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同期  作者: SHIRO
11/37

11

 その夜、二人は僕の部屋に泊まった。かなり飲んでいたし、僕らの宴会は深夜まで続いていたから、それから工藤が車を運転して帰るのは不可能だった。

 実は、途中からあまり覚えていない。

 とにかくあんな事があった以上は、飲まずには居られない精神状態だった。

 関本が持ち込んだウイスキーは、名前は知っているが飲んだ事もない高級酒だった。喉が焼けることも無く、危ないぐらいにスイスイと飲めてしまう。

 半分自棄酒に近かった。

 酔うと僕がどうなるかと言うと、かなり陽気になってしゃべり倒し、挙句の果てにはどこにでも寝てしまう。

 気がついた時は自分のベッドだった。どうやってそこまで辿り着いたのか記憶にはないが、服を着たままベッドに転がっていた。

 時計を見ると、明け方の5時。

 着ていた服を脱ぎ捨て、Tシャツとパンツ一つで、もう一度睡眠を貪る。僕の頭には関本と工藤がどうなったかなんて、全く考えが及ばなかった。

 起き出したのは7時過ぎ。どんなに遅くまで飲んで帰っても、だいたいこの時間には眼が覚める。

ベッドを抜け出し、ドアを開けると、台所に誰かの気配。

「おはよう」

 そう言って振り返ったのは工藤だった。ゆっくりと記憶が戻って来る。

「関本は?」

「もう一度寝直すって今さっき帰って行ったよ。勝手に毛布借りたけど」

「寒むくなかったか?」

「一緒に寝るって手もあったんだけどな」

 工藤はニヤリと笑う。そんな風に言えるだけどこか吹っ切れたんだろうか。起きぬけのぼおっとした頭には、この際どい会話さえ現実味をもたない。

「笑えない冗談だな」

 あくびと共にぽつりと呟く。

「そうだな」

 工藤はクスクスと笑いだす。

 僕は二日酔いの常で、頭も身体もほぼ休止状態。

「一之瀬、シャワー浴びたらどうだ? その間に珈琲入れておくから」

「そうする」

 あんまり知恵の回らない頭で風呂場に行き、何も考えないままシャワーに頭を突っ込んだ。

 少しずつ頭がスッキリとしてくる。

 どうやら昨晩は彼が夜這いを掛けることもなく、僕は貞操の危機には至らなかったようだ。

 さて、どうしたもんかな。

 シャワーの下であれこれ、考えに耽る。

 そして、結局は僕が考えても仕方がない事だと思った。僕のスタンスはあくまでも同期であり友人であり、それ以上でも以下でもない。

 だから、彼が自分の気持にどう折り合いをつけるか。

 僕はできるだけ今まで通り、普通に接するしかないだろう。

 この普通って事が不器用な僕には結構難しい。

 シャワーを浴びて幾分頭がスッキリすると、あられもない恰好で彼の前に現れるのはまずいと言う意識も働きだす。さっきは結構際どい事をしていたのだと気が付く。 

 僕は風呂場からバスタオル一枚で、こそ泥のようにベッドルームへ駆け込む。取り敢えずスウエットの上下を来て、バスタオルを首に引っかけて、台所に戻る。

 僕の家の台所は4畳ぐらい。冷蔵庫や食器棚。弁当をチンするのに大活躍のオーブンレンジなんかが置いてあって、二人用の小さな珈琲テーブルぐらいしか置けない。

 彼がそこへできたての珈琲を置くから、僕はそこへ座る。もちろん彼も向かいに座るわけだ。

 この距離、結構デンジャラスゾーンだと思う。

 珈琲を一口啜って何気に彼を見つめる。

 なんか一夜明けた恋人同士のようじゃないか。

 僕はまたそんな愚かな考えに捉われ始める。見つめあったりしたら危ない。

 慌てて視線を逸らす。

「ちょっとはスッキリした顔になったな」

「そんなに酷いか?」

 彼は唇を上げるあの笑い方で僕を見る。あんな状態で雑魚寝をしたとは思えないぐらい、いつもの清潔感溢れる彼がいた。僕は逆光になった彼を少し眩しい眼をして見つめた。

 ひらりと彼の手が伸びる。

 僕は一瞬息を詰めて固まる。

 彼の手は、まだ湿ったままの僕の前髪にそっと触れた。

「柔らかいんだな」

 僕の髪の感触を確かめるようにくしゃくしゃと掴んでから放す。

 これは友人として有りか否か? 僕は自分に問いかける。

 決して、僕が嫌悪するような行為ではなかった。それでも好きだと告白した彼には、どこか意味のある触れ方だと思わずにいられなかった。

 僕はいちいちそんな事を考えながら、これからこいつと付き合うんだろうか?

 なんて、やっかいな関係になってしまったんだろう。

「一之瀬、そろそろ散髪いけよ」

 彼はそう言って立ち上がった。

「帰るよ」

「うん」

 引止めはしない。僕は十分疲れている。

 こいつが帰ったら、もう一回寝直すつもりだ。

「いいよ、カップは洗っとくから」

「悪いな」

 彼は玄関に向かう。

 僕も一応お見送りでその後について行く。

「ここでいいよ」

「下まで行くかよ、バカ」

 なんとなく憎まれ口を叩く。

 狭い玄関で工藤が体を屈めて靴を履く。気を利かせたつもりでその上から身を乗り出して玄関の鍵を開けてやる。

 これは本当に、出会い頭の事故のような状況だった。

 たまたま彼が立ち上がって振り返るのと、僕が扉から身体を戻すそのタイミングが悪かった。ちょっとぶつかりそうになり、僕らは同時にドキリとしてその場に凍りついた。

 人は常に、他人と一定の距離を持って接している。赤の他人が必要以上に近付いて着たら、危ない奴だと警戒する。友達の距離、恋人同士の距離。それに照らすと、この状況は僕にとっては警戒に値する距離だった。だから僕は必要以上に緊張した。

 今までだって、彼ともっと近くに寄り添った経験がないわけではない。たとえばパソコンの画面を見ていて、肩越しにそれを覗くとか。飲んだ帰りにうっかりと寝込んで彼の肩を借りるとか。

 でも、それは彼を友達だと思うからできていた事であって、彼の気持ちを知ってしまった今は、その距離の近さは僕にとっては危険な領域だった。

 どうして彼の眼を見てしまったのだろう。僕は後々もその事がずっと悔やまれた。まるで眼を逸らした方が負けだと言うように、彼も僕をじっと見るから、真剣勝負の侍のように膠着した状態になる。

 決していきなりではなかった。逃げようと思えば逃げられるだけの時間はあったと思う。その証拠に、彼はゆっくりと僕に近付いて来た。

 あ、来るな。

 頭の片隅で、彼が僕に何をするのか当に気がついていた。

 僕らの周りの時間がゆっくりと流れる。人間は危険と直面すると、それから回避したいが為に時間の感覚を遅らせる事が出来るのかもしれない。

 最初に感じたのは彼がつけているフレグランスの香り。息をするのも忘れた唇に、ひんやりとした少し湿っぽい彼の唇が触れる。その瞬間、僕は眼を閉じてそれを許していた。

 触れるだけのぎこちないキス。

 その感触より、撲を包み込む彼の香りの記憶の方が鮮烈だった。

 男と始めてのキス。

 僕の頭はからっぽになる。



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