「風呂入ってたのか?」
それには答えず、僕の髪をくしゃくしゃとして、さっさとキッチンから部屋に入る。 関本定位置の壁を背にした特等席に坐ると、勝手に僕の分までプルトップを開けて缶を差し出す。僕は黙ってそれを受け取ると、関本の隣に腰を下ろした。
「極上のイタリアン食べて、ビールで乾杯ってのも、なんだかな」
僕は笑う。
関本は一口ビールを飲むと、ああとかなんとか声を発して、テレビの画面を見ている。でも、それはどこか考え事をしている風で、真剣にテレビを見ているわけではない。
「お前……」
タイミング悪くテレビがCMに入ったところで、大音響に僕はその言葉を聞き逃す。
「なに?」
僕はビールに口をつけたまま関本を見た。その時の関本の顔は見たこともない表情で、咽喉に流し込んだビールがひんやりとして、肌が粟立つのを感じた。
「工藤と寝たのか?」
目の覚めるような一言に、僕は眼を瞠った。
「なに、ソレ」
僕は、固まったまま関本から眼が離せない。
「寝たのかって聞いてるんだよ」
関本が怒っている。
それだけは分かる。
「寝てない」
隠している事はあるが、嘘はついてない。結局、僕らはそうならなかった。
「いずれそう言うことをするのか?」
僕は言葉に詰まる。多分、この先ずっとこの状態が続いたら、僕は間違いなく工藤とそうなる。あの時はたまたま工藤が躊躇したからだ。現に僕はあの夜以来、工藤に抱かれる自分を何度か想像した。遂げられなかったからこそ、その行為に幻想なようなものを見ているのかもしれない。
「関本には関係ない」
自分でも驚くほど冷ややかな声だった。
関本はビール缶を器用に手の中で回しながら、僕の言葉を受け止めている。一度口にした言葉は戻らない。僕も唇を結んだままその様子を黙って見ていた。
関本はこのまま怒って出て行くだろうと思った。それでも構わない。
僕はそれほどまで月に魅入られていた。




