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月曜日の全体朝礼で、中期経営計画の説明があった。大きな変化として、僕の所属する営業部が、四課体制から二課体制に変遷され、大きな内部異動があると発表された。実のところ、内部ではその噂は随分前から囁かれていて、そんなに大きな衝撃でもなかったけれど、それに伴い、僕らの処遇がどうなるのか、単純に身近な問題として大いに気にはなった。それに僕らも四年目を迎える。同期の誰の上に異動の話が降っても可笑しくはない。そうなった時、僕はその変化について行けるのだろうか。サラリーマンの宿命だとは分かっていても、まだ経験のない僕には、不安が募るばかりだ。
通常人事異動の辞令は、まず本人にこっそりと内示される。こっそりと言っても、この季節に上司に会議室に呼ばれれば、「あいつ異動だ」と、直ぐに気付かれる。戻って来た時に、問い質せば大概の奴は口を割る。稀に頑なに拒む場合は、本人の意にそぐわない異動だったりする。勿論サラリーマンに拒否権はない。
今年は営業部全体が改革されることもあって、全員が一人ずつ会議室に呼ばれる異例の事態となった。関本は早い順番で早々に会議室に呼ばれている。
「関本、入ったのか?」
工藤が気になったのか僕の席までやって来た。
「ちょっと入社の面接の時みたいだな。結構緊張しないか」
僕は、落ち着かなく壁の時計をチラリと見上げる。まだ、工藤の顔をまともに見ることが出来ない。工藤もそうだったのか、僕の机に浅く座ると、同じように振り返って時計をチラリと見た。関本が呼ばれて十分は経つ。
「会議室二つ使って、辞令下ろしているみたいだな。さっき入った奴の話だと、一之瀬のところと、俺の課の課長がそのままスライドで其々の課長をやるらしいぜ」
工藤が僕を見る。
「三課と四課の課長は?」
僕の視線は工藤の腕の辺りに注がれる。
「どこかに飛ぶんだろうな」
「厳しいな。サラリーマンの悲哀を感じる」
「営業は数字が全てだからな」
「俺、絶対向いてない」
降参とばかりに腕を上げて、椅子の背に凭れる。
「今頃気づいたのか」
「あのなー」
僕は抗議の為に身体を起こすと、工藤と眼が合った。
「一之瀬、俺が転勤になったらどうする?」
このタイミングでそんなことを言い出す。その言い方だと、工藤の転勤で僕が動揺すると言う前提だ。苦い様な淡いような、複雑な心境。
「俺が転勤って可能性だってあるんだぞ。おまえはどうするだよ」
さっさと、工藤に突き返した。
「そうだな」
工藤は考え込むように腕を組んだ。周りは其々に辞令の話で盛り上がっていて、誰も仕事をしていない。普段ならワンコールで飛びつく電話も、今日はやたらあちこちで鳴っている。ただただ落ち着きのない、騒然としたフロアだった。
僕は相変わらず工藤の組まれた腕辺りをぼんやりと見ていて、その手がそっと外され僕の肩に触れるのを感じた。チラリとその手を確認して、そのまま腕を辿って工藤を見る。
「俺は諦めた方がいいのか」
工藤は視線を外すと耳打ちでもするように、少し身を屈める。もともと大きな声で喋る男ではないし、そっと囁くようなウイスパーヴォイスだ。僕に問いかけているようでもあるし、自分自身に言い聞かせているかのようにも聞こえる。彼独特の絶妙な匙加減で、同時にやってのけたようにも思えた。
こう言う神経戦は僕には向いていない。
「結局、どうにもならなかったじゃないか」
僕の声音には苛立ちが混じる。
「いちのせー」
遠くでタイミングよく僕を呼ぶ声がした。その声の方向を見ようと身体を動かしたところで、工藤の手が自然と離れた。
「次、おまえだってさ」と、その声は続く。
いよいよ、僕の番。
「行って来る」
僕は立ち上がると、工藤の顔を見る事もなく会議室へと向かった。




