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同期  作者: SHIRO
10/37

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 小一時間もすると、二人は両手一杯の荷物を抱えて帰ってきた。

 何人分だと聞きたくなるぐらいの買い出し量だ。

「スーパーで追加の肉買って来た。食べ比べてみようぜ」

 パックに入った肉が積まれる。もちろんビールは欠かせない。買い置きもあったので、さっき冷蔵庫に放り込んだ。

 白菜、葱、椎茸、春菊、糸コンニャク、焼き豆腐、卵。

 どうやらすき焼って事らしい。

「なんだ、これ?」

「ふ」

「ふ?」

「おまえ、すき焼に『ふ』は欠かせないだろう」

 当然のように関本が言い放つ。

「関本がこれは絶対に必需品だって譲らないんだ。一之瀬、『ふ』なんか入れるか?」

 工藤はなんだか納得いかないように『ふ』の入った袋で撲を指す。

「お味噌汁とかに入ってたっけ。そういや『ふ』ってあんまり食べた事ないな」

「だろ?」

 ここで僕らは、『肉まん』と呼ぶか『豚まん』と呼ぶか、醤油党かソース党か、そんな他愛無い話で盛り上がる。

 狭い台所に男が三人も立てないので、僕と工藤はほとんど関本にお任せ状態。

 僕は遥か昔に自炊をすっかり諦めているので、社会人になった時に取り敢えず揃えた包丁も箱に入ったまま、新品同様な状態で何処かの引き出しに収まってある。

 僕の独り暮らしなんて、キッチン挟み一つあれば事足りる。

 インスタントラーメンの袋を切るから始まり、葱だってそれで刻んだりする。

 関本は引き出しや扉を勝手に開けて、包丁やらまな板やらを探し出し、手際よく準備を始めた。まあ、言ってみても鍋だから料理するって程でもなく、切ればなんとかなる。

 工藤は灰皿片手に煙草を銜えながら、少し後ろからそれを眺めていた。

「おまえ、嫁にいけるぞ」

 そう言う工藤に、関本は振り返って笑う。

「惚れるなよ」

 そんな軽口を言いあう二人を眺めて、僕は少しだけホッとする。

 関本に嫉妬すると言った工藤。

 二人の間がこれまでと違ったものになる事を何よりも僕は望まない。

 昨日の告白のせいで、工藤が関本を反目するようになったら悲しい。このままの状態で、僕に対する好きが、少しだけ行過ぎた独占欲だったと思い直してくれるのが、たぶん一番好いことだと思う。


 さて、準備も整い、僕らは宴会へと突入した。

 六畳のフローリングに長方形のテーブル。壁に背が凭れる体制が一番楽なんだろう。二人は並んでその特等席を確保する。

 ずるいぞ、おまえら。

 仕方なく僕は反対側に一人で座る。

 見るとも無しに着けているテレビは僕の背中。

 正面にこの二人を視界にいれる事に少しだけ抵抗を感じた。やはり僕はどこかで工藤と関本を意識しているからかもしれない。

 缶ビールで乾杯をして、鍋が出来るまでにと買って来たお惣菜をつまむ。

 関本は関西人なので、ワリシタを使わず、醤油と砂糖とお酒で鍋を作る。僕はいそいそと卵なんかを割ったりしながら、食べる準備に入る。

 そう言えば関本って関西弁があまりでない。大学4年間ですっかりバイリンガルになったとほざいていた。

 工藤は本当の意味でのバイリンガル。帰国子女で英語には全く困らない。

 将来、海外勤務も夢でない男だ。

 そう言う僕は極平凡な男。関西弁も英語も話せない。

 こんな僕の何処が良いのか分からない。

「まずは行くぞ、スーパーの肉」

と、言いながら僕の小鉢に関本が肉を取り分ける。そう言えば、いつもこんな風に世話を焼かれるが、これが案外工藤をやきもきさせる原因じゃないだろうか。

 お願いだから今日は自分の好きにさせてくれ。

 こんな状況を工藤がどう思っているのか。

 そこが気になる僕は工藤の顔がまともに見られない。取敢えず、小鉢の肉にがっつく。

 独身サラリーマンにはスーパーの肉でも、十分な贅沢品だった。

「いくぞ!神戸牛」

 やっぱり美味い。僕らは大絶賛。

 関本拘りの『ふ』がまた絶品だった。肉の旨みが滲みこんで、とろとろとして、火傷しそうになりながら僕らは其れを食べた。

 三人の話題はもっぱら仕事の話になる。サラリーマンなんだな、僕らは。

 今期も残り少ない。営業マンの僕らは予算をクリアできるのか、今の所それが大命題。

 明日は休みだと思うとビールもすすむ。当然、僕は酔っ払う。

「工藤、知ってるか? 一之瀬のやつ」

 関本が突然思い出しように肘で工藤を突付きながら、そんな事を言い出した。

「なんの話だよ」

 僕は全く警戒心なしで、片肘ついたとろんとした眼でビールを飲みながら関本を見る。

「おまえさ、昨日はデートなんだろう」

 飲んでいたビールを噴出す。

「隠し事できないな奴だな」

 関本のニヤニヤした顔と、涼しい顔で煙草を吸う工藤を交互に見比べた。

「そうだったのか?」

 なんて言いながら、工藤は惚けた顔で煙草をふかす。

「ばっ……なわけないだろう」

 テーブルの上の粗相をティッシュで拭きながら僕は焦る。

「白状しろ、一之瀬」

 関本も煙草を銜える。工藤が火を差し出すと、ちょっと俯きながら煙草に火をつけて、チラリと追い詰めるように僕を見据えた。

 なんなんだ、二人して。工藤、おまえ何とか言えよ。

 いやいや、やっぱり言わなくていい。

 僕はこの展開にやたら焦り捲くる。

「一之瀬に彼女がいたっておかしかないだろう」

 工藤が唇を上げて意地悪く笑う。

 おまえもそう思うのなら、諦めろ。

 大した効果はないだろうが、僕は工藤を睨みつける。

「俺はね、こいつに彼女ができるのが面白くないんだよ」

 この発言に僕は驚く。こう言ったのが工藤だったら昨日で充分な下地があっただけに、僕はまだ納得できた。 いや、やっぱり納得はできないけど。

 この台詞を口にしたのが関本だったのが意外だった。

「なんだよ、それ」

 工藤も関本をチラリと見る。真横の関本には見えないが、ちょっと怖いぐらいの視線に僕はハラハラとする。

「一之瀬はさ、ずっとこのままで居て欲しいんだよな。ん……これって変か?」

 関本は銜え煙草で工藤を見る。

「よく分からないな」

 工藤は少し難い表情をした。

「こいつ不思議と庇護欲擽るだろう。俺はね、どっかの女に取られるのが嫌なんだよ」

 おいおい関本、おまえもか。

「大事な娘を嫁にでも出す心境か?」

 工藤が顔を背けるようにして煙草の煙を吐く。

「ま、そんなもんかな」

 関本は咥え煙草で器用に笑ってみせた。

「何、勝手な事言ってんだ」

「嗜虐心を擽るって言われるよかマシだろ」

 関本はケラケラと笑ってビールを飲む。

 たぶん飲みすぎだ、こいつ。

「可愛いんだよな、おまえ」

 関本は立ち上がると、僕の前髪をクシャクシャにしてから『トイレ』と宣言して姿を消す。


 なんだろう、僕はそんなに男に好かれるタイプなのか。

 僕の25年の歴史で、同性に告白されるなんて事は一度もなかったし、「一之瀬、男に好かれるだろう」なんて指摘も受けた事はない。

 むろん昨日までは。

 こんなに男にモテモテで良いものだろうか。

 誰にでも人生のうちで、最高にモテ期と言うのがあると聞いた。まさか、これじゃないよな。

 そんな事にただ一度のチャンスを今使っているとしたら悲しい。それも男相手に。

「俺の妬きもちも、まんざら的外れでもないってことか」

 工藤が自嘲するように笑うから、僕は居たたまれなくなる。

 自分で言うのも変だが、関本の場合はどちらかと言うと保護者的感覚じゃないかと思う。それでも、あの発言はメガトン級の爆弾のような威力があった。

 その張本人が涼しい顔でトイレから帰還すると、「一度片付けるか」と洗い物を始める。

 この男は思ったら即行動だから、僕も慌てて鍋や汚れた小鉢を運ぶ。

「おまえらは座ってていいぞ」

 関本は動く事が億劫ではない男だ。

 僕は仕方なくテレビの前に戻って、内容なんて全く分からない画面を斜に見る。工藤はあれから全くしゃべらない。キッチンに関本がいるとは分かっているが、僕らを包む空間は、それは、それは、居心地が悪いものになった。

 どうすんだよ、この空気。

「酔ったのか?」

 なにか話しかけなければならないような気がして、僕は工藤を見る。

「いや」

 僕を見ようともせずに、壁に凭れたまま足を投げ出して腕を組みながら煙草を吸っている。関本の発言を反芻しているんだろうな、きっと。

 この状況はあまり好ましくない。冗談だとは思うが、関本が僕を可愛いと言ったのは事実で、それによって工藤が嫉妬をする。せっかくどこかに落ち着かせようとしたやっかいな感情が、関本の不用意な一言でまた噴出したわけだ。

 工藤は今必死になっている。

 ごめん、僕にはどうにもできない。

適当な言葉も、この場の雰囲気を取り繕う術も浮かばないから、ただひたすらテレビに集中したふりで遣り過ごす。

「一之瀬、酒置いてないのか?」

 台所で関本がごそごそしながら物色をしている。

「ビールしかないよ」

 僕は膝を突いた姿勢で台所に身体を乗り出しながら、関本に声を掛ける。

「ビールは腹いっぱいって感じだな。俺の部屋から取っておきのウイスキーを持ってくるか」

「俺、そんなに飲めないからいいよ」

「アホか、俺が飲みたいんだよ。工藤も飲めるだろ」

 そう言うと関本はバタバタと廊下を走って行く。

 バカ、二人きりにするなよ。

 玄関に消える関本を見つめて、がっくりと肩を落とす。

 その時視界の隅で影が動いた。なんだろうと思った途端、僕は後ろから工藤に抱きしめられていた。

「一之瀬」

 あの囁くような声で僕の名前を呼ぶ。切羽詰ったその声に僕は身体が竦んだ。こんな事があるかもしれないと最初に警戒はしていたが、すっかり気が緩んでいた。

 彼の顔が僕の首筋に埋まる。ゾクリとする感覚。

 一瞬だけ彼の唇が僕に触れたかもしれない。でも錯覚だったかもしれないと感じるぐらいの、微かな感触が僕の首筋をチクチクとさせた。

 関本も戻ってくるし、これ以上の振る舞いを彼がするとは思わなかった。それ位の信頼関係はまだあると信じたい。そんな思いで、廻された腕にそっと触れた。

「関本、帰ってくるぞ」

 意外と冷静な声が出せた。

「そうだな」

 彼もゆっくりと腕を解く。

「気が済んだか」

 僕は顔さえまともに見られず、背を向けたままだった。

「やっぱり男なんだよな」

 苦笑ともとれるような微かな笑いが悲しげに聞こえた。

「分かっただろう、これで。それでもまだ俺に触れたいとか思うのか」

 工藤の気配が真後ろから消える。僕は緊張した身体をゆっくりと解くと、両手をついてそのまま振り返って座り込む。

 工藤はまるで何事もなかったかのように壁に背を凭れた状態でそこにいた。

 火のついたままの煙草を灰皿から取り上げると、深く吸って遠くへ吐きだす。

「まいったな、俺にはこう言うことも普通にできるらしい」

 白い煙越しに僕を見る。

「こんな事はやめてくれ」

 彼は、悲しい眼をした。僕の一言が彼を酷く傷付けたような気がして、胸が詰まる。

「おまえを困らせてるんだろうな。それは分かってるんだ」

 そんな事は百も承知だと言う顔で辛そうに僕を見る。彼は今友達の境界線を易々と越えてきた。僕がその一歩を許してしまったのか。不用意に車に乗って、不用意に家に上げるような状況を作るべきではなかったのかもしれない。

 唯こんな事があっても、僕は工藤と言う友人を失いたくない。それだけは確かだ。

 このまま友人であり続ける事はそんなに難しい事なのか。工藤が越えてきた境界線は、僕にはとても越えられそうにない。


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