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勇者狩り ~僕は女神に反逆し、異世界転移した勇者達を狩る~  作者: 羽生ルイ
Case1:エセルニウム-罪深き者よ、汝の名は勇者なり
5/32

#5

 斎藤君の姿は当然のごとく壮行会のメイン会場である、先ほど宰相が演説していた演台の近くにあった。西洋風の人々の中で黒髪の日本人の姿は浮いて見えるので、遠目からでもどの人物が斎藤君かはすぐに判った。ただ、問題は……彼の回りには多くの人々が集まっているということだ。

 それも当然だろう。彼こそが本日の主役にしてエセルニウム王国の救世主、勇者なのだから。


 周囲を取り囲む人々は煌びやかな衣装や重厚な鎧を身に纏ってる。ここが王制を敷く国だということから考えれば、十中八九貴族や騎士といった特権階級の人間だろう。

 薄めたワインと堅パンしか支給されない義勇兵達と違い、勇者のテーブルには様々な料理が並んでいることが遠目にも判る。 斎藤君も豪華な服を着た貴族達と杯を酌み交わしてるけど……あれ、ワインじゃないよね?義勇兵達は翌朝早朝に攻撃だと言っていたけど。

 ともあれ、あれは勇者のために特別に用意された「最後の晩餐」なのか、それともエールを飲むことすらままならない困窮した庶民を余所に、この国の支配者達が日常的に貪っている飽食の証なのか……。いや、どちらであったとしても僕に関係の無いことだ。


 僕が今、気にするべきことは、義勇兵という身分を示す青い布ではメイン会場の周辺に近寄ることすら出来ないということ。目の前にいる鎧を身に纏った衛兵らしき男が丁寧に……かつ断固とした態度で僕に告げる。


「ここから先は招待状を持たない方は立ち入ることはできません。義勇兵の方はあちらの会場でお食事をお楽しみください」

「勇者さまにお目通りさせて頂くことはできませんか?」

「立ち入ることは出来ない。そう言っています」

「……わかりました」


 ここで騒ぎを起こしても良い事は一つも無い。一旦退いてどうアプローチするかを考えるべきだろう。


 さて、どうしたものか。少し思案してから、僕は先ほどとは別の衛兵に声を掛けた。


「すみません、トイレはどこか教えて貰えませんか?」

「トイレ?そのへんで適当に済ませればいいだろう?」

「いえ、僕の国ではそれは無作法に当たるとされていまして……」

「その髪色、東方国の人間か?面倒な事だ」

「あちらの会場の方はトイレを使われているのでは?」

「準備用に奥の宿を貸し切っているから、そこを使っていると聞いたが……。招待状を持たない者は入れないぞ?」

「そうですか……ありがとうございます。では街の外へでも行くことにします」

「ご苦労な事だな」


 衛兵はそう言うとさっさと行けというように手を振る。しかしその辺で適当に済ませろとは、ずいぶんと衛生観念の欠けた国だ。

 公衆トイレがあるとまでは思っていなかったけど、宴席故の無礼講なのか。それとも下水施設が整っていないのか……。いや、それでも目的は達することはできた。


 斎藤君は僕と同じく現代日本出身だから、そのあたりで適当に用を足すということに忌避感を抱くはず。となると……先ほどからやたらと杯を傾けていた彼は遠からずトイレに立つはずだ。そしてその場所が限られているのであればそこで待ち伏せすれば二人きりで話が出来る。

 そう考えた僕は一旦壮行会の会場の外に出て、メイン会場の裏手にある宿の近くに身を潜めると魔法の詠唱を行った。


《魔力よ、不可視の外套となりて我が姿を覆い隠せ。「|欺瞞の外套《デセプションクローク」》


 欺瞞の外套(デセプションクローク)はその名の通り僕の姿を他者から見えなくする魔法だ。一見すると便利で非の打ち所のない魔法に見えるけど、実際は2つの大きな問題を抱えている。

 まず1つ目は不可視状態というのは透明になって消えている訳ではなく、呪文の通りマナを纏って周囲の光景に溶け込ませる……現代技術で言えば光学迷彩と同じ原理の術だという点だ。

 つまり、目には見えないけど物音は聞こえるし、入閣の優れた相手なら臭いで場所を特定することも出来る。もちろん熱も遮断できないから暗視(サーマルビジョン)の能力を持つドワーフやエルフと行った亜人種にもほぼ効果がない。

 つまり使いどころが人間の住む街中ぐらいしか思いつかない、主に盗賊や犯罪社御用達の魔法という点が1つ目の問題だ。


 そして2つ目はさらに深刻で、欺瞞の外套(デセプションクローク)は発動している時間に応じてマナを消費するタイプの魔法だということだ。つまり一度行使すればずっと隠れていられる訳ではないし、マナ量に制限のある僕の場合は使いどころを慎重に見極める必要があるということだ。



 けど今回のような喧噪に溢れた人間種族の街中であれば最大限に効果を発揮することが出来る。僕は自らが不可視の外套を纏ったことを確認すると、臨時トイレ代わりになっている宿屋への道を封鎖している衛兵の横をすり抜け、素早く宿の中へと忍び込んだ。


 宿の一階はこの手の施設の定番である酒場になっていたけど、さすがに今日は営業していないようだ。

 しかし作り置きされた料理がいくつか残っているところを見ると、ここから会場――もちろん斎藤君達のいる方――へ料理が提供されているのだろう。


 周囲を見回すと酒場の奥に扉が一つ。中を確認すると想像通りそこはトイレだった。なら、ここを見張っていれば斎藤君と接触できる筈だ。そう考えた僕は店の片隅に乱雑に積み上げられた空の酒樽の陰へと身を隠し、欺瞞の外套(デセプションクローク)の魔法を解除する。

 行きがけの駄賃にテーブルの上に乗っていた肉料理の皿を一つ失敬し、ストレージへ放り込んでおいたのは秘密だ。


「さて、早く来てくれよ……」



 待つことしばし。扉越しに声が聞こえたかと思うと宿の扉が開かれた。だが様子を見るまでも無くそれは斎藤君では無い事は判った。

 耳に付く甲高い声の中年男性と、少ししわがれた壮年らしき男性の声。関係者以外立ち入り禁止の宿に入ってくるということは貴族か騎士か……。鎧の音がしないところを見ると、おそらく貴族だろう。


「しかし何故民兵なぞ……」

「ラングスト卿、彼等は民兵ではなく義勇兵ですぞ」

「似たようなものではないか。誇り高きエセルニウム王国があのような者を使うなど、言語道断」

「いやいや。卿、あれは宰相殿肝いりの一手と聞きますぞ?」

「宰相殿が?はて、何故そのような……」


 どうやら壮年の貴族は義勇兵を使うことに反対しているようだが、理由は人道的なものではなく単に名誉の問題だと考えているようだ。一方で耳障りな声で事情を語る中年男性は訳知り顔で宰相は戦後を見越しているのだと語った

 そこまで話した時点で二人連れはトイレの中へ消え、僕の耳に彼等の会話は聞こえなくなった。おそらく宰相は復興予算を捻出するためにあえて軍や騎士団を動かさないという選択をしたのだと僕は考えた。

 魔王討伐の本命が勇者である事は間違いないことを踏まえれば、おそらくリタ達義勇兵は……陽動のための捨て駒にされるのだろう。


 用を足し終えた二人が帰りに話していたのは魔王領の分割統治の話だった。決戦前だというのに気の早い話だ。

 貴族達にとって義勇兵の犠牲は顧みる必要の無い程度のものでしかなく、彼等の興味は既に戦後にある。もし僕が斎藤君を連れ帰れば、彼等の目論みも水泡に帰すのだと思うと暗い喜びが込み上げてくる。

 もしそうなればリタ達は生き残れるのだろうか?いや、勇者がいなければ国が滅ぶのであれば彼女達が無事であるという保証なんてあるはずがない。つまるところ、リタもジェイクも既に詰んでいる、ということなのだろう。


 そんな事を考えながら陰鬱な思いを抱えていると、再び宿の扉が開いた。今度は足音が一つ。そして鎧を着ている者に特有の金属音が聞こえる。騎士だろうか?そう思って再び樽の隙間から様子をうかがう。


 ……と、そこにいたのは磨き上げられた鎧を身につけた黒髪の青年だった。事前情報で見た斎藤孝明君で間違い無い。一瞬、彼に声を掛けようとした僕は思いとどまった。彼がここへ現れた理由を思い出して。

 説得するにしても、尿意を抱えていてはまともに取り合って貰えないかもしれないからね。なので僕は彼が東レに入った後、樽の陰からトイレから見える場所へと移動した。


 待つことしばし。トイレの扉が開いて斎藤君が姿を現した。


『斎藤孝明君、だね?』

「え?……日本語!?アンタ、なんで日本語を……」

「僕も日本人だからだよ」

「はぁ?もしかしてアンタも召喚されたクチか?」

「少し違うけど、まぁ日本から来たのは間違いないよ」


 うん、掴みはばっちりだ。先輩エージェント達に、対象と接触する際はまず日本語で名前を呼ぶのが一番相手の興味を惹けるという話を聞いていたけど、まさにその経験則は正しかったようだ。


「で、アンタは何者なんだ?どうして俺のことを知ってる?女神にでも聞いたのか?」

「僕の名前は如月悠斗、ユートでいいよ」


 僕の言葉に斎藤君は少し警戒した表情を見せている。それもそうだろう。異世界に召喚され勇者になって、明日は魔王との決戦だというタイミングで同郷の人間が現れたのだから。胡散臭いと思われているのは仕方ないが、どう話を切り出すべきか……。


「まさかと思うけど、俺の手柄を横取りする気じゃないだろうな?」

「……え?」

「だから、魔王討伐の手柄だよ!これまでの俺の攻略努力を横からぽっと出のアンタに横取りされるとかありえないんだけど!」


 どうやら斎藤君が僕を見る目が非友好的に見えたのはそういう事らしい。僕は軽く嘆息してから彼の言葉を否定する。


「違うよ。僕は魔王と戦うつもりはない。むしろ君にも魔王と戦って欲しくないんだ」

「はぁ?このクライマックス直前のタイミングで?やっぱり手柄を横取りする気満々じゃないか」

「僕はね、君を連れ戻しに来たんだ」


 彼の言葉を否定するのではなく、ストレートに用件を切り出す。連れ帰る、という言葉に斎藤君の顔には一瞬怪訝げな表情が浮かぶが、僕の言葉が理解できたのかやがてあからさまに不機嫌そうな表情へと変化する。


「何言ってるんだよ、アンタ。国王は元の世界に戻る方法なんか無いって言ってたぞ?それに俺が今ここで帰ったらエセルニウム王国はどうなるんだよ!」

「帰る方法は僕が提供できる。そして日本に帰れば、この世界の事は全て『おとぎ話の向こう』だ」


 僕の言葉に斎藤君は黙り込んでしまう。帰還するか、それとも留まるかを考えているのだろう。もし彼がここへ留まるという選択をすれば……僕は彼を殺さなければいけない。


「なんだよ、それ!俺は女神からこの世界を救うように言われたんだぞ!?」

「……女神は本当にそう言ったのかい?」

「え……?」

「女神が言ったのは『己の成したいことを成しなさい』じゃなかったかい?」

「え?なんで、それを?」

「僕も女神に会った事があるから」


 そう、そして僕も女神の言葉に従い、自分の意思で「勇者」になることを選んだ。けど、それが間違いだったんだ。



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