#19
村の近くまで馬車を寄せた僕は、柵の向こうから村人がこちらの様子をうかがっていることに気が付いた。こういう人里離れた場所によそ者がやってきた場合、諸手を挙げて歓迎されるケースは少ないとは思う。けど、それでもあからさまに不審な目で見られているのはあまり良い気持ちはしない。
とは言えこの村に馬車を預けておく必要はあるので、仕方なく僕はその村人に声を掛ける。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
「……なんだ、あんたら」
「旅の者です。錬金素材を採りに山へ入りたいのですが、その間この馬車を預かって頂きたいのですが」
「錬金素材……?王都から来たのか?」
「はい、そうです」
まぁ、僕は王都の人間ではないけど、出発地点は王都だから「王都から来た人間」を名乗っても嘘では無いだろう。いわゆる「王都の方から来ました」ってやつだ。けど、僕の言葉に村人は表情を硬くしたまま黙り込んでしまった。
僕も志織もアケトアテン国の人と比べると顔が薄目だし、王都の人間ではないと気付かれたのだろうか……?
『はぁ、ユートさん?たぶん今私達、疑われてますよ』
『そのようだね。何が悪かったんだろう?』
『そうですね……。答え合わせのために、ここは私に任せてください』
『わかったよ』
日本語でそう声を掛けてきた志織は自信ありげな様子なので、交渉を任せてみることにする。まぁ彼女の方がこの世界の滞在歴は長いから、何か手はあるのだろう。
と、志織はアイテムボックスから何かペンダントのようなものを取り出すと、それを掲げていった。
「私、王都のハンターです」
「……ああ、確かにそれはハンター章だな。最初にそれを見せてくれたら良かったのに」
「ハンターは私で、この人は異国から私を追ってきてくれた恋人なので」
「……!」
志織がとんでもないことを言い出した、けど、ここで公然と否定すると話がややこしくなる。僕は軽く志織を睨み付けるけど……もちろん目の見えていない彼女に無言の抗議は通るはずもない。
ともあれ、志織がハンターであるという身元を示したことで村人は警戒を解き、僕達を村の中へと入れてくれた。しかし、辺境の村だとしても妙に警戒心が強い人達だ。もしかすると彼らは何か問題を抱えているのだろうか……?
提供して貰った馬小屋に馬を繋いだ僕は、念のため志織に状況を確認することにした。
「ここの村人、やけに警戒していたみたいだけど、これがこの世界の普通なのかい?」
「いえ、そんな事無いですよ。たぶん何か……そう、魔物が出たとか、そういう問題が起きてるんじゃないですか」
「やっぱりそうか……。でもそういう状況で冒険者が現れたら魔物退治を依頼しそうなものだけど」
「何言ってるんですか、ユートさん。ハンターは魔物退治の専門家じゃないですよ?日本だと山菜採りしている人に熊の退治を頼むような話ですよ、それ」
「ああ、そうだっけ……」
どうも僕は過去の経験からハンターと冒険者を同一視しがちだけど、この世界でのハンターは素材採取とバイク便の総称だった。となると村人も旅のハンターだからと迂闊に魔物退治を依頼する訳にもいかないと言う事か。
と言っても彼等が切羽詰まれば僕達に何かを頼んでくることは十分に考えられる。僕的にはここの人達がどうなろうと無関係だけど、馬をここに置いておく以上はにべ無く断って馬に危害を加えられることは避けたい。
……となれば対応は1つだ。
「じゃあ急いでここを出発しようか」
「はい、それが良いと思います」
どうやら志織もそのあたりはドライな感覚だったようだ。ここで村の人達が可哀相です!とか言われると困ったことになったけど、彼女的にはシスターを助けるということを優先目標にしているのだろう。
ただ問題はここから山へ入るにあたって、これまでの馬車旅と違って盲目の志織をエスコートするのは少し……いや、かなり難しいということだ。
ずっと手を引いて移動するわけにもいかないし、足下に気を配りながらだと移動にかなり時間が掛かる。
となれば志織はここで待機させておいて、素材――確かナーシャの花――の特徴を聞いておいて、それらしいものを片っ端から僕が採ってくるほうが合理的だろうか。そう考えて志織にこの後の行動方針を打診したんだけど、彼女の答えは予想の斜め上だった。
「いえ、私も行きますよ?ほら、馬車に背負子を積んでありますよね。あれで私を運んでください」
「いや、それ無理があるよね?平地ならともかく、僕は女の子を背負って山を登れるほど体力無いよ?」
「ユートさんの線が細いのは見てますから、そんな無茶なこと言いませんよ。この背負子、私が素材収集の時に使っている魔導具なんです。背負ってるものの重さを1/20ぐらいまで軽減出来ますよ」
「……志織、何キロだっけ?」
「女の子に体重聞くなんて、デリカシーなさ過ぎです!」
いや、重さの話を持ち出したのは君だろう……。そう思いながらも僕は志織に言われるまま背負子を身につけ、まるで椅子のようになった荷台部分に志織を座らせてみた。
「……どうですか?私、重くないでしょ?」
「確かに。この感じだと……5Kgぐらいかな?」
「それだと私の体重、100Kgもあることになるじゃないですか!」
ちょっとした意趣返しをしてみたけど、確かに彼女が言うようにこの背負子を使うと志織の重さは全く負担にならない程度に軽減されている。そうか、志織は最初かられを使うつもりで同行すると言っていた訳か。
しかしまさか異世界へ転移した少女の足跡を探すために赴いた異世界で、少女を背中に背負って山登りをするはめになるとは思わなかった。僕は一体何をしているんだろう……。そんな事を考えながら、獣道としか呼びようのない道なき道を進む。
斜面はそう急ではないけど、志織を背負っている以上気を抜くことはできない。一歩一歩慎重に、僕は歩みを進める。
「うーん、山の空気は澄んでて気持ちいいですね!これで風景が見えれば最高なのに」
「風景はいいけど、どこにナーシャの花があるか判るのかい?」
「ええ、私だってちゃんと素材探ししてますから」
「……どういうこと?」
「えっとですね、ナーシャの花はかなり強い香りを放ってるそうなんです。トートが言うには私の感覚だとバニラに似た匂いがするって」
「なるほど、それで山の空気を……。って志織?」
「はい。ごめんなさい」
どうやら僕が何を言おうとしていたのかわかったらしく、志織は先回りして謝ってきた。そう出られるとあまり強く非難できなくなる……。さすがは小悪魔といったところか。
「悪いとは思ってるんだね?」
「ですから、ごめんなさい。でも、1ヶ月もじっと王都で待ってることなんて出来ないです!」
「まぁそれはそうだけど……君の安全を考えたら、匂いのことを教えてもらって僕が採りに来るっていう方法が正解だよね?」
そう。志織は自分が同行する理由として「ナーシャの花」がどんなものか説明できないから、と言う理由を付けていた。書物にも載っていない花のことを知っているのは志織だけだから、と。
けどその識別が特徴的な匂いで行えるのであれば……志織がここへ来る必要性はなかったということになる。
「いいじゃないですか。ユートさん、私と旅するの嫌ですか?」
「そんな事はない。……確かに色々とトラブルはあったけど」
「私はとても楽しかったですよ?色んな事があって、まるで夢みたいで」
「確かに日本での日常生活ではまず遭遇しないイベント目白押しだったけどね」
「あはは。異世界らしくていいじゃないですか。この旅が終わったら、もうこんな経験をすることはないんですから」
背負子に座った志織と僕は背中合わせの位置関係だから、志織の表情を伺うことは出来ない。見えない目で遠くを見つめながら……彼女が何を思ってそう言っているのか、僕には判らなかった。
肝心のナーシャの花は思ったよりもあっさり発見できた。希少素材という話だったから、崖の途中にひっそり一輪だけ咲いている花をイメージしていたのだけど、山道のすぐ脇にそれなりの数が群生していたからだ。
「少し気持ち悪くなるぐらい甘ったるい匂いがするね」
「そうですね……。私、バニラビーンズを使ってお菓子作るの好きだったんですけど、ここまで匂いが強いとさすがに引きます」
「体中にバニラの匂いが染みつく前に、さっさと採取しようか。どこを採れば良いのかな?」
「葉っぱです」
「……ナーシャ花、なのに葉を使うんだね……」
「錬金術ってそういうものですよ?」
なにがそういうものなのかは判らないけど、僕は志織の指示に従ってナーシャの花の葉を数枚、もぎ取った。本当は1枚あれば良いそうだけど、万が一エリクサーの作成に失敗した時のことを考えて何枚か採取しておいたんだけど……。
「そういえばこれ、希少な素材なんだよね?多めにとって持ち帰ったら売れるのかな?」
「アケトアテンでは素材として認知されてませんから、雑草の葉っぱだと思われるのがおちですよ」
「でも脱力病の治療薬にはなる訳だよね?」
「それ、私がレシピを公開したら……の話ですよね?ユートさんがいいって言うなら公開しますけど」
「……いや、止めておこうか」
「はーい」
今のやり取りで僕は志織に対する評価を完全な「シロ」だと確定させた。
彼女はチート能力の使用をみずから中止しただけでなく、チート由来の知識を流入させることすら自制して見せた。これを「信用」できないというのなら、誰も信用できなくなってしまう。
つまり志織は僕達総合学部の仲間として受け入れるに相応しい人物だということだ。
表の目的である素材収集と、裏の目的であった志織の信用判定という2つを達成した僕は、晴れやかな気分で山を下りる。背中では志織が何か鼻歌を歌っているけど、きっと彼女も目的を達成して少し浮かれた気分にでもなっているのだろう。
そのメロディは僕にも聞き覚えがある女性シンガーの歌で……たしか20世紀に流行った懐メロに分類されるものじゃないだろうか。タイトルは確か、「夢見る少女じゃいられない」……だったっけ。
現在進行形で夢の世界を旅している志織がどういう気持ちでそのメロディを思い浮かべているのかは判らないけど、それでもなんとなく志織の今の状況に相応しい歌のように、そのときの僕には思えた。




