#7
そして翌日。僕達義勇兵は日の出前に王宮前の開けた場所に集められた。配られたのは湯気の立つパン粥一杯。周囲の義勇兵達は温かい食事に喜んでいたけど、これが最後の食事だと知ればどう思うのだろうか。そんな事を考えながら、作戦開始の時間を待つ。
すでに数名の魔術師が呪文の詠唱を行っている。異なる世界で魔法を学んだマギである僕には彼等の術式が完全に理解できた訳ではないけど、それでもそれがかなり大規模が儀式魔術である事はわかる。
おそらく魔王城へと続く転移門でも出現させるのだろう。
「あ、ユートいた!」
「おお、逃げたと思ったぞ?」
「リタにジェイク……君たちも逃げなかったんだ?」
「あはは、だって逃げる場所なんて無いし、宮廷魔術師様が守護してくれるっていうし」
「おまけに勇者のドラグ……なんとかって技もあるしな!」
昨夜顔見知りになった踊り子のリタと木樵のジェイクが所在なげに儀式を見ていた僕を見つけたのか、声を掛けてきた。
2人とも明るく振る舞っているが、やはり表情に微かな不安がよぎっているのは判る。……どうして逃げなかったんだ。思わずそんな言葉が口を突きそうになるけど……僕は何も言わず、彼等に微笑むことしか出来なかった。
やがて魔術師達の術式は完成し、どこか「御門」に似た空間転移のゲートが出現した。もっとも黒い光という不吉な外見を持つ御門とは違い、魔術師達が出現させたのは揺らめく白い霧のカーテンのようなものだったけど。
実のところ転移系の魔法は僕自身もいくつか使う事ができる。エセルニウムの魔術師達が使ったものに一番近いものだと「転移門」がそれに該当するけど、この手の魔法は扱いが困難だ。
まず転移先の座標を把握しておく必要があること。もちろんファンタジー世界にGPSなんて存在するわけがないから転移先の認知はXYZ軸の空間座標ではなく、術者が「現地を知っている」と言うレベルの認知だけど。
さらに言えばマナ消費量も大きな問題だ。通常の魔法と違い「転移門」の消費マナは定量じゃない。開くゲートの大きさと転移距離、そしてゲートの持続時間の3要素を積算して消費量が決まる。
今回の目的地である魔王城がどの程度の距離かは知らないけど、相手が軍を送り込んでくる上に貴族達が勝利後に直轄領化すると言っていたということは大陸間移動ほどの距離は無いはずだ。しかし軍隊が通過できるあのサイズ、そして全軍が通過するまで維持し続けるとなると……正直なところ僕1人では行使することが出来ないレベルのマナが必要になるはずだ。
おそらくそれはこの国の魔術師達も同様だからこそ、数人で魔法を維持しているのだろう。なにせ途中でマナ切れになると悲惨な事故が起きることになるだろうからね……。
そんな事を考えながらゲートを見やる。霧の奥の光景はうかがい知ることは出来ないけど、おそらくあの先が義勇兵達の死地、そして「勇者タカアキ」にとっての決戦の地になるのだろう。
最初にゲートを越えるのは少数の王国兵士達。数名がローブを着ているところを見ると、おそらく彼等が義勇兵を守る役目を仰せつかっている「宮廷魔道士」なのだろう。
けど……同じマギとして言わせて貰えれば、一目見て彼等が低位の術者である事がわかる。つまり「宮廷魔術師」とは「宮廷に登録している魔術師」であり、王が側近として抱える大魔道士達とは明らかに違う存在なんだろう。
けど魔法に接する機会の少ない義勇兵達はそんな事に気付くはずもなく、ローブ姿の人々を見て安心した表情を浮かべている。どうやらこのエセルニウム王国の宰相とやらは人心掌握と冷徹な戦術に長けた人物らしい。
「次、義勇兵部隊、前へ!」
ゲート近くに控えていた騎士の声が聞こえる。どうやら地獄への行軍が始まるようだ。
ゲートを通り抜ける際、首の後ろがひりつくような感覚に襲われた。どうやらこの世界の魔力源は僕が魔法を習得したグレイランスのマナとそれなりに近いものなのだろう。
けど周囲の義勇兵達は不安の表情こそ浮かべているものの、誰も違和感を感じた様子はなかった。つまり彼等には魔法の素養がないということだ。
そして霧を抜けた先は……朝日に照らされた、荒れ地にそびえる不気味な黒い城のすぐ近くだった。僕達から見れば城門は真正面ではなく少し右手に位置しているけど、城の側から見れば見れば十分正面と言えるポジションだ。おそらく僕達のいる場所の反対側、右手から勇者パーティは魔王城に侵入するのだろう。
見ると「陣地」の周囲を腰ほどの高さの土壁が取り囲んでいた。これは……僕の知っている魔法で言えば土壁に相当するものだろうか?
地面を盛り上がらせ、土嚢を作る魔法だけど耐久性はお世辞にも高いとは言えないし、そもそも高さも中途半端だ。これを宮廷魔術師の造った防壁と呼ぶのかと思わず呆れてしまう。
「わ、これ何?魔法で造った防壁!?」
「さすが宮廷魔道士様達だな!」
「これなら、少しは安心かな……」
土壁をみた義勇兵達は口々にそんな事を言っている。おそらく彼等は自分が安心したいがためにそう言っているのだろう。そう考えると、僕はもう我慢が出来なくなった。
《魔力よ、我らを守る鎧となれ。「集団防壁」》
小さな声で唱えた魔力を解き放つ。集団防壁はその名の通り、大勢の味方に守護を与え防御力を強化する魔法だ。
これがあれば魔物と戦っても無傷……とまではいかないけど、致命傷を重傷に、重傷を軽傷に留めることはできるだろう。さすがに義勇兵全員に効果を及ぼすことは出来なかったけど、半数以上の義勇兵を効果範囲に含めることは出来たはず。
本来この世界の戦いに僕は関与すべきではないけど、それでも……。無為に人が死ぬことは避けたかったんだ。
高位の防御魔法である集団防壁で僕が消費したのは全魔力の約2割。昨日に使用した魔法と合わせると、既に3割以上の魔力を使った計算にになる。
どうもまだ借り物の魔力で戦う感覚になれていないせいか、マナソースの管理をいまいち掴み切れていない。これは良くない傾向だ。斎藤君が「誓約」を違えなければこのペースでも問題はないけど……。
そんな事を考えている間に昨日斎藤君に付けたマーカーの反応が予想していた場所に現れた。しばらくして彼が配置に付いたことが確認出来たのか、義勇兵達に合図が下された。
鬨の声を上げた効果は予想以上だった。事前に聞いた話では魔王軍は昼夜逆転した生活リズムで暮らしているらしく、陽が昇って間もないこの時間は彼等の寝入り端にあたる時間帯だ。
それ故に大声による威圧効果も高かったようで、騎士の指示で義勇兵達が2度目の声を上げている最中に城門が大きく開かれると内部から怒濤のように魔物があふれ出してきたんだ。
最初に姿を現したのはゴブリンやコボルトの様に見える小さいヒューマノイドタイプ。その後からホブゴブリンやオーガと言った大型の魔物も姿を見せている。 その数はおよそ義勇兵の数倍といったところだろうか。大半は小型の魔物なので、それなりの戦士や冒険者であれば身を守ることはできるかもしれない。けど義勇兵達はただの武器を持った市民に過ぎない……。
魔物達が目指すのはもちろん僕達のいる場所だ。つまり、あの数が押し寄せてくれば……この陣地はひとたまりもなく蹂躙されることになるだろう。
「き、騎士様……あいつら、こっちに……。って騎士様!?どこですか、騎士様!?」
「防壁、魔法の防壁があれば、なんとか……」
「おい、勇者はどうしたんだよ!なんで必殺技を使って魔物を倒してくれないんだよ!」
魔物達のヘイトがこちらに向いていることに気付いた義勇兵達は狼狽えている。だが、彼等の上げた鬨の声は敵のヘイトをこちらに集中させるためのもので、こうなる事は自明の理だった。
そして鬨の声が効果を上げた事を確認した騎士達は混乱する義勇兵達を尻目にさっさと後退してしまっている。
「……シナリオ通り、って事か。胸くその悪い話だ」
僕がそう呟いたのと、斎藤君の反応が移動し始めたのは同時だった。
義勇兵達が魔物達の注意を引き、城門が開いているこの機を逃さず勇者達は魔王城へと侵入するつもりなんだろう。
おそらくあちらには本物の宮廷魔術師が付いているはずだから、加速や透明化を使っているのか、斎藤君達の姿は目視出来ない。けどマーカーは走るよりも遙かに速い速度で魔王城の中へと入っていった。
茫然とした義勇兵達が立ち尽くす陣地に魔物が殺到し始めた。さすがに泣き言を言っていても何も解決しないことを理解したのか、義勇兵達も武器を手に覚悟を決めた表情を見せる。
……だけど、僕は彼等の戦いには加わらない。
勇者の戦いを見届けるために魔王城へと赴くからだ。
《我が身、明滅する光のごとく瞬きの間を渡らん。「瞬きの転移」》
唱えた呪文は約1分間、連続した短距離テレポートを可能にする移動系魔法だ。この魔法は長距離を渡れる「転移門」とは違って一度の転移で数メートルしか進めないという弱点があるけど、消費マナは「転移門」とは比べものにならないほど少ないし、一度唱えれば効果時間中は何度でも自由に転移が可能なので微調整が効く、使い勝手が良い魔法だ。
「瞬きの転移」を使って僕は陣地を迂回する形で魔王城への移動を開始する。この魔法は転移先に十分な空間が無ければ移動が出来ない上に、一度転移を行ったあとは再転移までに1秒のタイムラグが生じる。だから本来であれば「瞬きの転移」の魔法を使って大軍の中をすり抜けることはほぼ不可能だ。
しかし僕はこの魔法に独自のアレンジを加え、視線の通る場所であれば空中でも転移が出来るようにしているし、さらには再転移のタイムラグもほぼ生じないよう改良を加えている。
なので、僕は宙を蹴りながら義勇兵達へ向かって殺到する魔物達の上空を「瞬きの転移」で通過してゆく。わざわざ魔物達の上空を通る理由は1つだ。
《赤は怒り、青は虚ろ、緑は迷い、七色重なり心を惑わせよ!「七色の光」》
「瞬きの転移」を維持し小型の魔物達をスルーしながら「七色の光」の魔法を詠唱した僕は、大型の魔物の直前へ転移した直後に相手を混乱させる七色の光を放つ魔法を行使する。この魔法の影響を受ければ知能の低い魔物であれば混乱の効果で同士討ちさせる事もできるはずだ。
僕の目的が魔物の殲滅や魔王の討伐であれば広域殲滅魔法を使って義勇兵達を助けることも不可能ではない。けど今の僕が優先すべき事は勇者の行動を見極めることだ。
だから少ないマナ消費で少しだけ彼等の戦いを支援するための群衆管理を行い、結果を確認せず僕はそのまま魔王城へと急いた。




