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ボーイズラブと言う括りにはしたくなかったのですが、同性に告白されると言うことで言えばそうなるのかな……一応R15指定にはしてみましたがそんな際どい描写はない予定です。
「一之瀬は関本がいないと何もできないのか?」
キッカケは同期のこの一言だった。
普段はあまり感情を表に出さない、どちらかと言うと穏やかな同期が、この時は珍しく苛立った様子で僕にそんな事を言った。
それまでの話の流れを考えても、同期が腹をたてるような事を言った覚えもなかったし、いくら考えなしに思った事を口にする性質の僕だったとしても、あの時何が同期をあれほどまでに刺激したのかも分からなかった。
勿論同期だって人間だから、虫の居所が悪い時もある。三年も付き合っていれば、何度か『こいつ、今怒っているな』と思うような場面にも遭遇している。
だけどこの同期に限っては、相手がそれを嗅ぎ取った途端、実にさりげなくその場の空気を修正する事ができる男だった。
だからあの時の同期の言動には違和感があって、苛立ちを隠そうともしない事や、なんだかそんな自分に戸惑ってさえいる様子が、僕には随分奇異に映った。
関本と工藤。
撲とこの二人は同期の入社で、最初の導入研修のチーム別けの時から一緒で、不思議と気の合う三人だった。何十人といる同期の中で、同じチームから揃って同じ営業部へ配属ともなれば、なんだかそれだけでも運命的な出会いのように感じたものだ。
僕と関本が営業一課で、工藤が営業二課。
課は違っていても同じ営業部でフロアも同じだから、お互いに顔を上げれば視界にその存在を確認できると言う身近さだった。
愚痴を言い合ったり、落ち込んだ時には励ましあったり、それこそ最初のうちは昼も夜も三人で過ごしていた。社会人になって、多分あの頃が一番楽しかった時代だと思う。
三年経った今でも以前ほどではないにしろ、休みの前に三人で飲んで帰る事は頻繁にあるし、今でも困った時はお互いに助け合える仲間だ。特に僕は行き詰まると、必ずこの二人の同期に相談をする。大人になってから自分の弱い部分を曝け出すのは幾分勇気もいるが、この二人は絶妙な距離感と的確なアドバイスで、僕の一番の相談相手になってくれる。社会に出て、こう言う友人を持てたと言う事は、僕にとっては何よりの財産に違いない。
確かに、学生時代にも友人は沢山いた。
小学校時代には小学校時代の友人。中学、高校、大学と。
今でもそのうちの何人かは、たまに会って食事ぐらいはする。ただ、環境が変わるにつれて、以前の友人とは少しずつ疎遠になって行く。
同じ年齢で同じ時代背景を生きて、始めて社会に出て味わう現実の厳しさや苦労を共感できる同世代の友人との出会いは、これが最後の機会になるだろう。だから、尚更この二人の同期をこれからも大切にしたいと思っていた。
まず、この二人について、僕は特に分け隔てをすることなく付き合って来たと思う。どちらかがより気が合うとか、どちらかのこう言うところが嫌いだとかもなかった。ただ、関本との接点が多いのは確かだ。
同じ課で机が隣同士と言うのもあるが、僕らは同じマンションの7階と4階に住んでいる。特に示し合わせたわけでもなく、会社から紹介された不動産会社の物件の一つが、利便性と立地条件と、2Kの新築と言いう又とない好物件で、偶然二人の目が留ったと言うだけだ。
住まいが同じだと、出くわす機会は必然的に多くなる。
朝、マンションのエレベーターで顔を合わせるのは、ほぼ毎日。特に待ち合わせをしているわけではないが、始業時間が同じだから早朝出勤とかフレックスでもない限り、自ずと朝の行動パターンは同じになる。
僕は、朝の情報番組の『今日の占い』を見てから家を出るが、関本は『今日の占い』の前に家を出るらしい。タイミングとしたら、丁度エレベーターで出会う頃合いだ。
会社に着いたら着いたで、机は隣同士。
だから、仕事以外の雑談で盛り上がる事も多い。むしろ、そっちの方が多いかもしれない。それに机を並べているとお互いの仕事の進捗状況も分かってくるから、終わりそうならどちらともなく声を掛けて一緒に帰る。二人ともまだ気儘な独身生活だし、そのまま晩飯を食べるなんて日課のようなものだ。
特に意識してそうしているつもりはないが、いつの間にか関本と過ごす時間が多くなっていた。近頃ではほとんどが関本と二人でいるか、たまにそこに工藤が加わると言うパターンが、定着化していた。
そんな状況だったからこそ、あの時工藤に「今晩、飯でも行かないか」と誘われて、「構わないけど、関本の方はどうかな」と、僕は当然の如く『関本』の名前を口にしていたわけだ。
「関本か」
確か、そう言ったきり工藤は黙り込んだ。
僕はその時会議の資料作成をしていて、そちらに気を取られていたから、その前の会話もほとんど生返事で、『関本か』と言ったきりの工藤の言葉も、軽く聞き流していた。
それにしてもなんだか長い沈黙じゃないかと気付いた僕は、そこでやっと顔を上げて画面越しに工藤を見たような状況だった。
「関本がどうかしたのか?」
不思議そうに尋ねる僕を、まるで待ち構えていたようなタイミングで、工藤はあの一言を放った。
「一之瀬は関本がいないと何もできないのか?」
まさか同期からの思いがけない言葉だった。
そんな事を言われるとは思ってもいなかった僕は、正直なところ呆気に取られた。
「だって、いつも三人だろう」
まるで小学生のような台詞を言って、僕は唇を尖らせた。
普段それほど感情を現さない工藤にしては珍しく、その顔に苛立ちさえ見えるから、僕はますます混乱した。
「俺が誘うと、必ず関本って言うんだな」
少し早口で冷めたもの言いをする。こう言う時の彼は何かに腹を立てている時だ。三年の付き合いで撲もそれ位は分かっている。ただ、彼が腹を立てる理由が分からなかった。
だから、僕は余計に焦ることになる。
何が気に食わないのか?
関本がいたら都合の悪いことでもあるのか?
それならそれで、「一之瀬に折り入って話がある」とか、誘い方ならいくらでもあるはず。
それともそれまでの会話で、僕が彼を怒らせるような態度を取ったり、そう言った発言をしたりしたのだろうか?
確かに、熱心に彼の話に耳を傾けていたわけではなかったけれど、仕事中の雑談なんてそう言うものだと思う。
よっぽど虫の居所でも悪かったのもしれない。
いや、彼に限って理由なく他人に八つ当たりをするなんて尚更考えられない。
彼は僕と違って、遥かに人間ができている。
だとしたら他に思いつく理由はなんだって言うんだ!?
たとえば頼りない僕が身近な存在を良い事に、関本になんでも頼る傾向にあるのが、同じ同期としてはいかがなものかと、常々思っていたりするのかもしれない。
それなら多少なりとも心当たりがある。
居直る訳ではないが、僕の頼りないのは今に始まった事じゃない。三年の付き合いなら、今更それに腹を立てるなんてよっぽど可笑しい。
僕はその時考え出せる理由を、ああでもないこうでもないと、ぐるぐる考えながら工藤の苛立ちの原因を探ろうとしていた。
そんな僕の困った様子に、工藤はふと我に返ったようだった。
「ごめん、牽制されてるのかと思って」
これまた訳の分からない事を言って、余計に僕を混乱に陥れた。
僕が工藤を牽制しなければならない理由がない。
いったい何に対する牽制と言うのだろう。
こいつ、『牽制』って言葉の使用方法を間違ってやしないか?
問い質そうとする僕の前で、工藤は一瞬だけ不安な顔をした。多分、そんな彼を見たのは始めてで、僕はこの状況に戸惑った。
「牽制ってどう言う意味だよ」
そして、僕は素直にそう訪ねていた。
工藤は少し考えた風に僕の顔をじっと見ると、困ったような眼をして撲に言った。
「気にするな」
そう言われて納得できるか?
僕は、大いに気になったし気持ちも悪い。
だが彼はそのまま決まりが悪そうに黙り込むから、僕は僕で勝手にこう推測してみた。
確かに、近頃は工藤と過ごす時間が少なくなっていた。自分が、彼の立場だったらどうだろうか。同じように三人で友情を分かち合っているつもりでも、どちらか一方に比重が傾いたら、どこかに嫉妬のようなものを感じるのは、何となくだけど理解できる。
僕らの付き合いに、『嫉妬』という湿っぽい言葉が適切だとは思わないが、工藤はどこかに少なからず、『疎外感』のようなものを抱いているのかもしれない。
そんな風に考えてみると、なんとなく解決策も見えてくる気がした。それこそ単純な撲は、急に工藤に優しくすればいいんだと思い立ったわけだ。
「関本と一緒じゃなきゃ嫌だって言ってないだろう。別に二人でもいいよ」
これは我ながらまずい言い方だった。その証拠に、工藤から帰ってきた返答は、「無理にとは言ってない」と、冷ややかなものだった。
考えたら、随分傲慢な言い方だったかもしれない。
考えなしに口にするこの性分が恨めしくなった。ましてやこんな時、この場を諌めるほど撲には気の利いた台詞も浮かばないし、結局どうしていいのか分からなかった。
「無理ってなんだよ」
変に意固地になって、ますます状況を悪化させるような事しか言えない。
困った僕は、ふくれ面でパソコンの画面を見つめる。
もちろんそこに答えが書いてあるわけでもないから、マウスを意味なくクルクル廻してみたりする。
工藤はそんな僕の態度があまりに子供っぽく見えたのか、微かに笑った。そのことで、張りつめた空気が穏やかに揺れるのを感じた。
画面から顔を上げて工藤を伺う。そこには見慣れた、いつもの工藤の顔があった。
「ごめん一之瀬、俺の言い方が悪かった。機嫌なおしてくれるか」
結局は工藤からの謝罪を聞くことになる。何時の時でも、彼はさり気なく僕が負担にならないような気配りをみせる。そう言うところに甘えているのだとは思うけど、僕はそれだけでホッとできる。
「一之瀬、何時なら終われそうなんだ」
と、優しく僕を促がした。
薄っすらと笑みを浮かべた工藤の口元を見つめながら、抱えている仕事の算段をする。
「七時ぐらいかな、多分」
「分かった、空けといてくれ」
そのまま工藤は軽く手を上げて席を離れる。残された僕は、なんだかスッキリとしないままその後姿を眼で追っていた。
結局のところ、これは二人で食事に行くってことだろうな。
どうも引っかかる。
何かあるのか?
今思うとあれは第六感とまでは言わなくても、この夜がどこか特別なものになりそうな、そんな予感めいたものが確かに存在していた。
だからって、あんな事が僕を待ちうけていようとは。
絶対、絶対、この時点で想像出来ないって!




