#15
「ちょ、志織さん!?」
「うふふ……お礼、です」
はにかんだ様子でそういう志織さんに何と言えばよいのか判らず、僕は思わず黙り込んでしまった。
「でもちょっと失敗しちゃいましたね。見えてないのも目測を誤ったって言うんですかね?」
「さぁ、どうだろうね……」
「ユートさん、感謝してくださいね?今の、私のファーストキスだったんですから」
「僕で良かったのかい?」
「ユートさんがいいんですよ」
そう言うって微笑む志織さんの笑顔は蠱惑的で……もし彼女の中に悪魔が潜んでいなくても、彼女は十分小悪魔だと僕は思わざるを得なかった。
でも僕はこれからこのロマンチックな雰囲気をぶち壊しにする重大なことを告げなければならない。気が進まない僕は軽く咳払いしてから、切り出した。
「えっと、実はだね」
「はい?」
「エリクサーの治療で副作用が出てるんだ」
「え?体の方は何も無かったですよね?」
「うん。顔にだけ副作用が出てるね」
「……そんな……。私の顔、どうなってるんですか?」
僕はこの小悪魔にいいように弄ばれているので、ここは少し意地悪をしてやろうか。そう思ったけど、心配そうな表情をする志織さんの顔を見ているとそんな気持ちも萎えてくる。まぁ、意地悪はなしにしよう。
「目の周りのエリクサーを塗ったところだけ……日焼けが消えて、白い肌になってるよ」
「へ?」
「日焼けも言うならば状態異常の一種だから、エリクサーが治癒したんだと思う」
「……じゃあ、もしかして私、今パンダになってます?」
「配色は逆だけどね」
「うそ……。私、パンダ顔で雰囲気出してファーストキスしたんですか!?」
「まぁ、そうなるかな。でもパンダみたいで可愛いよ?」
「ユートさんの意地悪!」
僕の言葉に志織さんはの顔パンダ模様からゆでだこのような赤へと変化した。色々と忙しい子だ。
幸い、エリクサーはもう少しだけ残っていたので、顔の他に部分にも薄く塗布して日焼けを落とすことに成功した。元々首から上だけが日焼けしていたから、折角傷が消えても肌を露出する服を着ると違和感が出るところだったろうし……まぁ、これは怪我の功名というやつだろう。
翌朝、まるで何事も無かったかのように振る舞う志織さんに、僕は女の子のたくましさのようなものを見た気がした。
そういえばレーナを初めて抱いた翌朝も、僕がドギマギしているのに彼女は普段通りで、その態度がどういう意味なのかを思わずパーティの女性レンジャーに相談したんだっけ。「お前も普段どおりにすりゃいいんだよ」という姉御の教えは今での心の中に刻まれているから、僕はその教えに従うことにする。
志織さんは昨夜、ナイトガウンのようなものを羽織って眠っていたようだったけど、今朝はいつもの錬金術師スタイルではなく、半袖のゆったりとしたワンピースを身につけている。
「それ、ベリーダンスの衣装に似てるね」
「判ります?アケトアテンの民族衣装でガラベーヤって言うんですよ」
そう言うと志織さんはその場でくるりと一回転して見せた。広げた手が危うく馬をひっぱたきそうになったのは……やはり見えていないからだろう。
彼女自身は傷が消えたことを確認することは出来ないけど、それでもこれまでと違って肌を露出する服を選んだという事は……気にしている素振りこそ見せなかったけど、内心では体や顔の傷をずっと気にしていたということだ。
傷を消した過程で僕はずいぶんと志織さんに絆されてしまった。けど、でも彼女の抱える苦痛が少しでも減って、そしてチート能力を使わずにいてくれるのなら……それが一番良い事だと僕は自分を納得させる。
その日も、次の日も、馬車の旅は順調だった。ただ、一つ変わったことがある。それまでは移動中はずっと荷台にいた志織さんが、傷が消えた日から御者席の方へ座るようになったんだ。
一頭引きの馬車の御者席は狭く、必然的に僕達は密着することになる……。
「ねぇ志織さん。狭くない?」
「ユートさん、そろそろ志織って呼んでください。距離を感じて寂しいです」
「うーん……しぃちゃん、じゃ駄目かな?」
「駄目です。それは孤児院の子に呼ばせてた呼び方ですから」
物理的にも、心理的にも、志織さんが一気に距離を詰めてきている。確かに彼女からすれば裸を見せた上にファーストキスまでした相手だから、親しみを感じるのは判るんだけど……。けど僕には麗奈がいる。異世界のことだから、旅の途中の事だからと他の女の子に手を出すのはさすがに良くなだろう。
厳しい日差しに加えて、密着してくる少女の体温だ。僕はのぼせそうな気分になりながら、馬車を駆る。
「そう言えばあのエリクサー、どうしてゲル状だったんですか?」
「あれは少し訳ありの試作品でね……」
「え?私、訳あり品を使われたんですか?」
「ああ、そういう品質的な事じゃ無くてね――」
そう、あのエリクサーはグレイランスで知り合ったとある錬金術師が作った試作品の廉価版エリクサーだったんだ。
エリクサーは秘薬の名の通り希少な材料を使う極めて高価な薬で、勇者であっても2、3本ストックできれば万々歳というレベルの代物だ。それ故に一般の人々はおろか貴族でもおいそれと使用することが出来ない幻の薬で、そんなエリクサーを他の材料で代替できないかという研究をしていたのが、その錬金術師だった。
エリクサーやポーションの類いは水薬であるため、飲用するか、もしくは傷口に直接振りかけるという使い方をする。戦闘中は悠長に飲んでいる時間が無いから派手にぶっかけることになるけど、そうすると患部以外に掛かったり流れ落ちたりする薬剤が随分と多くなる。
なので僕が患部だけに滞留するために薬剤をゲル化させてはどうかというアイデアを提供し、そこから開発が進んだのがこのエリクサーという訳だ。
「へぇ、現代知識を使って改良したエリクサーですか……っていうか、エリクサーじゃ無いんですか?」
「実体としてはポーションを煮詰めて濃度を増したものがベースになってるらしいよ。将来的には売り出すからって、詳しいレシピは教えて貰えなかったけど」
「しっかりしてますね、その人」
「まぁ彼女のおかげで志織さんの傷も治ったわけだし」
「……志織」
僕の言葉を遮り、そういうと志織さんは僕の腕に抱き付き、睨み付けるような表情でそう言った。うーん……ここは歩み寄るしか無いんだろうか……。
「志織?」
「はいっ!」
女の子の機嫌を取るのは簡単だという人もいるけど、僕にはとうていそうは思えなかった。こういうスキルはどこの異世界へ行けば身につくのだろうか。
次の日。連日使っていた「警戒」のマナ消費を少しでも押さえるため、その日に予定していた行程を少し早めに切り上げた僕達は宿場町で一泊することにした。
目的地の山岳地までの街道の道中にはこういった宿場町や宿がいくつか存在しているらしいけど、これまでは日中の早い時間にそういった安全な宿泊場所を通過していたから利用する機会が無かったんだ。
「お泊まりですか?2名様、同室でよろしいでしょうか?」
「いいえ」「はいっ!」
宿の受付が問うた言葉に、どちらがどう答えたのかは言うまでも無いだろう。結局、2部屋取ると宿賃が勿体ないと主張する志織さんに説得される形で僕達は同じ部屋に泊まることになった。
まぁ、既に何日も一緒に寝泊まりしているのだから、今さら同室だからと騒ぐことでもないだろうか……。
「ユートさんっ!同衾ですよ!」
「何でそんな古風な言葉を知ってるんだよ……。それにこの部屋、ちゃんとベッドが2つあるからね?」
「見えません!私の心の目はベッドが1つだと告げています!」
「はいはい。お嬢様、ちょっと失礼」
「きゃっ!?」
見えていないにもかかわらず宿の部屋にテンションが上がる志織さんを抱き抱え、僕は彼女をベッドへと運ぶ。いわゆるお姫様だっこと言う奴に、それまでかしましかった志織さんが急に無口になって顔を赤らめている。
……何か勘違いしてる気がするけど……まぁいいか。僕は彼女をそっとベッドに横たえると、入口に置いてあった荷物――ストレージやアイテムボックスで運べるんだけど、宿の人に不審に思われない程度に荷物を出していたんだ――を取りに戻る。
「あ、あの……ユートさん?私、初めてなので……その、優しく……」
「荷物、部屋の中に運んでおくよ。あと、何か食べる物を貰ってくるからそこで待っててね」
「え?あの、ユートさん!?期待させておいて、ちょ、どういうことですか!?」
まったく、何の期待をしてるんだか。どこまでが本気でどこまでが冗談か判らない彼女の反応に苦笑しながら、僕は階下へ食料の調達へ向かった。
そして翌朝。
「おはよう御座います。昨夜はお楽しみでしたか?」
「いえ、全然。この人、ヘタレなんです」
「まぁ、勿体ない」
「……お願いですから煽らないでください」
下世話な宿の主人に一言文句を言ってから、僕達は出立した。




