27
辞令が下ろされている会議室は八階にあり、吹き抜けのエレベーターホールからパティオになっているカフェエリアを通り抜けると、雑然とした営業部のフロアとは趣の異なる静寂の空間がある。オフィス内はどこもタイル張りの味気ない簡素な床だが、このエリアだけはふかふかの絨毯敷き。皮のベンチが中央に配置されていて、劇場のホワイエのような造りで、両側に大小の会議室がある。僕がここを使うのは月一の営業会議位で、ちょっとした打ち合わせなどは、もっぱら同じフロアのミーティングルームで済ませる。
手前の小会議室の前に同じ課の原田が順番待ちで坐っていて、少し離れたベンチに三課の奴が少し距離を措いて坐っている。中で辞令が行われているからなのか、我が身の先行きの心配からなのか、二人とも雑談することもなく神妙な顔なのが可笑しかった。
「おう、一之瀬」
原田が僕に気付き手を上げる。
「こっち?」
ほとんどジェスチャーのように声を発すること無く、手前の会議室を指差しながら隣に滑り込むように座る。
「今、関本が入ってるよ」
「そうか」
僕もなんだか神妙な顔になる。
「一之瀬、四年目だろ。そろそろ異動あるかもしれないぞ」
「止めてくださいよ。縁起でもない」
「おまえ、この先もずっと営業するつもりなのか?」
「つもりもなにも、それしか経験ないですから」
「他の世界を見てみるのもいい経験だぞ。案外おまえ向きの仕事があるかもしれないだろう」
「それって、俺が営業向きじゃないってことですか?」
「そう聞こえるか」
ニヤリと意地の悪い笑みを零された。
冗談半分、本音半分ってとこか。自分でも、必ずしも営業が天職だとは思っていない。だからと言って、これと言ってやりたい仕事が有る訳でもない。燃え尽き症候群と言うほど大げさでないにしろ、最近の僕は、自分の歩むべき道が分からなくなっている。仕事も私生活も、どうして良いのか分からない。新たなる岐路に立たされているのかもしれない。
「おい、冗談だってば」
僕があんまり真剣な顔をしていたのか、原田がゴツンと肩をぶっつけて来た。
「痛いな、もう」
僕はお返しとばかり、肩をぶつけ返す。
「なんだよ」
大人気なく、原田がぶつかって来るから、僕も反撃に出る。何度か繰り返された小競り合いの末、隙を見た僕がさっと身をかわす。文字通り、肩すかしってやつ。バランスを崩した原田が、僕の上に重なるように倒れ込んで来た。
「うわっ、バカ!」
思わず、大きな声を上げてしまった。
「しっ!」
原田が人刺し指を立てて僕を制する。
その時、タイミング悪く会議室のドアが開いた。
首を竦めながら恐る恐るそっちを見ると、関本がドアの前に立っていた。
僕らを見て開口一番。
「おまえら、そう言う仲だったのか?」
僕らは顔を見合わせて、慌てて飛び起きる。もちろん関本の冗談だと分かってはいるが、男に告白されると言う前科持ちの僕は、そんなことが日常茶飯事だと思われでもしたのかと、複雑な気分になった。
「意外と一之瀬が積極的で焦ったよ」
茶目っ気を出して、原田が首を竦める。僕は握りこぶしに息を吐いて、ファイティングポーズ。
「アホかおまえら」
関本は、原田にさっさと中へ入れと親指で背中の会議室を示す。
「んじゃ、行ってくるか。続きは後でな、一之瀬」
下手くそなウインクを僕に寄こした。
「転勤しろ!」
僕の罵声にカラカラと笑い、「失礼しまーす」と言って、原田はドアの向こうに消えた。
なんとなくその背中を眼で追って、関本を視界に入れる。
「違うからな」
言わなくてもいいのに、言い訳がましく関本に言う。
「ったく……どうしてそうなるのかな」
関本は苦笑いで僕を見ている。
「関本、どうだった?」
向こうの会議室前から三課の奴が声を掛けて来た。
「ん」
首を捻り、そっちを見た関本は「異動なし」と、あっさり告げた。
「そうだよな。関本の異動は考えられないからな」と、三課の奴。
「まさか。俺だって内心ビクビクだったさ」
「そうなのか?」
僕は意外な気がした。僕なんかと違って営業成績もトップクラスだし、後輩の面倒見も良いし、一課を背負って立つと言っても過言ではない関本が、何を不安に思う事があるのだろう。そんことを言ったら、僕なんかどうなる? 営業が好きと言うわけでもなく、毎期ギリギリの滑り込みで予算達成だし、面倒を見るより見られている方が多い。関本の代わりはいないが、僕の代わりなんて誰にでもできそうだし。僕が営業に留まる可能性は非常に薄いんじゃないのか。僕の悪い性質で、どんどんマイナス思考に陥って来る。
「どう転んでも、俺達は同期だからな」
関本の手が労わるように僕の肩に乗せられた。
それって、僕の異動ありきの台詞なのか?
こいつ、何か知ってるのか?
僕は関本に詰め寄った。
「何か知ってるなら教えてくれ!」




