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勇者狩り ~僕は女神に反逆し、異世界転移した勇者達を狩る~  作者: 羽生ルイ
Case1:エセルニウム-罪深き者よ、汝の名は勇者なり
8/32

#8

 飛び込んだ魔王城の中は不気味なほど静かだった。長く伸びる薄暗い廊下の所々に魔物の死体が転がっているのは、おそらく勇者達が倒した魔王軍の守備隊なのだろう。

 その数はかなり少ないが、もし義勇兵による釣り出しが行われていなければ勇者バーティは足止めを食らって消耗戦を強いられていたことだろう。そういう意味では宰相の立てた作戦は的を射ていたと言える。もしそれが多数の人の命を浪費するものでなければ……だけど。


 ブリンクの効果は既に切れているので僕は魔王城の奥へ向かって駆けだした。どちらへ向かえば良いのかは迷うこともない。なにせマーカーが指し示す方向も、守備隊の死体が転がっている方向も同じ……真正面の奥に見える扉に向かっているからだ。


 しばらく走り、たどり着いた扉の中では既に魔王と勇者パーティの戦闘が始まっていた。斎藤君達のパーティは5名。

 勇者と戦士系の男女が1名ずつ。そして弓を持った女性と老齢の魔法使い。やや物理攻撃偏重の感はあるけど概ねバランスの良いパーティだと言える。

 だけどそのパーティ構成が災いしたのか、障壁らしきものを張っている禍々しい風貌の魔王には有効打を与えられていないようだ。


「ちくしょう、なんて固い障壁なんだ……!」

「矢も全く通らない……こんなの初めてだよ!」

「すまぬ、儂の魔力はもう残り少ない。主らで障壁を打ち破ってくれ」

「タカアキ!ドラグスラッシュだよ!」

「おう、任せろ!」


 どうやら斎藤君はここで切り札を使うらしい。戦士2人が魔王の障壁に攻撃を加え、その隙に斎藤君は手にした剣を大きく振りかぶる。

 ……マナではない、何かの力が彼の剣に集まってゆくのが判る。あれは……きっと僕達の世界のリソースだ。


 魔王の間の入り口から忸怩たる思いで斎藤君の剣を見つめていた僕の思いなど知る由も無く、斎藤君は魔王に向かって剣を振り下ろした。白く光る軌跡が宙を飛び、魔王の障壁を打つ。


「やったか!?」

「まだだ!続けろ、タカアキ!」

「もう3発目(・・・)だぞ!?」

「でも確実に障壁は弱まってるよ!」


 ……女戦士が口にした言葉。そしてそれに斎藤君が応えた言葉。

 そうか、やはりそうなったんだね。


 僕は冷ややかな目で再度剣を振りかぶった斎藤君を見やる。再び……いや、彼等の言葉によれば4度目(・・・)になるドラグスラッシュは、今度こそ魔王の障壁を打ち破り、内部にいた魔王の体を両断する。


 結果を見届けた僕は、黙ってその場を後にした。



 どうやら斎藤君達が魔王を討ったことをマジックアイテムで連絡したのか、僕が魔王城の外に出たときには後方に控えていた騎士団が鬨の声を上げていた。

 ただし彼等の声は敵を呼び寄せるためのものではなく、勝利を知らせるためのものだ。そして異変を察知したのか、それとも魔王が討たれたことを何らの方法で知ったのか……魔物達は散り散りになって逃げていった。


 そんな光景を余所に、僕は義勇兵達のいた陣地に目をやった。土壁はすでに跡形も無く破壊されていて、辺りには魔物の死骸が散乱しているのが見えた。気の進まないまま、陣地に向かう途中、大型の魔物が何体か同士討ちで倒れている姿も目に入った。

 そして……たどり着いた陣地の中は凄惨な光景が広がっていた。内部にも無数の魔物の死骸が転がっており、その中に倒れ伏す義勇兵達の姿。見たところ、百数十名いた義勇兵の6割以上は力尽きているように見えた。

 そして生き残っている者も満身創痍で、生きているのが不思議な状態の者も多い。


 押っ取り刀で駆け付けた救護兵達が手当てを行っているけど、おそらく救える命は少ないだろう。沈痛な面持ちでその様子を見ていた僕は、見慣れた毛皮の服を纏った大柄な男が倒れ伏していることに気が付いた。

 ……ジャクソン。


 木樵としての仕事を失い、生きるために義勇兵として戦いに参加した彼は、結局森へ戻ることは出来なかったのだ。

 その姿を見た僕は、思わずリタの姿を探してしまう。だけど、ジャクソンの近くには女性の遺体は見当たらない。もしかしたら、救護されているのかもしれない。そう思った僕は、生き残り達がいる場所へと足を運んだ。


 ……そこで僕が目にしたのは、地べたに寝かされ、死を待つばかりの状態になったリタの姿だった。

 綺麗な顔立ちだった彼女の頬には魔物の爪後が残されていて、肩から腹部に掛けて深い傷が刻まれている。いくらマスプロテクションを掛けてあったとは言え、厚手の服程度では攻撃を防ぐことは出来なかったのだろう。


「……リタ」

「ユ……ト……無事……だった」

「ああ、僕は無事だ」

「よか……た……」


 どうして彼女は僕の無事を喜ぶんだろう。僕は戦いを放棄し、リタが死の淵に立たされることをあえて見過ごしたというのに。


 僕は贖罪のために勇者狩りになった。でも、僕の贖罪のために、誰かが傷つく事を放置するのは本当に正しいことなのだろうか?

 ……いや、考えるな、如月悠斗。お前がすべきことは自分達の世界を救うこと。全ての人を、そして全ての世界を救うことは女神にすらできない芸当だ。自分が全てを救えたはずなどと思い上がるな。


 僕は自分にそう言い聞かせると、目を閉じたリタに僕が唯一使える治療系の魔法を掛け、そっとその場を離れる。

 再生(リジェネレーション)

 生命力を活性化し、治癒を促進するもので、戦闘中に使用すれば受けた傷を再生しながら戦い続けることが出来るという魔法だ。だがこれは外部から傷に干渉し、強制的に治癒する僧侶系の魔法とは違い、対象の生命力が尽きた状態では効果を発揮しない。


 リタが生き残れるかどうかは、僕にも判らない。けど、それでも……僕は彼女に術を掛けずにはいられなかった。



 その後、空間転移のゲートが再び開き、笑顔で凱旋する勇者パーティとそれを称える騎士団は王都へ凱旋し、先触れによって魔王討伐を知った王都の民から熱烈な歓迎を受けることになった。

 しかし勇者達の後ろにいた、荷車に積まれた重傷者や足を引きずりながら帰還する義勇兵達の姿は……誰にも顧みられることはなかった。


 その日のうちに、勇者の功績を称える催しが翌日に行われるという布告が行われた。随分と手回しが良いことだけど、おそらく宰相はこの作戦が成功することを確信していたのだろう。

 そしてそんな布告を見ながら、僕は誓約を破った斎藤君に対知る最後の審判を……そして本来の任務である勇者狩り(ブレイブハント)を行うことを決心した――。



 魔王を討伐した勇者が何者か(・・・)に暗殺されたことで大混乱に陥った王城から脱出しながら、僕は斎藤君のプロフィールに記されていた分析官のコメントを思い出してた。


「自己愛性が強く場当たり的な性格。虚言を弄し、周囲からの評価は極めて低い。学校生活のみならず家庭内でもしばしば諍いを起こし、そのことが家出の原因と推測される」


 つまり彼は最初から「誓約」を単なるその場しのぎの口約束としてごまかすつもりだったからこそ、躊躇せずに女神に誓い、そして魔王戦でチート技を乱発した。

 そらにはおそらく魔王討伐の後に僕が姿を現さなかったことを良いことに、現実世界への帰還の話は無かったことになったと勝手に思い込み、エセルニウム王国へ残って「勇者」を続けるという判断を行った。

 その判断は僕達の世界に対する裏切りそのものであり、彼は総合学部が重視する「信用」に値しない人間だという事を自ら立証してしまった。


 僕のように、異世界からの帰還者は帰還後もチート能力を保持し続けることになる。そしてその力は現実世界で振るうにはあまりにも大きすぎるものだ。

 そもそもそれ以前に異世界転生の事実は社会に公表してしまうとパニックを引き起こしかねない危険な真実だ。それ故に総合学部は「異世界からの帰還させる人間」を厳密に選別している。力の行使を抑止できる者。そして秘密を守れる者。……つまるところ、「信用」できる者であるかどうか。

 残念ながら斎藤君はこの条件を満たすことが出来なかった。だから僕には彼を殺す以外の選択肢を持たなかったんだ。



 たどり着いた儀式の間には衛兵の姿は無かった。勇者暗殺の知らせはまだ届いていない筈だから、おそらくあの警戒態勢は魔王軍に対してのものだったのだろう。

 無人であることをいいことに、僕は飾り立てられた大きな扉を開き、儀式の間に足を踏み入れる。


 現実世界へ帰還するためには「八尺瓊勾玉」のレプリカを使うことになる。このレプリカはオリジナルのように自在に世界を繋ぐ門を開くことはできないけど、異世界に到着した場所で故郷を強く思うことで一度閉じた世界を渡る門を再び開くことは出来るのだそうだ。

 ストレージから取り出したレプリカの勾玉は翡翠のような材質で造られていて、力を秘めているようには思えない。けど、僕は目を閉じてそれを掲げ……故郷を、そして麗奈の事を想う。


 儀式の間の空気が変わり、張り詰めた気配が立ちこめたことに気付いた僕は目を見開く。果たしてそこには……確かに御門が開いていた。

 僕は御門に向かって帰還の一歩を踏み出そうとしたがが、ふとある事に気付き足を止めた。


 これまでに結構な魔力を使ったけどマナはまだ1割程度残っている。これならまだあの魔法を使えるはずだ。


《魔力は炎の種を生み、生まれた種は時をへて爆炎として花開く。「ディレイバースト(遅延せし爆炎)」》


 再度の異世界召喚を防止するために時間経過で爆発を引き起こすトラップ型の魔法を儀式の間に仕掛け、僕は振り返らずに御門をくぐった。



「おかえり、悠斗」

「ただいま、麗奈。……待っててくれたのかい?」

「うん。そろそろ帰ってくるような気がしたから。無事で良かった」


 御門をくぐり現実世界へ帰還した僕を麗奈が待ってくれていた。彼女は僕の帰還を喜んでくれるけど、僕が1人である事を見て取ってなお、何も口にしないでいてくれる。


 僕が異世界へ召喚される前から、麗奈や榊会長は総合学部の主要メンバーとして勇者狩りのサポートを行っていたそうだから、狩人が1人で帰ってくるケースは何度も目にしているのだと思う。

 実際、僕が聞いた説明によれば異世界召喚された人のうち帰還を選び、そして帰還が許されるのは2割弱だし、転生者に至っては1割未満なのだそうだ。その数字から考えれば対象を連れて戻るほうがレアなのだろう。

 だけど、それでも……だ。


「麗奈。僕は斎藤君を殺すことになった」

「うん」

「僕は……人殺しだ」

「そうだね」

「僕は……僕の贖罪は、間違ってるんだろうか」


 僕の言葉に麗奈は黙って首を横に振る。そして、僕の目を見つめて彼女は言った。


「『己の成したいことを成しなさい』」


 それは僕の行いを肯定する言葉であると同時に、転移の女神が語る破滅への誘いでもある。

 だけどその言葉は……おそらく、今の僕にはもっともお似合いの言葉なのだろう。不思議と、そう思えた。


 かくして僕にとって最初の勇者狩り(ブレイブハント)は終わりを告げた。


 おそらくこれからも僕は贖罪の(世界を守る)ために(同胞殺し)を重ねてゆくのだろう。いつか本物の女神に断罪される、その日まで。

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