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同期  作者: SHIRO
13/37

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 会社に着くと「会いたくない」と思う気持が通じたのか、工藤は朝一番のアポで既に会社を出ていた。考えたら彼だって僕に会うのは気まずいだろうから、できるだけ僕を避けたかったのかもしれない。

 ホワイトボードの帰社予定は17時。それまでは社内は安全地帯と言う訳だ。僕はホッと胸を撫で下ろす。

 朝のルーチンとしては、メールチェックの後、重要なメールへの返信、パソコンに貼られた伝言メモの折り返しの電話対応、今日のスケジュール確認、明日の会議の連絡網を廻す。 取り敢えずはそんなところか。

「おはよ」

 ざっとメールに眼を通した所で、僕の机に関本が紙コップの珈琲を差し入れてくれた。

 今朝はなんとなく、もう一人の同期と顔を合わせることに躊躇いを感じていたらしく、一人で早めに出社をしていた。

「おはよ。悪いな、朝コレが気になって」

 机の上の会議資料を、言い訳がましく指で指した。

「おまえ、土曜に出勤して出来てたんじゃないのか?」

 相変わらず、鋭いところを突いてくる。

「課長に提出する前に、プリントアウトして確認したかったんだよ」

「ふうん」

 関本の訝しがるような眼に、秘密を抱えた僕としては穏やかではない。視線を逸らす為に、机の珈琲に手を伸ばす。

 関本の奢りの珈琲を有り難く頂きながら、会議資料に眼をやる。

「それはそうと、おまえ大丈夫だったか?」

 関本も隣で珈琲を啜る。

 大丈夫じゃないよ。

 関本が工藤を連れ出してくれれば、キスなんかされなかったさ。

 キスの一件を知るよしもない関本に、ちょっと恨めしい顔をして見せる。

「あんまり飲みすぎるなよ」

 どこか心配げな表情で関本が僕を見た。そんな風に優しくされると、後半の記憶が全くなくなっている僕は、突然不安になる。

「迷惑かけたか?」

「まあね」

 そう言って、関本はニヤリと笑った。

 やってるな。

 記憶がないのは幸せなことか、不幸なことか。

「関本?」

 こう言う時の関本は、タチが悪い。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みをこぼす。

「なかなか可愛かったぞ」

 最悪だ。

 工藤を刺激するような事とかしていないだろうな。

 でなくても、キスだぞ、キス。頭に過るキスシーンを僕は振り払う。

「可愛いって褒め言葉じゃないだろ」

 僕が嫌そうな顔をすると、土曜日の酔っ払いぷりを笑いながら説明してくれた。僕はそれを聞いて赤くなったり、青くなったり。ほとんど覚えてないのが我ながら恐ろしい。

 酔うと雄弁になる僕は、やたら出会った頃の三人の想い出話を口にし、いかに二人を同期として友人として、良い奴だと思っているのか力説したらしい。挙句に、自分が男として不甲斐ないかとか、これだから彼女ができないとか、後半は愚痴って絡んで手に負えないほどだったとか。

 関本の話からすると、自分が同期としてどうなんだ?と言う事をしきりに聞きたがったようだ。その奥底には、工藤の告白がかなり影響していたんじゃないだろうか。もう、穴があったら入りたいとはこの事で、僕は当分お酒なんか飲まないと堅く心に誓いながら、苦い珈琲を口に含んだ。

「気にするな」

 関本が励ますように僕の肩を叩く。この言い方は、完全なる揶揄だから、僕はますます渋い顔になる。

「俺は好きだよ、一之瀬が」

 案の定、関本がニヤリと嫌らしい笑みを零す。

「殴るぞ、おまえ」

 僕は実際右手を繰り出し、素早く関本にかわされた。朝から大の大人がやる事ではないだろうに、僕らは隣同士で小競り合いを始める。

「関本、一之瀬」

 課長に一喝された。これでは、まるで高校生じゃないか。

「おまえら、体力余ってそうだな。ちょっと手伝え」

 挙句、模様替えの机移動に借り出される始末。

「関本のせいだからな」

 懲りない僕はそれでもブツブツと文句を垂れる。関本は僕の髪の毛をぐしゃぐしゃとして、「はい、はい」と子供扱いだ。

「一之瀬、散髪行けよ」

 図らずとも工藤と同じ台詞を吐いた。

 同じように髪に触れて、同じようにその台詞を言われたのに、関本と工藤では全く違う。同じ同期で同じ友人なのに。

 関本の行為には何の含みもないが、それに比べて工藤は僕を好きだと言う前提がある。僕に関するどんな事に対しても、これから先はどこかにその裏の意味を勘ぐってしまう。

 ああ、またなんだか迷路に迷い込んだ気分だ。

「一之瀬、なんかあったか?」

 勘のいい関本が急にそんな事を言った。

「なんで」

 ドキリとしながらも、僕は関本の顔色を窺う。

「なんとなくだよ」

 そうだよな、流石の関本も、まさかもう一人の同期に好きだなんて言われたとは思わないだろう。唯、何かあると思わせるような気配を、僕から感じとっているのは確かだ。僕はそんなに分かり易い人間なのか。

 ここで、関本に洗いざらいぶちまけてしまったらどうだろう。関本なら、興味本位ではなく真剣に相談に乗ってくれるはずに違いない。

 僕は、関本の顔をじっと見た。ちょっと不自然なぐらいに長く見つめ過ぎたかもしれない。

「何もないよ」

 結局、僕は自分の中に仕舞い込む。いくら関本でも、同じ同期に好きだと告白されたなんて、やっぱり言えるわけがない。女の子に告白されたのとは訳が違うんだ。

「そうか? なにかあるなら俺に相談しろよ」

 男前の関本らしい台詞で、僕は申し訳ない気持になる。

 工藤はその日、帰社時間には戻らず、いつの間にかホワイトボードは『直帰』の文字に変わっていた。そうなると僕の心境は複雑なもので、なんだか避けられているような気がするし、又そうだとしたら「何でだよ」と実に身勝手な怒りが湧いてくる。

 キスしておいて逃げるのか、責任とれよ、位の勢いで腹が立ってくる。

 たかがキス。

 されどキス。

 それもほんとに唇を触れ合わせたぐらいの衝突事故みたいなキスなのに、何をこんなに腹が立つのか自分でも分からない。

 工藤に謝ってもらいたいのか。

 謝られたらそれはそれで、自分が被害者にでもなったような気がする。

 結局、僕はどうして欲しいのか自分でも分からなくなって、朝のブルーで落ち込んだ気分とは一転して、やたらイライラとする午後だった。


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