#21
僕は村人達が外に出ていないことを確認すると、野盗の言葉を無視して呪文を詠唱する。
《赤は怒り、青は虚ろ、緑は迷い、七色重なり心を惑わせよ!「七色の光」》
僕が放った力ある言葉に呼応して、暗闇を切り裂き虹色の輝きが辺りを照らす。赤、青、緑の三原色を基調にめまぐるしく移り変わる光の奔流は「七色の光」の名に相応しい、幻惑的な輝きで夜を満たしてゆく。
「ぎゃあ!?」
「なんだ、これ……なんだよ!」
「くそ、この!死ね!死ね!」
状態異常を引き起こす七色の光を直視した野盗達は混乱状態になり、そして手近にいた仲間同士で同士討ちを始めた。
「ユートさん?今、何かしました?プリズミックレイ……って言うのは聞き取れたんですけど」
「ああ、ちょっとした魔法をね。それで志織、フラグは持ってる?」
「はい。アイテムボックスから出しておいたやつですよね?」
「それ貰えるかな?」
「……えっと、はい。防音、しておきますね」
馬に対する防音を行うということは、おそらく志織は僕が何をするつもりか理解していると思う。けど特に何かを質問するでもなく、意見するでも無く僕にフラグを手渡してくれた。
僕が見守っている間にも野盗達の同士討ちは続き、既に半数以上の野盗が地に倒れ伏している。残っている連中も手傷を負ってヘロヘロだけど、それでも混乱したまま戦い続けている。
……そろそろ頃合いだろうか。
「悪いけど僕が君たちにくれてやれるのはこれだけだ。お気に召すといいんだけど」
そう言って僕が投げ込んだフラグは、生き残った野盗達の中央に落ちた。「七色の光」で混乱し、同士討ちをしている最中の奴らには飛んできたものを認識することも、回避することもできはしない。
そして、……集団の中央でフラグは炸裂した。
爆音のあと、それまでの喧噪が嘘のように辺りは静まりかえった。聞こえるものと言えばかろうじて息のある野盗のうめき声ぐらいのものだ。
ただ、しばらくするとその声も聞こえなくなり、辺りは完全な静寂に包まれた。
「……終わったんですか?」
「ああ、終わったよ」
「そうなんですね。一応、どうなったか聞いてもいいですか?」
「皆殺しにした。志織、僕はこうやって躊躇無く人を殺すことが出来るロクデナシだ。僕みたいな男を好きだと言うのは止めた方がいい」
「……でも、理由がわかりますから」
少し突き放すようにそう言った僕の言葉に、志織はそう答えた。理由……?ああ、そうか。
野盗達は村の人々を脅かしていた。異世界の価値観でいけばこう言った連中が討伐されるのは自業自得の結果……ということか。そう納得した僕は志織に自分の考えを告げる。
「連中の自業自得ってこと?」
「いえ。違います。殺された側じゃなくて、ユートさんの理由です。そうせざるを得ないから、ですよね?」
「……理由があっても、人殺しには変わりないさ」
「私、それでもユートさんのことが好きですから」
そう言い切る志織の言葉に僕は思わず動揺した。
僕は志織に総合学部という組織の存在と異世界へ転移した人々を連れ戻すという表向きの役割についてはすでに話してはいた。
けど総合学部が行う「勇者狩り」が場合によっては――というよりもむしろ高い確率で――異世界転移者を殺す羽目になることは話していない。もちろん、僕が何度も志織を殺すことを考えたことだって当然伝えてはいない。
だというのに、先ほどの志織の言葉は……まるで僕が彼女を殺す可能性があった事を知っているかのようにも聞こえたから。
「君は未だ若いし、それにとても素敵な女の子だ。将来があるんだから、もっと良い男に恋するべきだよ」
「無理ですよ、そんなの。私、もうユートさんに恋してますから。一目惚れです」
「僕みたいなモブのどこがいいんだか……」
「ほんと、どうして一目惚れしたんでしょうね、私」
冗談めかしてそう応じてはみたけど、僕は志織の言葉に戸惑いを禁じ得なかった……。
その後、騒動と爆音の後に訪れた静寂に、恐る恐る村人達が立てこもっていた住居から姿を現した。彼等が見たのは馬小屋の近くに倒れる21名分の死体。自分達で殺し合い、錬金フラググレネードで爆殺された野盗達のなれの果てだ。
光杖に照らしだされた凄惨な光景にぎょっとした表情を見せる村長に、僕は平静を装って告げた。
「すみません、うるさくしてしまって。後、王都への伝令依頼はキャンセルということでいいですか?」
「あ……ああ。……だが、これは一体……」
「言ってませんでしたっけ?彼女はハンターですけど、『勇者』とも呼ばれてるんですよ」
「ちょっ、ユートさん!?これ、主にユートさんの仕業ですよね?」
「仕上げは志織のフラグじゃないか」
あえて軽く言っているのは別に人殺しを悔いている訳ではなく、村人に余計な感謝や歓待をされるのを防ぐ為だ。
僕達はただの通りすがり。自分達に降りかかる火の粉を払っただけで、この村を助けるつもりなんて最初からもちあわせていなかったのだから。
その後、村長に聞いた所によると野盗達は僕が見立てたとおり隣国から送り込まれた軍隊の残党らしい事がわかった。
なんでも賢者の石の秘密、あるいは賢者の石そのものを奪おうとしていたらしいけど、結果的にアケトアテンの騎士団に阻止され、敗走して逃げ延びたこの辺境で野盗の真似事をして再起を図ろうとしていたらしい。
つまり村人達が騎士団の派遣を要請しようとしていたのは正解だった訳だ。
「なら敵国の間者を撃退したということで、村に報奨が与えられるかもしれませんね」
「いや、これはユート殿が倒してくださったものだろう」
「僕達はそういうことに関わり合いになりたくないので、後の事はお任せします。先ほどご提示頂いた報酬についても、この件を村で処理して頂く迷惑料と相殺でかまいません。いいよね?」
「はい。ユートさんのおっしゃる通りに。……ね、今の感じ、良妻賢母っぽくなかったですか?」
「いや、妻でも母でもないだろ……」
先ほど戦闘の直後に感じた志織への違和感はいつの間にか消えていて、これまでの2週間に積み重ねてきた僕達の関係――もちろんやましくは無い関係だ――に戻っている気がする。
となると、やはり先ほどの違和感は、見えないとは言え目の前で人が多数死んだ事による一時的な影響だったのだろう。僕はそう思う事にした。
目的の素材を手に入れた僕達は、翌朝早朝に山麓の村を発ち王都を目指すことにした。
帰路ももちろん色々なことがあった。
再び通りかかった温泉宿で無理矢理志織と混浴させられたり、隙を見てキスしてこようとする志織から逃げ回ったり。
森を迂回し危険を避けたはずの街道で魔物の襲撃を受けたキャラバンに遭遇し、「志織パワー」で解決したり。
良くもまぁこれだけイベント目白押しになるものだと呆れるほど波瀾万丈の旅だった。
「ねぇ志織?アケトアテンの旅っていつもこんなにイベント盛りだくさんなのかい?」
「まさか!毎回魔物に襲撃されてたら誰も旅なんてできませんよ」
「……だよなぁ」
「まぁここの人達にとっては現実の世界ですけど、私にとっては夢の世界だから。そういうものだと思ってますけどね」
「別に異世界だからって波瀾万丈である必要はないと思うけどね。スローライフを楽しむ異世界生活だってあるそうだし」
「王都にいたときは私も割とスローライフっぽかったですよ?最初は大変でしたけど」
そう言うと志織はアケトアテンに到着してすぐの頃にあった出来事について話してくれた。そう言えば出会った日に少しそういう話題が出た記憶があるけど、結局詳しくは聞いてなかったんだっけ。
「……で、気付いたら異臭が凄くて。悪魔がどうとかって言われたから、地獄へ堕ちたのかって思ったんです」
「アケトアテン国の召喚場所って王立工房だからね……」
「え、あれって王立工房だったんですか!?」
「そうだよ。……って、そのときはまだ目が見えなかったんだっけ」
「はい。だから匂いから逃げようと思って手探りで外へでて、しばらく訳もわからずに歩いているうちに気分が悪くなっちゃって……」
僕が想像した通り、志織がアケトアテンに召喚されたのはやはり夜間の王立工房だったらしく、人気の無い工房から手探りで彼女は街へとさまよい出たそうだ。そして悪臭にえずいていた時に、声を掛けてくれたのがシスター・レイアだったのだそうだ。
「地獄に仏っていう言葉があるじゃないですか。システーはまるで仏様みたいに思えましたよ」
「いや、異教の聖職者に仏様は失礼なんじゃないかな?」
まぁそんな経緯があって志織は教会の孤児院に身を寄せることになり、そしてシスターが身近いるなら……と言う安心感と、孤児院の危機――主に金銭的な――を救うため、自らのチート能力である「悪魔召喚」を行う決心をしたのだそうだ。
その話を聞いて僕は志織がシスターに対して深い恩義を感じて売ること、そしてこの世界を去る前に恩返しをしたいと強く願っていることを改めて理解した。シスターが健康を取り戻すことこそが志織が現実世界に帰るために必須の条件なのだ、と。




