#20
山を下り、村へ戻ったのは夕方になった頃だった。既に陽が落ち始めていて、今から村を出発するのはさすがに好ましくない。なので僕達はこの村で一晩を過ごし、明朝に出発することに決めた。
けどこんな小さな辺境の村に宿のような気の利いた施設があるわけもないから、村の片隅に場所を借りてそこで野営でもしようと思ったのだけど……。
魔導コンロを取り出して野営の準備をしていると、年かさの村人が僕達に近づいてきた。村の中で野営するなと文句を言われるのかと思ったけど、村人の表情は怒りや不信というより苦悩の色を帯びている。ああ、このパターンは覚えがある。
「お主らは旅のハンターだと聞いたが、間違いないか?」
「ええ。ハンターなのは彼女だけですけど」
「……主らに依頼したいことがあるのだが」
村の代表だと名乗った男性は僕が視線で指し示した志織が盲目である事に気付いたのか、一瞬言いよどんだけど……それでも僕達に依頼したいことがあると言った。うん、このパターンはかつて経験した「困った村人の依頼」っていうやつだ。
正直、僕はこの依頼を受けるつもりは全く無い。なにせ僕達がここへ留まる理由はもう何もないのだから。なので依頼を受けないのであれば出て行けと言われれば、夜間行軍にはなるけど甘んじて退去を受け入れるつもりで、僕は村長に話を促す。
けど村長が口にした依頼は僕の想像とは少し違うものだった。
「……王都への伝令、ですか?」
「そうだ。この村は今、野盗に狙われている。村の者だけでは守り切れんので、王都へこの事を伝えて騎士団を派遣して貰えるよう頼んでもらいたい」
「王都ってここから片道2週間は掛かりますよね?そんな悠長なことを言ってていいんですか?」
小首をかしげた志織がそう問う。けどそれは立ててはいけないフラグだ。なにせそう言ってしまうと、ならお主らに助けて欲しい……と言われるのがお決まりのパターンだからだ。けど、村長の返事は違った。
「間に合わんかもしれんが、それ以外に方法は無いのでな……」
「てっきり僕達に野盗を退治しろと言われるのだとばかり思ってましたが」
「主らはハンターだろう?騎士でもない人間が二十人以上いる野盗の一味に刃向かって何になる。それに……そちらの娘さんは目が見えぬ様子」
「なるほど、判りました。では嘆願書なり手紙なりを書いて頂いて、僕達が王都へ戻った時にしかるべき所へ届ける……と言う話ならお受けしますよ」
「すまぬ。できれば急いで欲しいが……」
「さすがに今すぐ出発しろとは言いませんよね?」
「それは、もちろんだ」
そう言うと村長は嘆願書を書くといって戻っていった。僕は黙って話を聞いていた志織に声を掛ける。
「……勝手に引き受けたけど、良かったかな?」
「いいですよ。どうせついでですし、配達はハンターの仕事ですから。手紙はハンター協会へ届ければ任務完了です」
「ここへ留まって野盗と戦え、とは言わないんだ?」
「うーん。私、今これですから」
そう言うと志織は自分の目を指さしてみせた。確かに盲目の彼女がいる状況で戦闘になるのは好ましくない、か。しかし村の近くに野盗がいるということは、移動中に遭遇して戦闘になる可能性も考えられる。
「ちなみに、この国では正当防衛って成立するのかい?」
「なんですか、ユートさんやる気満々ですか?」
「いや、万が一のことを考えて、だけど」
「一応街中だと犯罪者でも殺さずに捕縛することが基本ですけど、何せ辺鄙な山の中ですし。野盗がいなくなっても誰も気にしないんじゃないでしょうか」
「随分とドライだね……」
志織の言葉は、相手が野盗なら殺してもそう問題にはならないと言う事を婉曲に表現したものだ。ハンター協会では彼女が魔物を退治した勇者だと呼んでいたけど、もしかしたら賊を討伐した経験もあるのかもしれない。
……まぁ、人を殺めた経験なんて改めて話題にするような事でもないけど。
「ユートさんは優しいんですね」
「そうかい?今の話に優しさ要素は無かった気はしたけど」
「それでも、です。……私、ユートさんのことが好きです」
真っ直ぐにこちらを――少しだけ方向はずれていたけど――を見つめながら、そう告げた志織の言葉に、僕は一瞬だけ硬直した。
これまでにも志織は冗談半分に何度も何度も好意を示すアピールはしてきたけど、言葉でストレートに好きだと告げられたのは初めてかもしれない。
もちろん僕だって男だから、志織のような可愛くて魅力的な少女に告白されて嬉しくない訳はない。すで僕は十二分に志織に絆されている訳だし……。けど、僕が志織に懐く感情は恋愛ではなく庇護欲のようなものだ。そう、言うならば妹に対するような。
――妹、と言う言葉を思い浮かべた瞬間、頭の中に軽い痛みが走る。なんだろう、これは……?
「……もう!一世一代の告白したのに、反応薄すぎじゃないですか?」
「気持ちは嬉しいけどね、残念ながら僕は心に決めた人がいるんだ」
「ええっ、何ですか、それ!そんな人がいるのに私の裸見て、胸触ったんですか!?ファーストキスまで奪って!?」
「いや、それは不可抗力だったよね?それにキスは君の方から……」
そう言えば志織には麗奈の存在と、僕と彼女の関係を話していない……と言うより、どう切り出したら良いのかわからなかったんだ。
ただ、僕が志織を現実世界に連れ戻したら、そのときに2人は確実に顔を合わせることになる。観念した僕は、現在進行形で付き合っているということは少しぼかしながら、麗奈の事を志織に話すはめになった……。
既に陽が落ち、魔導コンロの炎を挟んで差し向かいに座り、僕はレーナ……そして麗奈との馴れそめを語る。僕の話を聞き終えた志織は、少し考え事してから口を開いた。
「へー。つまりユートさんは私というものがありながら、麗奈さんと浮気してるってことですね?」
「いや、逆だよね?」
「じゃあ私、都合のいい女扱いされてるってことですか?」
「いやいや、そんな扱いしてないよね?」
そんな事を言いながらも志織の表情は穏やかだ。きっと彼女が口にした僕への「好き」はLoveではなくLikeの好きだったんだろう。そう、まさに僕が彼女に感じているのと同種の感覚だ。そうに違いない。
僕がそう自分に言い聞かせていた、その時だった。
「おら!出て来いや!」
「食いもん寄越せ!金寄越せ!ついでに女も寄越せ!ギャハハハハ!」
村の入り口の方から騒々しい罵声が響いてきた。
「何というか、こう言うのってテンプレートでもあるのかって思うぐらいありふれた台詞を吐いてるね」
「独創的な野盗って逆に見てみたい気がするんですけど」
「まぁそれもそうか……」
時間的にまだ村人達が眠りに就く程遅い時間では無い。きっと家族で夜の一時を過ごしているタイミングに、これだ。
まぁ賊の類いが行動するのは夜と相場が決まっているから、そういう意味では寝入りばなを襲ってくるよりは親切なのかもしれないけど。
「ユートさん、これで手紙を届ける仕事はキャンセルになりそうですね」
「それって介入しろってこと?」
「だってあの野盗、女を寄越せって言ってますよ?私、年若い女の子なんですけど」
「それは困ったことになったね」
「その口ぶり、全然困ってませんよね?」
志織の言うとおり、僕は野盗が村に押しかけてきた事を面倒だとは思っているけど、困ってはいない。理由は極めて簡単で……あの程度の賊なら簡単に殲滅できるし、実際に過去にああいう手合いを100人単位で殺した事があるからだ。
ただマナの消費を考えるとわざわざ自分から出て行って戦闘に参加する気にはなれないし、どうしたものか。
そう思案している間にも野盗達は村の中に入ってきてしまった。どうやら村人は戸締まりをして立てこもる事を選択したようだ。
一見すると守りを固めるのは合理的に思えるけど、この手の連中は収穫無しで引き下がったりはしない。むしろ見せしめのために放火するなり誰かを殺すなりして、自分達の欲を満たそうとするだろう。
……そう、例えば屋外で暢気に魔導コンロを前に座っている若い男女のような、手に掛けやすい人間なんかは、手頃なカモだと彼等は思うことだろう。
「なんだ、兄ちゃん……家に入れて貰えなかったのか?」
「おい、そっちの女、割と上玉じゃねぇか?」
「げへへ……じゃあ兄ちゃんには悪ぃけど、姉ちゃんとお前の命、貰うぜ?」
僕達を取り囲むような形で近づいてきた連中は下卑た表情で勝手なことを言っている。連中の総数は約20名と言ったところか。
アケトアテンへ来てから見かけた人々の中では飛び抜けて不潔だけど不思議と統一感がある服装で、手には剣やら斧やらを持っている。見た感じだと、他国から来た脱走兵か、傭兵か……そういう手合いのなれの果てといったところか。
まぁ、相手の素性が何であれ危害を加えてくるのなら僕がすべきことは1つだ。
「ずいぶんな物言いだね。どうして君たちに大事な彼女を渡さないといけないんだい?」
「はぁ?お前、頭おかしいんじゃねぇか?」
「まぁそう言ってやるなよ、ボブ。俺達にビビって虚勢を張ってるんだろうよ」
「ギャハハハ!」
頭の悪そうな事を言っている連中に嘆息しながら、僕はどうしたものか思案する。こういう連中は多少痛めつけていったん追い返したとしても、ほぼ確実に後から仕返しに戻ってくるだろう。
となれば捕縛して牢屋に放り込むぐらいしか再犯を防ぐ方法は無い。ただ捕縛するにしても王都は遠いし、僕達がこの連中を連行するのは物理的に不可能だ。
なら……残った手は1つだけだ。




