#4
ストレージは僕が女神に与えられたチート能力で、異空間に物品をしまうことが出来るという、いわゆる異世界転生者が標準的に与えられる良くあるアイテムボックス系の能力の一つだ。
しかしここで問題になるのが世界を渡る者達は身につけた装備しか持ち運ぶことが出来ないという「世界の常識」だ。その「常識」は当然アイテムボックスにも影響を及ぼし、標準的なアイテムボックスの中身は「世界に紐付け」される。つまり、他の世界に持ち出すことも持ち込むこともできないと言うことだ。
けど僕のストレージは「チート」スキルで、普通のアイテムボックスとは一つ大きな違いがある。そう、僕のストレージに格納したアイテムは僕自身に紐付けされ、世界を越えて持ち運ぶことが出来るんだ。
つまり僕は異世界から物品を自由に持ち出す事が出来るし、必要であれば現代兵器を異世界に持ち込むことも出来る――まぁ、総合学部が支給してくる範囲内で、だけど。
もちろんチートとは言え制限が無いわけではない。代表的な制限は生物を格納できないということだけど……いや、今はそれよりもストレージの中身だ。
「……義勇兵らしい装備と言えばレザーアーマーにショートソード……ってところか」
僕が異世界グレイランスに転移して間もない頃、剣術の訓練を受ける際に使っていた初心者用装備。下手くそな剣技で無理をしたせいで刃こぼれした小ぶりのショートソードと、少しほつれのあるレザーアーマーは記念品として取っておいたものだけど、まさかこれを再び装備する日が来るとは思わなかった。
思えばあの時は僕も勇者になるのだと張り切っていたんだっけ。まさかそれが自分の世界を滅びに導く行いだと知らずに……。
昔の事を思い出し、少し苦々しいな気分になりながら、懐かしい装備に身を包んだ僕は路地裏を後にした。
壮行会が行われているのは遠目で見えた街の中心にある広場のようだった。どうやら既に式典らしきものが始まっているらしく、聞き取りづらい声が聞こえてくる。遠くて姿が見えないところから考えれば、おそらく風魔法か何かで拡声し、士気を高める演説でも行ってるんだろう。
斎藤君は普通の高校生で生徒会役員などもしていないとプリフィールには記載されていた。となるとあれは国王か、宰相か……そういう立場の人間が話しているのだろう。
僕の目的は義勇兵として魔王を倒すことじゃないから、話はどうでもいい。なんとかして壮行会の会場に潜り込んで斎藤君とコンタクトをとらないと。
けど広場へ続く通りは簡易的な柵と衛兵によって封鎖されていた。どうやら先ほどの店主が言っていたように、タダ飯喰らいが紛れ込まないように入場管理が行われているらしい。この分だと本当にパン一つ貰えれば良い方だろうかと思いながら、僕は衛兵に話しかける。
「すみません。勇者様の魔王討伐に義勇兵として参加したいのですが」
「義勇兵……?見たところ、戦士ではないようだが。実戦経験はあるのか?」
「いえ、剣で戦った事はありませんが、訓練なら少しだけ受けたことがあります」
僕の言葉に嘘は無い。魔王と戦った実戦経験なら実際にあるけど、僕はマギだから剣はあくまでも訓練の時しか使っていない。けど、僕の言葉に衛兵は「中古の武具を持ち出してきた素人」だと解釈したようだ。
「今は1人でも戦える者が欲しいが、物資が不足しているから武器や防具の支給はできないし、自分の身は自分で守る必要があるぞ。それに義勇兵は死んでも恩給は出ない」
「あはは……死なないようにがんばります」
「そうか、なら歓迎する。この布を左腕に巻いておいてくれ」
そう言うと衛兵は青い布を差し出した。どうやら義勇兵を識別する為のもの……僕的に言えば、壮行会の会場へ入るための入場チケットになるもののようだ。それにしても義勇兵に武器防具を支給する余裕が無い……?
儀式の間を守っていた衛兵も、今対応してくれた衛兵も、それなりに立派な剣や鎧を身につけているのに。無人の神殿を武装した兵に守らせる余裕があるところを見れば、魔王との戦いは総力戦という訳では無いんだろうか。
そんな事を思いながら壮行会の会場へ入った僕は、エプロンを着けた女性に呼び止められた。
「あの、義勇兵の方ですか?」
「はい。そうです」
「もうすぐ乾杯が始まりますので、こちらをどうぞ。宰相様の音頭まで飲まないでくださいね」
「ご丁寧に、どうも」
給仕らしい女性から受け取った木製のジョッキの中には半分ほど液体が入っている。微かに香るのは……ワインの香りだろうか。
辺りを美馬渡すと数十人の男女が僕と同じようにジョッキを手にしている。皆、僕と似たような格好か……あるいは僕より軽装なところを見ると、会場の後方にいる彼等も義勇兵なのだろう。
何時までも入口の近くで突っ立っていると目立ってしまう。葉を隠すなら森の中と言うし、僕も彼等に紛れ込むとしよう。
「――では、勇者タカアキ様の健闘と魔王討伐を祈念し乾杯を執り行う。エセルニウム王国に栄光あれ!」
「「「エセルニウム王国に栄光あれ!」」」
僕が義勇兵達の中に混じったタイミングで宰相とやらから乾杯の音頭が発声された。いや、普通そこは勇者の勝利を、と発声するところだろうに。どうやら宰相にとっては勇者よりも王国の方が大事なのだろうとかと考えながら、僕も手近な義勇兵とジョッキを打ち合わせる。
口に含んだ液体は少し温くなった薄いワインだった。
「かー、うめぇ!これがワインか!」
「エールと違って上品な味ですね。上品すぎて酔えそうにないですが」
「魔王に勝ったらまた飲ませて貰えるのかな。でもオイラはエールの方がいいな」
義勇兵達が口々に話している言葉を聞くとはなしに聞きながら、僕はこの王国の情勢がどうなっているのか思案した。
おそらくこういう場合、若い男性が言っていた言葉の通り庶民に供される飲み物はエールが定番なのだろう。だけどこういう醸造技術が未成熟な世界で飲まれているエールは日持ちのしないものだし、穀物を主原料とする嗜好品である以上、真っ先に生産が中止される類いの物だ。
だからと言って壮行会に酒を出さない訳にもいかないとなれば……おそらく魔王の侵攻前に仕込みが行われていたワインを酒だと思えるぎりぎりのところまで湯で薄めたものを乾杯用に供しているのだろう。つまり、魔王軍の侵攻は少なくとも庶民の生活に影を落としていることは間違い無いようだ。
……そこまで考えた後、思わず苦笑いをしてしまった。僕はこの王国とは関わり合いにならない人間だ。勇者である斎藤君を連れ戻すことが出来れば……この王国が、そして世界が滅びても、僕には無関係なんだ。
けど、それでも……。
「お兄さんも布巻いてるってことは義勇兵?その髪色、東方国の人でしょ?」
「ええ、東方の国から来た者です」
「ね、名前は?アタシ、リタっていうんだけど」
「ユートと呼んでください」
近くにいた若い女性がフレンドリーに声を掛けてきた。彼女もまた腕に青い布を巻いているけど……服装はただの厚手の服で、腰にはペティナイフに毛の生えたような小刀を差している。まさかこんな軽装で魔王軍との戦いに……?
話を聞くと、どうやらリタは酒場で踊り子だったそうだが、エールの供給が途絶えて酒場も閉鎖になり、仕事を失ったらしい。剣舞を少し囓ったことがあるとかで、食べる物が貰えるならと義勇兵になったのだと言う。
「そんな理由で……?危険なのでは?」
「どこにいても危険なのは同じだからね。それに勇者様の近くならむしろ安全なんじゃないかって」
「そいつはちげぇねぇ!」
そう言って口を挟んできたのは毛皮の服を身につけ、斧を背負った大男だ。ジェイクと名乗った男は先ほど木樵だと言っていたけど、やはり彼も魔王軍の侵攻で森へ入れなくなったと言っていた。
つまりリタも、ジェイクも魔王軍のせいで生活が立ちゆかず、事態を打開するために勇者に一縷の望みを掛けて義勇兵になったということなんだろう。
「そう言えば勇者様の必殺技……なんだっけか?ドラグなんとかって言ったよな」
「ドラグスラッシュでしょ?酒場で吟遊詩人が歌ってるの聞いたことあるよ。なんでも山をも砕く必殺技だって」
僕が考え事をしている間にリタとジェイクが気になることを話している。どうやらそのドラグスラッシュとやらが斎藤君のチート能力なんだろうか?けどいくらチート能力でも山を砕くというのは……いや、チートならありうるだろうか?
最悪の場合、僕は斎藤君の一戦交える可能性もある以上、彼の能力について把握しておく必要があるだろう。
「そのドラグスラッシュと言う技は本当に山も砕けるんですか?」
「まぁ吟遊詩人の言う事だからね。話半分ってトコじゃない?」
「けどドラン砦の戦いで勇者様が使った技だろ?砦が半壊してるのを見たぜ?」
……まぁ山を砕く威力を半分にしたら、砦を半壊させる威力というとろだろうか。でも十分に強力なチート能力である事は間違いないだろう。
丁度勇者の能力についての話題が出たことだし、僕はついでとばかりにこの世界で使われる魔法についても話を振ってみることにした。
その結果わかったことは……一般人である義勇兵達には魔法を使うことはできず、魔法は特定の才能ある者にしか扱えないこと。伝聞レベルではあるけど攻撃魔法や転移魔法等はそれなりに高度なものが使われているということ。何より、明朝に予定されている魔王城への攻撃は転移魔法による奇襲攻撃だと言う事も判った。
そして僕にとって一番重要な話題は……そう、治癒魔法や復活魔法の存在について、だ。
「復活ぅ?そんな便利なもんがあるなら王子様が戦死された時に王様が使ってるよ」
「だよなぁ。騎士団も結構な犠牲がでて補充できてねぇって言う話だぜ?、
「では治癒魔法も?」
「王宮には怪我の治りを早くできる魔術師がいるっていう噂は聞いたことあるけど、アタシたちには使って貰えないよ。だからユート、怪我しないようにしないと」
「ああ、そうだね。気を付けるよ」
リタの言葉にそう答えながら、僕はこの世界での死は絶対的な物であることを心に刻み込んだ。
僕はリタ達に話を聞かせて貰った礼と、明朝の健闘を祈ると告げてその場を離れた。少し他人行儀な言葉にリタは首をかしげていたけど……僕は明日の戦闘に参加する訳ではないからね。
この後斎藤君に接触し、彼を日本へ連れ戻すことが僕の任務であり、もしそうなれば……間違いなく明朝の魔王上への奇襲は中止になるだろう。
そしておそらく勇者を失ったエセルニウム王国は敗北し、魔族への隷属を迫られるか、あるいは滅亡することになるだろう。けど、それは僕達には関わりの無い異世界の話だ。
「勇者」ではない僕がすべきことは異世界を救うことじゃない。僕自身が招いてしまった、僕達の世界が滅びに近づいてしまうような愚行をこれ以上誰かに行わせないこと。
そのためになら異世界を見捨てることも、「勇者」を殺すことも躊躇しない。……それが僕の、世界に対する贖罪なのだから。




