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翌日の火曜は営業会議で、もちろん三人共出席をする。
さすがに今日は逃がすものかと決戦モード。
この会議だけは、よっぽどの事がない限り全員出席が決まりなので、工藤も今日は朝から社内にいた。
当然、様子が気になる僕は何度もチラチラと工藤の席を窺う。普段なら一度くらいは軽い雑談をしに傍にやってくるはずなのに、今日は全くの無視。何やら忙しそうにパソコンに集中しているフリが、なんだか僕を避けるためのポーズのようで、白々しく見える。
こうなると僕も意地になる。止せば良いのに受話器を掴んで内線電話を鳴らしてみた。
工藤は点滅する電話機を見て、そこに僕の内線番号を見たのだろう。逡巡するかのように電話機を眺めてからゆっくりと手に取り、同時に僕の方を見た。
視線が絡むと言うのはこういう状況を言うのだろう。見えない一本の線がお互いを繋ぎ合うかのように、生々しいくらいの存在感で僕を雁字搦めにする。結局のところ何を話していいのか僕は何も考えていたわけでもないから、ただただ彼を見つめることしかできなかった。
「何か用か?」
工藤の口調は幾分ぞんざいで、そう言う風に扱われることになんだか憤りを感じた僕は、ついぶっきらぼうに応える。
「別に」
自分から電話をしておいて、この台詞はない。
「忙しいから切るぞ」
工藤はあっさりと電話を切った。こうなると、自分だけがキス一つで大騒ぎしているようで、昨日の午後のような苛立ちが沸々と蘇ってくる。
会議は昼からだから、いつもなら誘い合わせて昼食に出る。
「昼、行くぞ」
関本に声を掛けられて、上着に袖を通し煙草を掴んだ。工藤の席を見ると、正にドアから逃げるように姿を消すところだった。
どう言うことだよ。
咄嗟に取った僕の行動は、彼を追いかけること。捕まえたところで、周りには他の社員もいるだろうに、僕はそこまで冷静な判断が出来なかった。
エレベーターホールへ走り、扉が閉まる寸前で『▼』のボタンを連打する。
締まりかけた扉がゆっくりと開く。
箱の中は満員御礼で一部の隙なくすし詰め状態。その中に少し驚いた工藤の顔もあった。
こんなシーンは何度も経験した事があるが、なんとも気まずいもので、ブーと言うブザーもなるし、僕は頭を下げるしかない。あの間の抜けたブザーと衆人の目が無ければ、僕は怒りに任せて扉を蹴り上げるぐらいの事はしたかもしれない。それぐらいにキレていた。
振り返ると、他の社員が「残念でしたね」と言う顔をして僕を見ている。「何、見てんだよ」と突っかかりはしなかったが、それでも鋭い視線で睨み付けた。
そのエレベーター待ちの塊の後方で、一際長身の関本が立ってそんな僕を見ていた。眼で促がすようにして、僕を呼びつける。
「ちょっと遅かった。この時間、次のエレベーターなかなか来ないし」
関本に言い訳をしながら取り繕う。
「あのな」
関本は言いかけてから思い直すように言葉の呑み込み、僕を小会議室が連なる廊下へと誘う。
今日は全て空室になっているようで、そのひとつのドアを『使用中』に替えて、僕をその中へと押し込んだ。椅子を引き、有無を言わせずそこに座らされると、ズバリと切り込まれた。
「工藤と何があるんだ?」
関本は立ったままで、僕の前に立ちはだかるように仁王立ちだ。逃げ出せる雰囲気でもない。
「何って」
僕の視線は関本の顔色を窺うように泳ぐ。確かにさっきの態度はあまりに考えなしだったと、遅ればせながら後悔をする。
「おまえら変なことになってないか?」
そう言われながらも、関本が考える『変なこと』を自分でも想像してみる。
他人はどんな風に思うんだろう。どんなことを想像するんだろう。
関本が思い当る『変なこと』に『同性に告白される』なんて状況が、果たして想像の域にあるのか謎だが、恐らく違った種類の懸念を抱いているのだと思う。
だからと言って、僕にこの状況を誤魔化せるほどの技量もない。
「喧嘩の原因は何だ」
やっぱりそっちを考えるのか。
ある意味ホッとする自分がいた。
僕は自分の膝頭辺りを見つめてだんまりを決め込む。痛いほどの関本の視線を感じながら、この気まずい雰囲気を自分なりにどうしようか考えていた。
適当な嘘がつけない僕。
社会人なら悪意のない嘘の一つや二つぐらい処世術だろう。何も思いつかない僕は、時間が解決してくれるかのように黙って耐える。
結局、関本はそんな僕に困ったように溜息をつく。
「言ってみろ」
だから、言えないだよ。
「一之瀬……」
関本は膝を折って僕の目線まで下りてくると、心配気に顔を曇らせた。関本にそんな顔をさせるのは僕だって心苦しい。
「俺が信用できないか?」
そうじゃない。
僕は思わず関本を見つめた。なんだか傷ついたような顔をしている。
僕がだんまりを決め込む事で関本を傷つけている。だからと言って、洗いざらいぶちまけると、それはそれで工藤を傷つける。どちらも僕には不本意だ。
どうしてこんな状況に陥ってしまったんだろう。
工藤も関本も大切な友人だから傷つけたくはないのに、二人を結局は苦しめている。出口のない迷路に迷い込んだようだ。
「分かった、もういい」
関本は怒ったのか諦めたのか分からない顔でそう言うと、『昼だ』と呟いてそのまま会議室を出た。僕はその後ろを糸のついた凧のように、一定の距離を保って付いて行く。それからは実に気まずい昼食だった。
昼からの会議は僕達の課が司会進行の担当で、課長が議長を勤める。僕は議事録担当に任命されているので、楕円形の会議机の一番奥にパソコンを開いて待機する。会話に追いつけるほど僕は神業並みにキーボードを打つ事ができないので、ボイスレコーダーなる便利な機器も駆使する。
僕から一番近い右手側に一課。左手側に二課。その奥に三課と四課。図らずして関本と工藤が向かい合わせの位置に座る。
関本の視線は工藤に注がれていた。工藤は意図してそうしているのか、ずっと手元の資料を読んでいる。
関本も工藤もリーダー格だから、それぞれの課の進捗報告をさせられるが、そんな事で焦る二人でもない。
関本のよく通る声が会議室に響く。いつも自信に溢れていて、何を伝えたいかが明確に伝わる。気のせいか、今日は工藤に向かってプレゼンしているように感じるのは、僕の勘繰りだろうか。
比べるわけではないが、工藤の語りは穏やかである。手元の資料をチラリと見ながら、流れるように言葉を繋ぐ。資料にあるグラフを示しながら、二課の進捗報告が恙無く進む。
僕は、多分そんな工藤をなんだかじっと見つめていた。発表者をじっと見つめる事は別に変な事ではない。寧ろ自然な行為だと思う。
その頃には僕の怒りは関本に詰問された事もあり、すっかり萎んでいた。
なんでなんだ?
おまえ俺に告白しようなんてどうして思ったんだ。
会議と全く関係ない事を考えながら、僕は始終工藤から目が放せなくなっていた。




