#2
榊会長は僕が初めて「狩る」対象である勇者、斎藤孝明君についての情報を改めて説明してくれた。
けど斎藤君が46日前に失踪し、異世界へと召喚されたことが確認されたと言う説明を聞き、僕は違和感を覚えた。なぜなら異世界召喚は大抵数日から1週間程度で「案件」かどうか判断が行われ、案件だと判明した場合は即座に転移先が突き止められる体制が整えられている……と説明を受けていたからだ。
なのに斎藤君は既に転移から1ヶ月以上も経過している……?
「今回は二重の意味で良くないケースなの。まず1つ目は彼が家出中だったということ。日常生活の中で召喚された場合は行動追跡を行って家出か召喚かを比較的容易に識別できるのだけど……彼の場合は家出認定された後に、異世界へ召喚されたから……」
つまり「案件」ではないと判定された後に案件化したということか……。確かにそれだと初動が遅れるのも無理は無い。
そして、彼が家出しているということは、家庭や学校に対する未練が薄い可能性がある。つまり、斎藤君が異世界からの帰還を選ぶ可能性が低いという事だ。
「家出と召喚時期の件は判りました。ではもう1つは?」
「家出の2週間後に召喚されたことが確認されているのだけど……既に異世界で1ヶ月が経過しているから、戦闘力が上がっている可能性が高いわ」
つまり斎藤君は帰還を選ばない可能性が高く、かつ勇者としてレベルアップしている。彼が勇者としてのキャリアを積んでいるのなら当然装備も実力に見合ったものになっていることだろう。そう考えると、彼は狩りの対象としてはかなり難易度が高い相手だということになる。
そもそもなぜ異世界に転移した勇者を狩る必要があるのか?それは異世界転移者が手に入れる能力に理由がある。
異世界に召喚された者は「転移の女神」と僕たちが呼んでいる存在によって何らかの能力が与えられる。チート能力やギフトと呼ばれるそれらは、物理法則や自然の理を無視した強大な力を転移者に与え、結果として転移者は異世界で大きな力を振るう……いわゆる異世界無双が可能になる。
だが問題はその「強大な力」は一体なにをパワーリソースにしているのか、ということだ。例えば山を穿つような高火力の一撃を無制限に放つことが出来たとしたら、その力は一体どこから導かれるのか?
答えは簡単だ。異世界転移者が元々所属していた転移元の世界。世界そのものが持つ活力がチート能力のパワーリソースとして消費されるんだ。
そして放たれた力の余波は異世界に拡散してゆく。結果として異世界転移者が力を使えば使うほど……召喚元である僕達の世界の力は衰え、異世界に力が奪われてゆく。だからこそ僕達は自分達の世界を守るため、異世界へ奪われた者達を取り返し、リソースの収奪を防がないといけない。
例え、結果としてその人物を殺すことになったとしても。……だから、このミッションは「奪還」や「救出」ではなく、「勇者狩り」、略して「狩り」と呼ばれている。
「それで、斎藤君はどんな能力を得たのですか?」
「研修の際に説明があったと思うけど、私達に判るのは転移先の空間座標と、そこから見える限られた範囲内の光景だけよ。転移者がその場に留まっていればともかく、立ち去ってしまった場合はどこにいるのかもわからないの」
「……そうでしたっけ」
女神の与えるギフトは千差万別だ。僕が異世界グレイランスに召喚された際に与えられたギフトは魔法を使う能力と僕がストレージと呼んでいる、異空間にアイテムを収納する能力だ。一見すると地味なこれらの能力はレアリティも低く、同じ勇者狩りに従事するエージェントである「狩人」の中では僕の戦闘能力は最低ランクだと認定されている。
過去の転移者や狩人の中には強力な攻撃技や驚異的なクラフト能力を与えられた者もいる一方で、珍妙な――しかし強力な――装備だけを与えられた者や、中には指先から調味料を出すことしか出来ないなんていう、意味不明な能力を与えられた者もいると聞いたことがある。
仮に僕が狩るの対象である斎藤君が指からケチャップを生み出す能力者なら案件は比較的簡単になるのかもしれないけど、現状では彼が何を得たのかは不明。なら、最悪の事態を想定しておいた方が良いだろう。
「では転移先の様子は?」
「ごくありふれた儀式の間のようね。観察可能な範囲内に人影は無し……たぶん、召喚用の儀式場じゃないかしら」
「なら、斎藤君は『勇者』で確定なんですね?」
「ええ、これまでのケースからすれば間違いなく」
召喚の儀式を行い、異世界人を招き入れる。その理由は十中八九「勇者召喚」だ。世界に危機が訪れ、現地の人間でそれに対処できない場合、彼らが縋るのは異世界の勇者だから。
なので、転移先が召喚にまつわる場所の場合、召喚された日本人は間違いなく「勇者」として扱われ、そして戦闘経験を積んでいることになる。
「悠々自適の異世界スローライフを送ってくれていれば良かったんですが」
「あら、その場合は100%説得に応じてくれないわよ?そういう異世界生活を送ってる人達は戦闘力を持たない場合も多いみたいだし……」
会長は言葉を濁したけど、要するにその場合はほぼ無抵抗の相手を、説得できなかったという理由だけで一方的に殺害することになる訳だ。
僕も異世界では盗賊や暗殺者の類いを殺したことがあるから、殺人そのものに対する忌避感は現代日本人としてはあり得ない低い……言うならば異常者だと自覚している。
けど、それは相手が自分の命を狙ってくる場合の正当防衛であって、一方的な殺害となるとさすがにまだ心理的なハードルは高い。
「確認したいことはそれぐらいかしら?」
「ええ。まだ判らないことや不安がないと言えば嘘になりますけど……。まぁ、初めての事ではないですし。前回は何の説明もなく異世界へ放り出されましたから、それにくらべれば随分とマシかと」
「そう。頼りにしてるわよ、如月君」
ブリーフィングを終えた僕は異世界転移のための装置が置かれた本部棟最深部にある「御門の間」へと向かう。
最新式の現代的建築物の地下にあるこの部屋はまるで石室のような印象で、扉をくぐった瞬間に空気が変わったことが判る。この部屋へ来るのは僕が狩人となることを承諾し、施設の内部を案内して貰って以来だから2度目になるけど、前回同様この空気感には異質さを感じてしまう。
そう、まるで異世界で見たた儀式の間のような……いや、まさにこの部屋はその異世界への門を開くための儀式を行う部屋なんだけど。
「では御門を開く準備を行います。如月君も出立の準備は出来ているかしら?」
「あ、はい」
「悠斗、まだマナの補給してないよ」
「あ……そうだっけ」
「麗奈さん、私は準備に集中しないといけないから……手早く済ませてね?」
「はい、夢那センパイ」
麗奈はそういうと僕の手を引いて御門の間の外へと連れ出した。うん、さすがに榊会長が見ているところでは「マナの補充」はやりにくいんだろう。
なにせ麗奈が僕にマナを補給する方法は――。
「悠斗、目閉じて」
「ごめん」
「謝らないの」
背伸びをして顔を近づけてくる麗奈を僕はそっと抱きしめる。目を閉じた僕の顔に柔らかい息が掛かるのを感じる間もなく、唇にやわらかく暖かい感触。そして……それよりももっと暖かいものが僕の中に流れ込んでくるのが判る。
異世界の巫女姫レーナでもある麗奈は自身が魔法を使う能力こそ失ったものの、自分の世界であるグレイランスからマナを少しずつ吸い上げて体内に蓄える能力を持っている。そしてそのマナを他者に――つまり僕に――分け与えてくれることが出来るんだ。
僕の使う魔法はグレイランスという世界に最適された魔道技術だから、現代日本はもちろんのこと、おそらく他の異世界のマナソースを使って発動させることは難しいと思う。
そしてグレイランスの人間ではない僕は世界に依存するマナを産み出す術を持たない。つまり本来なら僕は召喚された世界を離れた時点で魔法を使う能力を失っていた筈だった。
けど、麗奈にマナを補充してもらうことが出来れば、僕の体内に蓄えられる魔力量を使い切るまでなら魔法を行使することが出来る。
しかもその魔力は僕達の世界に由来するものではないから、僕が異世界で魔法を行使しても自分達の世界のリソースは消耗しない。つまり僕の魔法はありふれたものであると同時に、狩人としては最適解に近い能力だと言えるわけだ。
もちろん、魔力だって無限に湧いてくる力ではないから、グレイランスのリソースは消耗させることにはなるけど……。僕がかつて勇者として彼の世界で力を振るい、現実世界から奪い去ることになったリソースの払い戻しだと思えば、良心の呵責も感じないというものだ。
麗奈と唇を重ねながら、そんなとりとめもない事を考えているうちに、マナの流れが止まったのが判った。僕の魔力保有量の上限に達したという事だろう。
けど、麗奈は僕に抱きついたまま離れない。僕も華奢な麗奈の体から感じる温もりを離しがたく、本来の目的は達したにもかかわらず……僕達は唇を重ね続ける。
「……如月君?弓月さん?そろそろいいかしら」
「あ、はいっ!」
榊会長の声に、抱き合っていた僕達は慌てて体を離す。うん、今のはあくまでもマナの補充であっていちゃついていた訳ではない。内心でそんな言い訳をしながら、僕達はいそいそと御門の間へ戻った。
異世界への門を開くことが出来る「八尺瓊勾玉」は日本に古来から伝わる神器の一つで、本来であれば門外不出の品だけど、今は総合学部の管理下で使わせて貰っているのだそうだ。
八尺瓊勾玉そのものには空間に穴を開ける力しかないけど、女神が人間を連れ去った痕跡を追うことで、僕のようなエージェントを連れ去り先の異世界へと後追いさせることができる……と説明されているけど、正直な所その原理は僕には理解出来ないオーバーテクノロジーの類だ。
榊会長が言うにはテクノロジーと魔術の融合だそうだけど、そういったものを研究するのも総合学部が設立された目的の一つだと聞いている。
小さな鳥居の上部中央に掲げられた神額の部分に埋め込まれた勾玉が玉虫色の光を放っている。その光景はとても神秘的だけど、問題は神額から鳥居の柱を介して無数のケーブルが伸び、傍らに置かれた近代的なコンソールに繋がっているということだ。
無神論者である僕が見ても冒涜的な光景だと思うぐらいだし、神道を崇める人達からみれば許しがたい光景なんじゃないだろうか。そんな事を考えていると、さらに冒涜的な光景が目の前に広がった。
まるで黒い光とでも言うような、あり得ない「モノ」が鳥居内部の空間から滲み出てきたんだ。
「なんだ、あれ……」
「あれが御門」
「麗奈は見たことがあるのかい?」
「うん。私もこのシステムの開発に携わったから」
「……マジか……」
普段麗奈とはあまり「案件」や総合学部に関する話はしないけど、どうやらまだまだ僕の知らないことがあるようだ。帰ってきたら、色々と話を聞く必要があるだろう。
けど……帰ってきたら話を聞かせてくれなんて口にしたら、まるで死亡フラグになってしまう。だから僕はただ黙って空間に穿たれた穴を見守ることにした。
空間の穴は直径2m程度まで広がったところで拡大を停止した。事前に聞いていた説明ではこの穴は物理的な通路ではないらしく、通り抜けるためにはいくつかの制限があるらしい。
まず大きさの制限。当然のことながら穴より大きなものは通れないから、例えば戦車のような戦力を異世界に持ち込むことは出来ない。
そして世界を越えられるモノにも奇妙な制限が加わるらしい。榊会長は「装備品」のみが持ち込めると説明してくれたけど、その正しい意味は「自身が無意識下で自分と一体化していると認識しているモノ」のみが世界を越えることを出来るのだそうだ。
したがって御門を通って世界を行き来する際に自身が使い慣れた装備であれば共に世界を越えることが出来るけど、現地で入手したばかりの品物は持ち出す事ができないということになっている。
属人的な転移制限が掛かる理由は研究中だそうだけど、どうやらこの御門は物質転送装置というよりも、「存在」に対して作用するのではないかと言う仮説が……。
「……御門の安定を確認。如月君、今度こそ準備は万端かしら?」
僕の考えは榊会長の言葉によって遮られた。そうだ、今は考え事をしている場合じゃない。僕は御門と、その先の何も見えない漆黒の空間に目を向ける。
「はい。じゃあ、行ってきます」
「悠斗、気を付けて」
「ご武運を」
――二人の美女に見送られ、僕は再び異世界へと向かう。




