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同期  作者: SHIRO
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 言ってしまって後悔をする。売り言葉に買い言葉ではないが、大体に措いて撲は昔からそんな性質だ。この時も後になって、どうしてあんな事を言ってしまったのかと、それこそ深く後悔をした。

 工藤に告白されてからの撲は、常にぐらぐらと揺れていた。関本にも言われたけれど、僕は強く拒否できない上に、自分がどうありたいのかも決められない。そんな迷いを工藤は知っているからこそ、そこにまだ一縷の望みがあると思わせてしまう。結局、優柔不断な自分が巻いた種なのだろう。

 工藤は、本当に撲を抱くつもりだろうか。今日か明日か、撲はいつ声を掛けられるのかビクビクとしていた。

そんな落ち着かない様子を関本は見逃さないわけで、僕は又こっそりと問い詰められることになる。

「工藤が何か言ってきたのか?」

 隣でパソコンに集中しているのかと思ったら、突然そんな事を聞いてくる。ビリっと電気が走ったような刺激が、マウスを握る僕の手に走った。

「別に、なんにもないよ」

 僕にしては上出来な声色で、関本にそう答えていた。眼を見て言えないのが意気地のないところで、画面に開いていた報告書を読んでいるフリを通す。

 まだ工藤と寝たわけではない。もし、工藤と寝たら、僕は変わってしまうのだろうか。関本には、そんな僕が分かったりするのだろうか。分かり易いと言われるこの性質をなんとかしないと、僕はこれから先、うかうかと情事も儘ならない。

 あり難い事にこの日の関本は、それ以上深く突っ込んではこなかった。

 


 工藤から連絡があったのは金曜日の夜。メールで明日の都合を聞いて来た。

 撲はどう返信するのか考えあぐねて、携帯電話片手に随分長い間悩んでいた。

『特に予定なし』

 そっけなくその一文だけを送り着けると、檻に入った動物のように、ウロウロと部屋中を歩き廻った。

 ここで嘘をつく事が、撲にはできなかった。彼は撲の提案を、これ幸いと実行に移すつもりだろうか? なんだか心臓がドキドキとする。

 突然、携帯が鳴り出した。メールではなく着信だ。

 撲はそのまま携帯電話を握り締めていたから、驚いて取り落としそうになる。それぐらいの動揺が僕にはあった。もう誰からの着信なのか確かめるまでもなく、僕は覚悟を決めてそれに出た。

『一之瀬』

 工藤の声が耳を擽るように響く。 

 僕の名を口にする時、どこかに甘さを潜ませる。彼はいつから、そんな風に僕を呼ぶようになったのだろうか。

『明日、映画でもどうかと思って』

 これは、間違いなくデートのお誘いだろう。

「いいけど」

 やはりここでも、断れない僕がいる。

『何がいい?』

「なんでもいい」

 工藤の目的が、僕と映画を見ることではないことぐらい十分分かっているから、熱心に選ぶ気も起きなかった。

『観たいものとかないのか?』

 工藤は、それこそ彼女をデートにでも誘うかのように、細心の注意を払って僕に尋ねる。

「いいよ、おまえに任せる」

『そうか、じゃあなんか考えておく。ネットで予約するから、時間はメールするよ。それでいいか?』

 撲は「構わない」と言って、他に世間話をする事もなく電話を切った。手にはぐっしょりと汗を掻いていた。

 工藤は撲と映画を見て、その後食事をし、少しお酒を飲んでその勢いで撲をベッドに誘うつもりだろうか? まるで絵に描いたような普通のデートコースだ。いきなり寝るのも即物的過ぎて、彼は彼なりに撲に気を使ったのかもしれない。だけど、そんな用意された流れも、なんだか気が滅入る。

 その夜はなかなか寝付けなかった。初デートの前の晩のような興奮状態で、不安で落ち着かないし、眠ろうとすると工藤の顔がちらついた。仕方なく僕は、缶ビールを2本も飲んで、なんとか眠りに漕ぎ着いた。


 撲らは映画館のチケット売り場の前で、開演時間20分前に待ち合わせた。僕は時間丁度だったが、彼は既に到着していた。

 黒っぽいパンツに黒の薄手のハイネックセーターで、ベージュのハーフコートを羽織っていた。余り日焼けをしていない彼には、黒が良く似合っている。撲はと言えば、デートだからっておめかしするわけでもなく、綿のシャツにジップアップの厚手のセーター、下はジーンズと言う代わり映えのしないスタイル。

「ごめん、待ったか?」

 あたふたと彼に走り寄る。別に遅刻をしたわけではないが、待ち合わせの5分前には必ず到着していると言う彼の性格を知っているから僕は慌てる。

「いや、さっき来たばかりだ。チケットは交換しておいた」

「サンキュ」

 最近はネットで予約をして、当日に発券機で引き換えをする事ができる。随分便利になったものだと思う。そう言えば映画なんていつ以来だろうか。

 社会人になってからは、あんまり記憶がない。それぐらい、過去の事かもしれない。今は直ぐにDVD化されるし、封切り作品も比較的すぐに電波に乗るから、ますます映画館とも縁遠くなるわけだ。

 工藤が選んだ作品は人気のスパイ映画。シリーズを重ね、俳優も何代も代替わりしているヒット作品だ。任せると言った割には、恋愛ものとか、ホラーとか、あまりにも高尚な文学作品とかだったらどうしようかと思っていたので、この選択には少なからずホッとする。

 僕の映画のお供と言えば、ポップコーンとビール。

「おまえ、昼間から飲むのか」

 呆れる工藤を尻目に撲は売店でそれを買い込む。工藤はポップコーンとコーラが定番だと言う。

「そんなの高校生じゃん」

 撲がそう言うと、工藤も笑いながらビールを選択。

 二人して映画館のシートに納まり、ポップコーンを頬張りながらビールを片手に大スクリーンでの映画。暗くなったからと言って工藤は僕の手を握ったりもせず、久しぶりの迫力ある映画に僕はご満悦だった。映画はかなり面白かった。

 映画館を出ると、4時過ぎ。夕食を食べるには早過ぎる時間。

 僕らは目的もなく、そのままエスカレーターを降りながら下に入っているショップを冷やかしてまわる。

 工藤はキッチン用品の置いてある店で、やたら熱心に何かを見ていた。覗き込むと小さな鉄瓶。

「前から欲しかったんだ」

「手入れが大変らしいじゃないか。いくらするんだ?」

 直ぐに値段を気にするのが小市民。下がっている値札をみて僕は少しびっくりする。

「一生ものなら高くはないだろ」

「俺なら買わない」

 撲は即答。僕は彼とは違って物にそんなに拘らない性格だ。彼はそんな小さな鉄瓶ひとつにもじっくりと考える。きっと彼の家は、選ばれた拘りの物で一杯なんじゃないだろうか。彼はそれこそ一生大事にするのだろう。

 結局、悩んだ挙句、工藤はその鉄瓶を買わなかった。


 一階に降りるまで、ブラブラとウインドウショッピングをしていたら、そこそこの時間になっていた。僕らは少し早いが飯でも食うか、と駅前の居酒屋へ入る。

 まずはここでもビールを一杯飲んで、僕らは無難に今日の映画の感想などで盛り上がる。

「今度の俳優。俺一番好きかも。なんか男っぽくて良かったな」

 撲が主役の俳優を褒める。

「そうか? 原作だと、優男でスケコマシって設定だろ。イメージだと一つ前の彼あたりが俺のイメージだけどな」

 工藤の口から「スケコマシ」なんて言葉が飛び出した事に僕は笑う。

 スケコマシではないが、工藤もなかなかの優男。女の子にも絶大の人気がある。男なんて好きにならなくてもいいだろうに、と彼の整った顔立ち見ながら僕はそう思う。

「人物像的にはそうだろうけど、諜報局のエージェントって言ったら、あれくらい鍛えてないとおかしいだろ。あのストイックさがいいんじゃないか」

 撲は尚も今度の主役を援護する。

「一之瀬は、ああ言うのがタイプか?」

 まさか妬きもちでもないだろうが、工藤が悪戯っぽい笑みでそんな事を言うから、僕は飲んでいたビールを噴きそうになる。

「どうしてそんな話になんだよ」

「一之瀬の好みがあれなら、俺はほど遠いなと思って」

 撲は嫌な顔をする。

「言っておくけど、俺は男が好きなわけじゃないからな」

「でも、俺と寝る気にはなってくれたんだろう」

 そんな事を言われると僕は言葉に詰まってしまう。実際、男同士で寝るって事に、いったいどう言う意味があるのかが分からない。彼がそこまでして、寝る事に拘る理由はなんだろうか?

 愛情なのか。それとも究極の友情。もしくはそれが高じた友情の変異形。

 ここに来ても僕は、まだぐだぐだと迷っている。

「一之瀬、ほんとにいいんだな」

 工藤も僕が揺れている事は充分承知しているから、念を押すように訊ねる。

 そう聞かれると、情けない事にもっと決心がぐら付く。男に二言はない。だけど撲は武士でもなんでもないから、あたふたと尻尾を巻いて逃げ出したくなる。今からでも『嘘だよ』と、舌でも出して冗談にしてしまいたい。

 そんな迷いが撲の顔に出る。

「出よう」

 工藤が決心をしたように席を立った。

 いよいよか。

 本当は僕自身の決心がついていないのに、それでも釣られるように黙って立ち上がる。

 入口のレジで工藤が清算をしている。

僕は財布を取り出すのさえ忘れて、その後姿をじっと見つめていた。

 今ならまだ引き返せるだろうか。





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