#16
「そう言えば志織さん、この先地図だと街道が随分と迂回してるんだけど……」
「知りません」
「えっと……志織さん?」
「知りません!」
「志織?」
「はい!」
どさくさに紛れて呼び方をさん付けに戻そうとしたけど、拒否されてしまった。ロザリオを手放す時はあんなに素直だったのに、どうしてこういうところでは頑固なんだろうか……。
いや、ロザリオを手放したくないとごねられていたら、彼女をその場で殺さないといけなかったんだけど。
志織呼びを強制されて少し負けた気分になりながらも本題について確認を行う。
「それで街道の事なんだけど」
「ここまで王都から6日ですよね?なら多分カルナックの森を迂回している箇所だと思います」
「一応、地図には森を横断する脇道も描かれてるけど……」
「馬車が通れるぐらいの道はありますよ。魔物が出るのでお勧めはしませんけど」
「だろうねぇ」
まぁただの森ならわざわざ街道を大きく迂回させる必要はないし、自衛力のある者がショートカット出来るように道が通じているのも理解はできる。問題は僕達がどちらを通るべきか、と言うことだ。
「見たところ、迂回路を通って森の反対側へ出るには3日ぐらい掛かりそうかな。近道で行けば1日あれば通り抜けられそうだけど」
「そうですね。たぶんそれぐらいの日数であってると思います」
魔物のことを知っていて、地図を見ずに日数計算が出来るということは……。
「もしかして志織もこの森に来た事あるのかな?」
「ええ、錬金素材の収集で何度か」
「魔物が出るんだよね?」
「ええ。やっつけましたよ、何度か」
「そうか……それでハンター協会で勇者って呼ばれたんだね」
少し呆れた口調でそう言いながらも、僕は内心で冷徹な計算を行っていた。まず迂回して日数が2日増えるのは「警戒」のマナ消費を考えれば好ましいとは言えない。なにせ往復だと4日のロスだ。それだけマナ消費を抑えることが出来れば万が一の際の選択肢が増える。
そして森の中を通って魔物に遭遇すれば……もし志織が何か力を隠していたとしたら、その力を振るわざるを得ない状況を作ることも出来る。つまり、僕の立場としては森を抜けるというのが最適解だ。
「僕は森を抜ける道がいいと思うんだけど、志織はどうかな?」
「私は迂回路ですね。だってユートさんとゆっくり旅ができますから」
「そうか……。実はちょっと悩んでることがあってね……」
現状、彼女は視力を失っている上にロザリオも手放した状態だから、安全な街道を行きたいというのは理解が出来る。だけど彼女の能力云々は抜きにしてもマナ消費のことは無視できないファクターだ。
なので僕は彼女に「警戒」の魔法を使うコストのことを説明することにした。
「そんな魔法を使ってくれてたんですね」
「気付いてなかった?」
「ええ、魔法なんて見たこともないですし」
「魔力を扱える人なら『警戒』の内部にいたら首筋の後ろに少し違和感が出るんだけど」
「全く気付かなかったです……ということは私、魔法は使えないんですか?」
「まぁ異世界召喚された人全てが魔法を使える訳じゃないからね」
「えー。夢の世界なんだから、私も魔法使ってみたかったなぁ」
見たところ志織は演技をしたり、虚言を弄したりしているようには見えない。となると、本当に魔法を扱う能力は無いということだろうか?
……こんな些細なやり取りでも彼女の事を疑ってしまう自分の思考に自分でも呆れると共に、任務にはその疑念が必要なのだというアラートが頭の中で鳴り響く。
「ともあれ、帰りのことを考えると少し日程短縮しておきたいんだ。どうしても危なそうなら迂回するけど……」
「まぁ、魔物が出てもなんとかなるんじゃないかと思いますし。ルート選択はユートさんにお任せします」
志織の言葉は僕の能力を信じての事なのか、それとも彼女自身が何か切り札を持っていると言う事か……。森の中で魔物と遭遇すれば、どちらなのかは明らかになるだろう。
カルナックの森へと分岐する脇道にたどり着いたのは翌日の午前中だった。ここまでの移動ペースを維持できれば陽が落ちる前に森を抜けることが出来そうだ。
もちろん、何事も無ければ……だけど。僕は内心その「何事か」が起きることを期待しているところもあるのだけど、そんな僕の内心を知ってか知らずか志織は不安げな様子を見せない。
やはり何か打開策となる能力を隠し持っているということなのだろうか。
狭い御者席で僕にもたれ掛かる志織の温もりを感じながら、どこか醒めた目で彼女を見てしまう。いや、まだ彼女が裏切った訳ではない。僕が裏切りの可能性を考えているだけだ。頭振り、僕は志織に声を掛ける。
「そろそろ分岐点だけど、本当に森の中を進んでいいかな?」
「はい。デートのエスコートは男性にお任せするものだって、お母さんが言ってました」
「魔物が出る森でデートする男って、ちょっとどうかと思うけど?」
「ユートさんが守ってくれると信じてますから」
無条件に僕の事を信じている、とでも言いたげな様子で志織はそう言う。そう言えば彼女は魔眼で僕の情報を視たと言っていた。もしかすると僕が本当は自称している魔法使いではないことを知って……?
いや、まさか魔眼とは言え他人の「ステータス」とやらを視れるとは思えない。
異世界転移者の中には自分や他人の能力を可視化する力を与えられた者もいるそうだけど、少なくとも僕の回りにはその手の能力の使い手はいない。だから僕は手札を温存するために総合学部に対しても自分の職業を偽っている。
まぁ麗奈は僕の事なら何でも知っているから、榊会長あたりは真実を把握していても不思議はないけどね。
そんな無関係な事を考えられるほど、森の中は平穏だった。確かに路面はこれまでの街道のように舗装された道ではなかったけど、それでも時折は馬車が通るのか十分道として使用できる程度の状態ではある。
鬱蒼と茂った森は街道と違って湿気が多いせいか少し肌寒さを感じるけど、刺すような日差しがずっと続いていたからむしろ心地よいぐらいだ。もっとも、これだけ木が多いと魔物の不意打ちを受ける可能性は高まるだろうけど……。
道中、少し森が開けた場所で馬車を停めた僕は、馬を手近な木に繋いで休ませつつ昼食を取ることにした。森林浴という言葉があるけど、この森はまさに森林浴にはぴったりだ。御者席から降りた志織も気持ちよさそうに大きく伸びをしている。
「ユートさん、ここって赤い花の咲いている広場ですか?」
「ん……そうだね。綺麗な花が沢山咲いてるけど……摘んでこようか?」
「いえ、それ毒のある花ですから。素手で触ると皮膚がただれますよ?」
「げっ」
「でも錬金素材として使えるんですよね。手袋はめて採取しようかな……」
「いや、見えない状態で危険な素材収集するのはまずいでしょ」
「えー。フラグの素材になるのに」
フラグ?錬金術と旗にどういう関係があるのかは判らないけど、死亡フラグじゃないことを願うばかりだ。いや、多分この世界の言葉で何か別のものを示す語なんだということは判ってるけどね。
……けど、僕の願いは叶わなかった。いや、むしろ願いが叶ったというべきか。立ったフラグが直後に回収されたんだ。
「……取り囲まれてる」
「え?何時の間に?」
「数が多そうだ……何か判る?」
「カルナックの森に出るのはクマとオオカミ、あとはイノシシの魔物ですけど」
「そいつらの習性は現実世界と同じ?」
「ええ。本当は別の名前がありますし、見た目もクマやオオカミとはちょっと違うんですけど、私は習性でそう呼んでます。数が多いって事は……オオカミですね?」
「だろうね」
迫り来る気配は僕達の後方、広場の外で扇状に展開しているようだ。一見するとそれは包囲ではないけど、問題は僕達の前方には毒の花が群生しているということで、どうやらオオカミとやらは地の利を心得ているらしい。
狼たちの方へ向き直った僕は志織を後ろに庇い――と言っても後方は毒の花だ――森の様子をうかがう。と、鬱蒼とした木々の間から姿を現したのは……。
「志織?あれのどこをどう見たらオオカミって名前になるのかな?」
「だから見た目はちょっと違うって言ったじゃないですか」
「ちょっと?全然だよね?」
うん。あれはちょっととは言わない。なぜなら森の奥から進み出てきたのは、金色の毛皮を持つ猫科の猛獣……有り体に言えばトラだかライオンだかのような生き物だったからだ。
「まぁ確かにライオンは群れで狩りをするらしいけど……こういう狩りじゃない、か」
「私はシマの無いトラに見えたんですけど」
「まぁどっちでもいいよ。だってあれは『オオカミ』なんだろ?」
「そうですね」
猛獣、ないしは魔物に囲まれているというのに志織は平然とした様子で軽口を叩いている。やはり彼女は何か切り札を隠し持っているに違いない。
となると……僕の状況はまさに「前門の虎、後門の狼」というところか。いや、前から来てるのはトラっぽいオオカミらしいけど。
「それでユートさん?か弱い女の子を守れそうですか?」
「はて、か弱い女の子なんてここにいたっけ?」
「私、目の見えないティーンエイジャーですよ?」
「その割には平然としてるように思うけど」
じりじりと包囲を狭めてくるオオカミから目をそらさずに志織とのやり取りを続ける。彼女が何を言うつもりなのか、一言一句聞き漏らさないように神経を集中する。




