#6
異世界転移者がチート能力を使う際に元いた世界が持つ活力、リソースが使われるという話には続きがある。それはこのチート能力を僕達異世界転移者に与えた「転移の女神」が何者で、どういう意図で異世界転移を行っているのか……と言う話だ。
実際の所、女神の正体については、異世界からの帰還者が多数所属している総合学部でも正確に掴めていない。ただ、それでも全ての帰還者が共通して語った体験談から女神の持つ特性はある程度判明している。
まず異世界へ飛ばされる前に転移対象は「転移の間」とでも呼べる場所へ一度招かれるということ。そして自身が異世界へ召喚されるという説明と、チート能力を与えられるということ。そしてその場所のホストは必ず「女神」であるということ。
ただし女神の外見については帰還者全員が異なる説明を行っている。多くの場合女神は転移者の親しい女性――恋人や妻、家族、もしくは片思いの相手――の姿を取って現れるのだそうだ。
「え?アンタも女神に会ったのか?あの3組の中森さんに似た……」
「いや、中森さんという女の子の事は良くわからないけど……」
転移者である僕がどうして「だそうだ」と伝聞形式で言うかといえば、僕が見た女神の顔は光に覆われていて誰だかわからなかったからだ。
ただ、懐かしいような感じはしたけど……具体的に思いつく女性に心当たりは無かった。なにせ当時はまだ麗奈と付き合っていなかったし、レーナとは出会う前だったからね。
そんな事もあって、「女神」なるものが存在していることはほぼ確実ではあるけど、その正体は不明。ある人は上位存在的なものだと言い、別のある人は本物の神性だと言っているけど、おそらくその正体を知ることは不可能だろうと僕は考えている。
けど一方で女神の目的についてはある程度推測が出来ている。
それは……世界の剪定。そう、選定ではなく、枝を切り落とす方の剪定だ。つまり、女神が行う異世界転移とチート能力の付与は「世界の間てまのエネルギー移動」を目的としているのだと僕達は考えている。
熱力学と言う学問によれば、「世界」と言う閉鎖環境は活動を続けることでエントロピーが増大し、やがて熱的な死を迎えるとされていて、これを僕達は世界の寿命だと捉えている。
そして異世界転移者によるチート能力の行使は、力の余波を異世界へ放出することで元の世界のリソースを異世界へと移す行為に他ならない。
つまり女神は転移者にチート能力を与え、それを積極的に使うよう「己の成したいことを成しなさい」とメッセージを全員に伝えてることで、チート能力によるリソースの移動を促している。
その事が意味するのは……女神は無数に枝分かれした平行世界が同時に熱的な死を迎えないよう、生き残る世界べきと死ぬべき世界を選び、そして死すべき世界に対する「剪定」を行っている。
それが総合学部の導き出した「女神システム」とでも言うべきものの正体だ。
そしてこのシステムには大きな欠陥がある。僕達には観測できない数多の世界はおそらく互いの生存を賭けてリソースの争奪戦を行っていると推測されているけど、僕達の現実世界には……異世界から勇者を召喚する術が存在しないんだ。
太古の時代、シャーマニズムが信仰を集めていた頃。あるいは中世の魔女狩り時代。もしかした、僕達の世界にも異世界から勇者を召喚する術があったのかもしれない。
けど僕達の世界は科学文明という、魔法とは異なるベクトルの文明を選択してしまった。その結果、かつて存在していたかもしれない「魔法」は世界からは失われ、僕達は一方的に勇者を召喚される……つまり搾取されるだけの立場に立たされることになった。
そんな僕達が行える唯一の対抗策は、奪われた勇者の後を追い「狩る」ことだけだ。勇者を連れ帰ることが出来れば良し。もし勇者が帰還を拒むのであれば……
女神システムとは僕達の世界を滅ぼうとする敵。それ故にこれが女神に反逆することだと知った上で、僕達総合学部は自分達の世界に訪れる滅びを少しでも先送りするため――異世界転移者たる「勇者」を殺害してでも、リソースを異世界へと移す「導管」を閉じる道を選んだ。
僕は斎藤君に女神システムのことをかいつまんで説明した。ただし、総合学部は帰還を拒む異世界転移者を殺害するという事は伏せて。理由は1つ。もしこの事をオープンにすれば、それはもう説得ではなく脅迫になってしまうからだ。
一緒に帰らなければ殺す。
そう言われた彼が命惜しさに帰還を選んだとしても、脅された彼は帰還後に総合学部に協力してはくれないだろう。そして、異世界転移の事実を知り、チート能力を持った人間が野放しになれば……確実に現実世界に悪影響が及ぶ。
だからこそ帰還は自分の自由意思で選ばせる必要があるんだ。
「俺がエセルニウム王国を救うと、日本が滅ぶのか?」
「日本だけじゃないよ。地球全体……もしかしたら僕達の宇宙全体が滅ぶかもしれない」
「そんな馬鹿な!確かに威力はチート級だけど、ただの必殺技じゃないか!」
「君はこの世界に来てからそのドラグスラッシュを何回使った?」
「……覚えてねぇよ」
「僕がこの話をしなかったら、これからも必殺技は使ったと思うかい?」
「そりゃ、魔王と戦うには必要だし、魔物を倒すのだって……」
「つまり、君がここに残って戦い続ける限り、僕達の世界は着実に滅びに向かう事になるんだ」
僕の言葉に斎藤君は黙り込んでしまった。それもそうだろう。彼の認識では世界を救う使命を女神に与えられた勇者としてこの1ヶ月近く戦い続けてきた訳だから。急にそれは自分の世界を滅ぼす行為だと指摘されて戸惑うことは理解出来る。
なにせ僕自身がそうだったから。
ただ僕の場合は誰かに指摘された訳でも、止められた訳でもなく、レーナの手によって現実世界へ逃がされた後に榊会長に聞かされた話だったのだけど。
「……なあ、俺はこの世界も救いたい。明日魔王と戦って倒すことだけ、見逃してくれないか?」
「君はこれまでに随分と現実世界を消耗させたようだけど、僕の話を聞いてなお必殺技を使うつもりなのかい?」
「1回……1回だけだ。最後のトドメはどうしてもドラグスラッシュが必要なんだ!」
「もし1発で魔王が倒れなかったら?」
「……そのときは……逃げるよ」
複雑な表情でそういう斎藤君の言葉に、僕は思わず眉をひそめる。1度だけの必殺技使用、か。もし彼がチート技の使用を自制できるのであれば総合学部のエージェント、狩人として世界を滅びから救う活動が出来るかもしれない。
ただ……出発前に確認した、彼の経歴に対して総合学部の分析担当が追記していたある事項が、僕の心の片隅に引っかかっているのも事実だ。
「なら、今の話を信用できるように『誓約』してくれるかい?明日の戦いでは1度しかチート技は使わない、と」
「判った。女神に誓うよ」
「一番誓われたくない相手なんだけど……まぁ、君の言葉を信じるよ」
「……っと、そろそろ戻らないと!明日はアンタも決戦に参加するのか?」
「僕の剣は飾りだからね。参加するとしても見学だよ」
「なら俺の活躍を見ててくれよ!じゃあまた明日!」
そう言うと斎藤君は壮行会の会場へと戻っていった。その背を見送りながら、僕は彼に気付かれないよう、魔法のマーカーを撃ち込んでおくことを忘れなかった。
これがあれば明朝の戦闘時に彼がどこにいるのかを把握する事が出来るし、おそらくそれが必要になるだろうから。
想定外だったけど、どうやら明朝の決戦には僕も立ち会うことになるらしい。となると明日、どのようなタイミングで何が起きるのかを把握しておく必要があるし、もっと差し迫った事柄として寝る場所を確保する必要もある。そう考えた僕は少しだけ思案した後、義勇兵達の所へ戻ることにした。
既に壮行会そのものは終わっていたのか貴族達の姿は無く、周囲の警戒態勢も解除されていたのは僥倖だった。最悪の場合はこの場から立ち去るためにも魔法を使うことになるかと覚悟していたからね。
義勇兵達が飲食していた場所には粗末な天幕がいくつも張られていて、どうやら彼等はここで夜を明かすことになるらしい。
そしてその天幕の前に、鎧を身につけた騎士らしき者が数名、声を張り上げている。義勇兵達が真剣な表情で注目している所を見ると、明日の作戦でも説明しているのだろう。
「……なので、貴君らは指定された陣地にて、合図に合わせて旗を掲げて鬨の声を上げて頂きたい。先ほども説明したように宮廷魔術師が障壁を築くが、もし魔物が襲撃してきた場合は各自で身を守るように。以上だ!」
騎士の作戦指示に義勇兵達は不安を隠せない様子だが、それでも小声で互いに何かを話ながら三々五々天幕へと行った。
「もし魔物が襲撃してきた場合」だって?
いくら相手が魔物だったとしても、百名単位で鬨の声を上げれば間違いなく注意を引くし、知能が低い魔物であれば何も考えずに義勇兵達の所へ殺到してくるだろう。
要するに騎士が説明した作戦は義勇兵達に魔物を押しつけ、その間に勇者が魔王城へと突入するお膳立て。つまり先ほどの指示と、宿で聞いた貴族達の会話からすると……義勇兵は完全に捨て駒の囮にされるようだ。
もちろん義勇兵達も肌感覚では不安に思っているのだろうけど、中世世界に近い文明レベルの異世界では平民が軍事的な知識を持っている可能性は極めて低い。
つまり、彼等は王国の……宰相の採用した作戦が自分達の犠牲によるものだと言う事に気付くことすら出来ないということだ。
「……ご立派な作戦だね」
思わずそう呟いてしまった僕のことを、通りがかった義勇性が不思議そうな顔で見ていた。




