#22
ともあれ僕達は往復1ヶ月の旅を終えて無事に王都へと帰り着くことが出来た。結局マナの消費は予想以上で、志織の錬金アイテムを借り、可能な限り宿に泊まっても「自分用の1発」分を残すのが精一杯だった。
……僕は何時いかなる時でも最後の1発分だけはマナを残すと決めている。その1発が無かったせいで、取り返しの付かない事態を招きかねない状況に陥ったことがあるからだ。
まぁ今回のように1ヶ月も旅をして、毎夜マナを消費するような事態に陥ることはもう二度とない……と信じたいけどね。
「じゃあ私は早速薬を作りますので、ユートさんは外で子供達と遊んであげてください」
「うん」
「あ、その前に。フラスコがどこにあるか教えて貰えますか?あと、点火用のマッチの場所も」
「……志織?」
「……ごめんなさい。1人では作業できそうにないです……」
まぁそれもそうだろう。錬金術は複数の素材を加工し調合する複雑な作業だ。いくらスキルを習得しているとは言え、盲目の志織が1人でこなせる作業ではないことは最初から判っていた。
けど僕も錬金術に関しては素人だから、とても役に立てそうにない。
「悪いけど、僕じゃあまり力になれなさそうだ。『助っ人』を用意するよ」
「えっと……薬師か誰かですか?その、他の人を参加させるのほレシピ的にちょっと」
「志織は少し休んでおいて、僕に任せてよ。たぶん上手くいく……と思うから」
そう言い残して僕は孤児院のバラックを後にする。行くべき場所は2箇所だ。
まず向かったのは王立工房。マフームドさんに頼んでいた魔導具ができあがっている頃だから、その受け取りだ。
相変わらず門を守っている衛兵に、マフームドさんの名前を出してオーダーしていた魔導具の受け取りだと告げる。待つことしばし、マフームドさんではなく、小箱を持ったハッサンさんが現れた。
「申し訳ありません、ユート殿。工房長はユート殿に譲って頂いたミスリルの研究に寝食を忘れておられて……」
「あはは……。それで、注文していたものは?」
「はい、こちらに。お望み通りの仕様で仕上がりましたが、ただこれをどうされるのですか?王立工房としては拷問に使われる道具の作成は禁じられているのですが……」
「いえいえ、そういう使い方をするものではありませんから」
不安げな様子でそういうハッサンさん。そうか、彼等の感覚では僕の発注した魔導具は拷問用具の一種に思えるのか……。価値観の違いに苦笑しながら、僕はマフームドさんに健康管理は大切にするよう言付けてその場を後にした。
ハッサンさんは魔導具の使い方を書いたメモを箱の中に入れてくれているそうだけど、この魔導具が作動するかどうかの確認はここではできない。現実世界に帰ってからゆっくりとメモを読めばいいだろう。
次に僕が立ち寄ったのはアミナさんの実家である魔導具店だ。ショーウィンドウを覗くと……1ヶ月前と同じようにそこには「目が良く見える眼鏡」が店ざらしのまま置かれていた。
少し変化があるとすれば、付けられた値札の値段が2割引になっているというところぐらいだろうか。まぁ、需要がないから値引いたとしても誰も買わないだろうけどね。……僕のような物好きを別にすれば。
「すみません、この魔導具が欲しいのですが」
「はい、いらっしゃい。……あんた、どこかで会った事あるか?」
「1ヶ月ぐらい前に一度品物を見せて貰ったことがありますね」
「そうだったか?で、そいつを……?何に使うか判ってるのか?」
「目が見えない人でも『目が良く見える』眼鏡、ですよね?」
「ああ、そうだ。まぁウチとしたら買ってくれるなら何でもいいんだけどな」
僕は旅の間、もしこれが本当に効果のあるアイテムなら志織の手助けになるのではないかと考えていた。なので、手持ちの銀貨をはたいて瓶底眼鏡にしか見えないその魔導具を購入することにしたんだ。
オーダーメイドしたにもかかわらず肝心の娘さんに拒絶され、不良在庫になっていた眼鏡が売れると聞いて店主は喜んだけど、さて志織もこれを喜んでくれるだろうか。
「ユートさん!遅いです!待ちくたびれました!」
「ごめんごめん」
「で、助っ人って誰ですか?足音も声もしませんけど……」
「人じゃないんだけど……志織、少し目を閉じてくれる?」
「え?ええ、まぁ目を開いてても閉じてても変わりませんけど……。あ、判りましたよ!」
「なにが?」
「ユートさん、私にキスするつもりですね?で、目を閉じてないと雰囲気が出ないってことですよね?」
「そう思いたいならそうでもいいけどね。まぁ目を閉じることに意味があるかどうか、僕にも判らないんだけど……」
「……?」
僕の言葉になんだかんだ言いながらも志織は小首をかしげつつ目を閉じる。僕はそんな彼女の顔にそっと「目が良く見える眼鏡」をあてがった。
本来の使用者であるアミナさんには会った事がないけど、どうやら顔所は志織よりも少し顔が大きい……いや、志織が小顔なのだろう。やや大きめの眼鏡は思ったよりもスムーズに志織の顔へと収まった。そして……。
「きゃっ!?な、なんですか……これ……え?ユートさん?なんで?」
「僕の顔が判るかい?」
「……はい。記憶の中にある顔よりモブ顔ですけど」
「おかしいな、それは魔導具の不良かもしれないね」
「……冗談です。とってもイケメンに見えます!」
僕的にはイケメンに見えるほうが不具合を疑いたくなる所だけど……少なくとも僕の顔が認識出来る程度には見えているようだ。さすが王立工房、原理的に無理矢理な構造だと卑下していたにもかかわらず、ちゃんと効果を発揮しているとは。
「……でもなんですか、これ?ユートさんが悪魔の力を使ったんですか?」
「いやいや。これは王立工房で作られた『目が良く見える眼鏡』ってやつだよ。本来の持ち主には合わなかったらしいけど……どう?頭が痛くなったりしない?」
「そうですね……VRゴーグル使ってる時みたいなちょっとクラクラする感覚がありますけど、でも慣れると思います」
やっぱりそうか。僕は目が良く見える眼鏡が適合しない理由を3D酔いのような感覚じゃないかと推測していた。ここアケトアテンは魔導技術が発達しているとは言えスマホやパソコンの類いは存在しないし、VRやARのような技術も存在していない。
つまりアミナさんは3DやVRのような映像刺激になれていないということだ。
一方で現代日本出身の志織はスマホだって使っていただろうし、さっきの発言を聞く限りではVRゴーグルの使用経験もあるようだ。と、なれば多少違和感は感じても「見える」と言う事実に比べればその不快感は無視できる程度の軽微なものになるという訳だ。
「それがあればエリクサー作成できそう?」
「はい!ユートさん、ありがとうございます。これでシスターを助けられます!」
三度目が見えるようになったことよりも、シスターのために薬を作れることを喜ぶ、か。
既に悪魔の力によって一度視力を取り戻した経験があるせいか、志織の反応は僕が思っていたほど劇的なものではなかったのは少し残念だ。けど、それでも僕は志織が本当に心優しい子であることを知り、彼女を信じるという自分の決断が間違っていなかったことを確信した。
そして……失敗作と言われたこの眼鏡が十分機能するのであれば、おそらく本命も――。
その後、志織は手元にピントが合いにくいと文句を言いながらもなんとかエリクサーを独力で完成させた。
作業が終わった後、初めて鏡を見た志織は自分が掛けている眼鏡がまるで漫画のキャラクターのような瓶底眼鏡であることに爆笑していたけど……まぁ、外見よりも機能が重要だし、鏡を見て笑えるってことは視力があるということだし。たぶんそれは幸せな笑いだったんだと思う。
志織は完成したエリクサーをその日のうちにシスターに飲ませた。
しかし外傷のような目に見て判るものとは違い、脱力病……つまり筋ジストロフィーの治療が成功したかどうかは外から見ていても判らない。
「……エリクサーの効果はありそう?」
「ええ、これでシスターの脱力病は進行が止まっていると思います」
『さすがに一発回復という訳にはいかないようだけど』
「大丈夫です。エリクサーは間違いなく効果が出ています。トートはこれまで嘘をついたことがありませんから」
僕達が素材収集に出かけていた1ヶ月の間で完全に寝たきりになってしまっていたシスターの眼前で薬効を疑うような発言を行うのはどうかと思い、僕は日本語に切り替えて志織に疑問を投げかけた。
けど僕の言葉に対して志織はアケトアテンの言葉で……つまりシスターにも判るように、そう答えた。
僕としては、悪魔というものは決定的な瞬間に裏切りを仕掛けてくる、決して信用できない存在だと思っていたのだけど、志織にとってはそうではないらしい。トートを信じられる理由を問うと、志織は言った。
「だって、トートの言った場所にちゃんとナーシャの花があったじゃないですか」
「まぁ、それはそうか……」
旅の目的が見つからず現地で彷徨うはめになることと、目的のモノは見つかったけど効果が無かったということ、どちらの方が狡猾な裏切りなのかと言われると後者のような気はしないでもないけど……。
まぁ僕にとってシスター・レイアは行きずりの人物でしかない。エリクサーに効果があろうがなかろうが、志織が納得してこの世界を離れることが出来ればそれで十分だ。
なにせ一度離れてしまえばおそらく二度とこの世界に戻ることは出来ないだろうし、時流係数35.1というこのアケトアテンでは35倍の速さで時間が流れることになる。仮に再びアケトアテンへ戻ってくることが出来たとしても、その頃にはこの世界では既に何十年、何百年という時間が経過しているだろうから、薬が効いたかどうかなんて些事でしかないのだから。




