#17
「ユートさんってウォーロック?なんですよね。魔法でパパッと片付けてくれないんですか?」
「……!」
なんてことだ。やはり彼女には僕の本当の職業が見えていた!?
だけど、その口ぶりからは魔術士と大魔法使いの違いまでは理解していないようだ。まぁ、即座にその違いを指摘できるのは余程のファンタジー通か、異世界で魔術なり魔法なりを習得した者ぐらいだろうから、当然か。
だが今はそんな事を言っている場合ではない。実際の所僕はこの程度の魔物の群れならたやすく蹴散らす術はいくつも保有している。
例えば広範囲に魔力で生成した針を射出する「千条の鉄針」は森林というロケーションと広範囲に展開した小型の魔物を相手取るには最適な攻撃手段だ。
けど、今僕がすべきことは魔物の殲滅よりも、志織の能力確認だ。だから僕は攻撃手段を決めた上で、内心とは全く違う言葉を口にする。
「正直ちょっと厳しい状況かな。見たところ20頭以上いるようだし、魔力の残りを考えるとあまり派手な攻撃は出来ないし」
「そうですか……。ユートさん、勇者失格では?」
「僕は随分と前に勇者は廃業したからね」
「じゃあ、仕方ないですね。ここは志織パワーをお見せします」
……やはりそう来たか。彼女が振るう力を見極めるべく、僕は意識を集中する。もしその力が現実世界のリソースを消耗させるチート能力なら、僕は志織を殺さないといけないから。
けど僕の覚悟とは裏腹に、彼女がとった行動は予想外のものだった。
「アイテムボックス!……はい、ユートさん、これ使って下さい」
「……これは?」
「さっき話したフラグですよ」
「錬金アイテム……ってこと?」
「はい。トートから作り方を教えて貰いました。オオカミに投げつけてやってください」
そういて志織が差し出したのは、掌に載る小ぶりな水晶柱だった。見たところ何の変哲も無い水晶に見えるけど……これがフラグ?
トートというのは彼女が錬金術の知識を教わった悪魔の事だから、悪魔的なアイテムなのだろうか?これが錬金術の産物ならチートではないが……。
「ほら、早く投げて下さいよ。あ、当てなくても大丈夫ですよ」
「適当に投げて良いのかい?」
「はい。あ、でも群れのリーダーを狙った方が効果的かもしれません」
「わかった、やってみるよ」
旗と言う名前のアイテムがどのような効果をもたらすのかは判らないけど、群れのボスらしきオオカミ――まだ森の中に留まっている体躯の大きな個体――に向かって僕はフラグを投擲する。
「あ、ユートさん!遠くへ投げてくださいね?あまり近いと――」
Kaboooom!
志織の言葉が終わる前に、僕の投げたフラグはボスオオカミの眼前に落着し、そして派手な轟音と共に爆発した。
ボスはもちろん、周囲にいたオオカミの半数近くが吹き飛ばされ、力尽きているのが見える。
なんだ、あれ……。もしかして、手榴弾?
そう考えた僕は、志織の言っていた言葉の意味に気が付いた。
「フラグって、破片手榴弾のことか!」
「……なんですか、それ」
「えっと、どういうものか知らずに持ってたの?」
「いえ、使ったことありますよ。何回も。そうでないとこの森で採取なんて出来ませんから」
あっけらかんとそういう志織の言葉に僕は頭が痛くなった。そう言えば彼女はハンター協会で魔物を倒す勇者だと言われていたっけ。
僕はてっきり魔眼や召喚した悪魔の力で魔物を倒していたと思い込んでいたんだけど……どうやら彼女は「悪魔から得た知識」で作ったアイテムを使って魔物討伐をしていたらしい。
「もしかして手榴弾って知らない?」
「なんか爆発して燃えるやつですよね?でもフラグは燃えませんし」
「いや、普通の手榴弾って焼夷手榴弾じゃないし、燃えないからね?破片を飛ばして攻撃するものだからね?」
「へぇ、そうなんですね。勉強になりました!」
……そうか。日本では女子中学生だった彼女がフラググレネードの事を知っているはずもない。おそらくトートはフラググレネードに似たアイテムの製法と共に名前を伝えていたはず。
けどミリタリー知識の無い志織の語彙力では「Frag」を「Flag」だと誤解し、そのまま記憶していたんだろう。
それにしても……錬金術で作られたフラググレネードとは……。確かに威力的にはチート級だけど、この世界の理に従って作り出された品であれば、それは僕が使用を阻止すべきチートではないし、そもそもこの爆発は僕達の世界のリソースを消費しているようには思えない。
なら、志織は「シロ」なのだろうか……?魔眼によって僕の真のクラスを言い当て、強力な錬金アイテムを使いこなす彼女をどう判断すべきなのか。
僕はまだ結論を出すことは出来なかった。
それにしても志織謹製のフラググレネードはたいした威力だ。ほぼ直撃したボス狼はボロ切れのようになって事切れているし、周囲10m圏内にいたオオカミ達もほぼ即死状態で、死屍累々といった有様だ。
それよりも遠い位置になるとまだ生きている固体もいるようだし、さらに遠い位置にいたものはさっさと逃げ出してしまっている。つまりたったの一発で戦局をひっくり返したということになる。
と、痛々しげな悲鳴を上げるオオカミ達の様子を遠目に検分していた僕にら少し離れた所から志織が声を掛けてきた。
「あの、ユートさん?実は私、少し気になることがありまして」
「うん、何かな?」
そう答えながら、僕は志織の気になることはそう大事ではないだろうと考えていた。何せこれまでの旅の途中も、やれ髪型が崩れてる気がするとか、昼に立ち寄った宿の料理の値段がぼったくりだったんじゃないかとか、彼女の言う気になることは基本的にどうでも良い事ばかりだったからだ。
なので今回も……特に魔物の襲撃を退けた後というタイミングだから、たいした事じゃない。と思っていたんだけど。
「実はですね、私……馬に防音対策するよう言うのを忘れていた気がするんですが」
「防音?馬に?」
「はい。フラグってうるさいじゃないですか。だからトートが必ず馬に防音してから使えと言ってたんです。それで、有能なユートさんの事ですから、馬に対して配慮はしていただけてます……よね?」
「えっと、僕はフラグが何か知らなかったんだけど」
「じゃあ、この悲痛な声で鳴いてるのは、私達の馬ですか?」
志織の言うように、そういえばオオカミ達の鳴き声に混じって別の声も聞こえる気がする。おそるおそる、馬をつないだ方を見ると……大変な事になっていた。
どうしてあの馬は繋がっている木に体当たりしてるんだ。
……いや、理由は分かる。馬は臆病な生き物だ。間近でグレネードが炸裂したら当然混乱して逃げだそうとするし、繋がって逃げられないとなれば暴れ出すのもよく分かる。
「ユートさん?あの子、何とかなりませんか?」
「……まず落ち着かせないことには始まらなさそうだね」
対応を催促する志織の声にせかされ、僕は「沈静」の魔法を唱えながら、暴れ続ける馬へと歩み寄った。
「この馬、結構な怪我をしてるね……」
「治りそうですか?」
「僕の手持ちポーションは飲み薬タイプだけど、馬に薬を飲ませるのは難しいんじゃないかな。志織のストックは?」
「治療系のポーションは何かあった時用に全部孤児院の子に預けて来ました……。もしかしてここからは馬無しですか?ユートさんは私の馬の代わりもになってくれるんですか?」
「いやいや、さすがにそれば無理だよ。でもこの馬は暴れるぐらい元気があるから、何とかなるかな……」
僕は嘆息すると今度は「再生」の魔法を馬に行使する。息絶える寸前の者には効果が薄い再生魔法だけど、活力あふれる暴れ馬ならじきに傷は完治するだろう。
……しかし近道を選んだ事で「沈静」と「再生」を使う羽目になり、結果的にマナの消費量は遠回りした場合と殆ど変わらない……いや、むしろより多く消費することになってしまった。帰り道にマナが足りなくなる可能性もあるし、どうしたものだろうか。
いや、それ以前に再度魔物の襲撃がある可能性も否定出来ない。となると志織の持っているアイテムの在庫について把握しておく必要があるだろう。
「志織?アイテムの事なんだけど……フラグみたいなものをまだ他に持ってたりする?」
「えっと、フラグしか無いですね」
「煙幕的なものとか、目くらまし的なものとか」
「そんなの使い道ないじゃないですか」
「いや、結構使い道あるけど……。で、フラグはさっきので終わり?」
「いえ。まだあと2ダースぐらい残ってます」
「アイテムボックスにどれだけ危険物を入れてるんだよ!」
思わずそう突っ込んでしまった。そうか、まだ2ダースもあるのか……そりゃ魔物のいる森へ入る事を恐れないわけだ。




