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男同志のセックスがどう言う事をするのか。どんなに無知な僕だとしても、それ位の知識はある。もともと受け身にはできていないのだから、それを引き受けるだけの覚悟とダメージは相当なものだと想像ができる。だけどその一点を除けば、男同志であってもセックスなんて似た様なもの。奇しくも北澤さんが言い放った台詞が、ふっと頭を掠めた。
リビングで僕の覚悟を確かめるように、工藤は僕にキスをした。決して強引でもなく、僕から何かを引きだすような、熱っぽいキスだった。そのキス一つで、彼がどれほどの経験を積んで来たのか、容易に想像が出来た。
言って見れば「寝てみるか」と提案をしたのは僕で、それならもっと協力的であるべきだったと思う。そうなれなかったのは、どこかに譲れないものが存在していたからで、男同志と言う禁忌を犯すことへの後ろめたさが、僕にブレーキを掛けていたのかもしれない。
工藤の身体の重みがふっと軽くなり、僕に近付いて来た時と同じように、伏し目がちの綺麗な睫毛がゆっくりと離れて行くのを、僕は薄っすらと視界に捉えていた。
工藤はじっと僕の顔を見ていた。恐らくこんなに長い間、間近に眼を合わせるのは初めての経験だ。
「一之瀬……」
工藤は僕の名前を呼ぶと、手の甲でそっと頬を撫でる。ゾクリと肌が粟立った。嫌悪なのか、甘い疼きなのか、僕にはそれさえ区別がつかない。
「寝るってどういうことか、分かってるのか?」
工藤はまるで小学生にでも問うような口調でそう言った。
「知ってるよ、それくらい」
僕は自分を欺くように眼を逸らした。だから工藤が、どんな顔で僕を見ているのか分からなかった。それを確かめたい気持ちと、見るのが怖いと言う反対の気持ちが、つかの間鬩ぎ合った。
「バカだな。おまえ」
工藤が僕から離れて、立ちあがる。皮のソファが軋む音と、机に放り出したグラスの中でカタンと氷が鳴る音が、リビングに響いた。僕は思わず、縋るように彼を見た。
どうしたことだろう、工藤の背中が迷っていた。
工藤はもともと同性愛者ではない。彼だって男同士で寝ることに、全く迷いがないわけじゃない。僕はこの時、初めてそれに気がついた。うっかり「寝てみるか」なんて、軽口を叩いてしまった自分が恥ずかしい。寝る事が、どこかで彼の救済に繋がるのではないかと言う高慢さが、余計に彼を苦しめたとしたら。後悔なんて言葉では片付けられない。
「今日は帰ってくれ」
「帰る」
ほぼ、同時だった。
自分が招いたこの事態を、僕は悔いた。彼が僕に何を求めているのか分からない。友情の先にあるものが、単純に同性愛だと言い切れたら、僕は随分楽なような気がした。それとも、彼も僕も、ただこの状況を複雑にしているだけなのかもしれない。
僕は砂を噛むような苦い思いで、彼のマンションを後にした。




