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止まれない悪夢と冷酷なるナビゲーター

窃盗犯のタツヤは、夜の歓楽街の裏路地で、漆黒の高級セダンをまんまと手に入れた。最新鋭のセキュリティを解除し、エンジンをかける。重低音が響き渡り、タツヤの口元が歪んだ。


「最高級のV12エンジン……こいつは高く売れるぜ」


大通りに出てアクセルを踏み込んだ瞬間、車内のスピーカーからノイズが走り、突然、底冷えするような落ち着いた男の声が響いた。


『私の車をずいぶんと気に入ってくれたようだな、泥棒気取りのネズミ君』


「な、なんだ!? 誰だお前!」


『この車のオーナーにして、お前の命を握る者だ。単刀直入に言おう。お前の座っているシートの下には、特殊な爆弾が仕掛けられている』


タツヤの背筋に冷たい汗が伝う。


『映画の『スピード』は観たことがあるか? 今からこの車の速度が時速80キロを下回るか、お前がドアを開けて逃げようとすれば、車ごと木っ端微塵だ』


「ふざけんな! そんなハッタリ……!」


タツヤがブレーキに足をかけた瞬間、ダッシュボードのモニターに「79km/h」という数字と共に、シートの下から「カチッ」という不吉な機械音が鳴った。タツヤは悲鳴を上げて再びアクセルをベタ踏みする。速度計は瞬く間に100キロを超えた。


「狂ってやがる! わ、わかった! 走ればいいんだろ、走れば!」


夜の幹線道路を、漆黒のセダンが猛スピードで駆け抜ける。しかし、最悪の事態がタツヤを待ち受けていた。前方の交差点で大規模な事故が起きており、見渡す限りの大渋滞が発生していたのだ。テールランプの赤い海が、逃げ場のない壁のように立ちはだかる。


「おい! 前が完全に詰まってるぞ! このスピードじゃ絶対に追突する! 止まらせてくれ、頼む!!」


タツヤが半狂乱でスピーカーに叫ぶ。しかし、オーナーの声は一切の感情を交えず、ただ冷酷に、そして威圧的に言い放った。


『何を慌てている? 歩道が広いではないか……行け』


「ほ、歩道!? 頭おかしいのか! 人がいるんだぞ! カフェのテラス席だってある!」


『関係ない、行け』


「う、うおおおおおあっ!!」


タツヤは涙と鼻水を撒き散らしながら、ハンドルを左に急接近させた。高級セダンは縁石に乗り上げ、火花を散らしながら歩道へと突入する。

深夜の歩道を歩いていた人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、街路樹の枝がフロントガラスを激しく叩く。オープンカフェのテーブルや椅子が宙を舞い、看板が紙屑のように跳ね飛ばされていった。


「ひいいいぃぃ! 轢く、轢いてしまうゥゥ!!」


『左に曲がれ。次は一方通行の逆走だ』


「無茶苦茶だあぁぁぁ!! 前からトラックが来るゥゥ!」


『歩道が広いではないか……避けずにそのまま加速しろ』


「ヒィィィィィ!!」


もはやタツヤの精神は崩壊寸前だった。オーナーの有無を言わさぬ絶対的な命令に従い、トラックの横をギリギリですり抜け、公園のフェンスを突き破り、砂場を横切って再び車道へと飛び出す。時速80キロの悪夢の暴走は止まらない。


『よくやった。その調子で次の交差点を右だ』


「た、助けてくれ……! 俺が間違ってた、車は返す! だからもう降ろしてくれええ!!」


泣き叫ぶタツヤに対し、オーナーは静かに、だが満足げに告げた。


『そろそろ目的地だ。目の前の大きなガラス扉が見えるな? あそこへ突っ込め。速度は落とすなよ』


「あそこって……警察署の正面玄関じゃないかァァァァ!!」


タツヤの絶叫と共に、漆黒のセダンは時速80キロを保ったまま、煌々と明かりが点く警察署のロビーへと突進していった。


(ガラスの砕け散る轟音)


……数分後、エアバッグに埋もれ、気絶して白目を剥いているタツヤを警官たちが取り囲んだ。ダッシュボードのモニターには、オーナーからの短いメッセージが表示されていた。


『爆弾は嘘だ。車の修理代は彼に請求してくれたまえ』

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