#10
しかし困ったことになった。そもそも僕が志織さん……シィ=チャンの情報を得たのは活動資金を得るためにハンター協会へ出向いたことがきっかけだった。
その後僕はこの孤児院へ直行したわけだから、当然路銀は全く増えていない。こうなると旅支度に必要な資金を用意するには、ストレージに放り込んである品を換金するしかない、か。
ため込んだ戦利品である不要な武器や防具を売りさばければストレージの整理にもなって一石二鳥だけど、現実社会で剣や斧を買い取って貰えないのと同じように、おそらくアケトアテンでも武具の類いは買い取り拒否されるだろう。
使い道のないマジックアイテムの類いもいくつかストックはあるけど、エーテルで稼働する魔導具であふれかえったこの国に、動作原理の異なる別世界の魔法アイテムを持ち込んだらオーパーツ扱いされるか、それともガラクタ呼ばわりされるか……。どちらにしても揉め事になる予感しかしない。
となると換金するのは宝石?いや、あの手のものは価値の地域差が激しいし、二束三文で買いたたかれる可能性もある。聞くところによれば鑑定してもらうだけでも費用がかかるそうだし。となれば……。
しばらく考えた後、僕は覚悟を決めて王立工房へと向かった。
王立工房から出る時には何も言われなかったのに、再度入ろうとすると衛兵に止められてしまった。やはり賢者の石がある重要施設だけあって警備は厳重らしい。
僕は自分が異世界からの来訪者であると名乗り、マフームドさんに用事があると取り次いで貰うことにした。本来なら異世界人である事は伏せるべきだけど、ここの人達には正体もばれていることだし、ただの旅人を名乗るよりもそちらの方が話が早いと思ったんだ。
待つことしばし。衛兵がマフームドさんの所……つまり賢者の石が掲げられた工房へと案内してくれた。
「おやユート殿ではないですか。街の散策はもう終わられたのですかな?」
「ええ、まぁ。錬金素材を収集するクエストを受けまして、旅支度をしようかと……」
「もしや国外へ出られる等という事は……」
「いいえ。もちろんお約束は守りますよ。採取先は近くの山だと聞いています」
馬車で2週間というのがこの世界の感覚で近いか遠いかは判らないけど、ここで馬鹿正直に往復1ヶ月の旅だと話して止められる訳にもいかないからね。そんな事よりも本題だ。
「それで、旅支度をするのに手持ちの品を換金しようと思いまして」
「ほう、そうでしたか。街の商店ではなくここへ来られたということは……異世界の面白い品をお持ちでしたら是非拝見したいですな」
「話が早くて助かります。この素材なんですが……」
そう言って僕は事前にストレージから取り出しておいた金属のインゴットをマフームドさんの前に置いた。
「これは、銀ですかな?それとも……貴重な白金?いや、少し青みが掛かっておるようじゃ。ユート殿?」
「これば異世界で産出される希少金属、真銀と呼ばれるものです」
そう、僕が換金しようと考えたのはミスリルのインゴットだ。もちろんこれは現実世界で産出したものじゃない。なにせ日本ではミスリルなんてフィクションの中の素材だからね。
産出元はグレイランス。あの世界では……高価ではあるけど普通に流通していたし、高級な武具や防具にも使われているそこそこありふれた素材だ。
アケトアテン国では魔導具の触媒にも使える銀が貨幣に用いられると聞いていたので、銀の上位互換素材であるミスリルならそれなりの価値があると考えた訳だ。
「真の銀……ですと?はて、そのような金属は聞いたことがありませんな。……触っても?」
「ええ、どうぞ」
「……おおっ!?なんじゃ、この軽さは!?銀や白金どころか、まるで木製の様に軽いではないか!」
「ミスリルの特徴は軽量かつ硬質であること、そして何よりも魔力の伝導効率が極めて高いということです。こちらのエーテルがどう反応するかは判りませんが、魔導具の素材に使えるのではないかと思いまして」
「ふむ……。おいハッサン!この金属の分析をせい!……かまいませぬな?」
「もちろんですよ」
僕の言葉を鵜呑みにせず、分析に掛けるというのはさすが学者であり技師でもある魔工技師というところだろうか。それにしてもハッサンという人は僕が最初にここを訪れた時にも使いっ走りをさせられていたし、マフームドさんの助手か何かなんだろうか……。
「分析にはしばらく掛かりそうですか?」
「そうじゃな……。あれが既知の金属であればすぐに終わると思うのじゃが、見たことの無いものなのでな。少々時間を頂きたい」
「承知しました」
グレイランスだとミスリルの買い取りは純度と重さを量って終わりだったんだけど、さすがにそういうわけにもいかないか。
買い取り査定待ちの時間が手持ち無沙汰なので、僕はふと思い立って街で見た魔導具についての話を聞いてみることにした。そう、アミナさんの店で見て気になっていた例の「目の良く見える眼鏡」のことを。
しかし僕が口にした魔導具の名前を耳にしたマフームドさんは眉をしかめた。何か聞くと不味い極秘の品だったのだろうか?いや、その割には普通に魔導具屋で売られていたっけ。
「あれは……正直な所、失敗作でしたのしゃ」
「そうなのですか?そう言えばアミナさんのために特注されたもの……の割には売りに出されていましたが」
「うむ。視力を付与するという機能そのものは問題無く実現できておるのじゃが、問題はその扱いでな。儂らは眼鏡型なら問題無いと思ったのじゃが、そうではなかった」
「普通に考えると視力矯正は眼鏡で行うものですよね?」
「それはそうなんじゃが、人に作用する魔導具は効果を及ぼす部位に接触させる必要があるのでな。しかし眼鏡が接する部位は……」
「ああ、なるほど。耳と、鼻ですね」
「うむ……。それ故にあの魔導具は目を介して視力を得るのではなく、無理矢理頭の中に光景を投影する形で効果を発揮するのじゃ」
「それ、かなり不自然な感じになるのでは?」
僕に指摘にマフームドさんは無言で頷いた。確かに言われてみればそれもそうか。一応効果は発揮するけけど違和感が強く、おそらく無理矢理に脳内に映像を投影すると3D酔いのような感覚を引き起こす可能性も考えられる。
アミナさんが合わない、使いたくないと言うのもおそらくそういう理由なんだろう。
けど、作用部位に接触していれば良いのなら……コンタクトレンズ型なら問題無さそうな気がする。そう思った僕はマフームドさんにコンタクトレンズと言うものを説明してみたんだけど。
「ユート殿の世界はそのような奇異な行いをされるのか?」
「いえ、普通に市販されていて、使っている人も多いですけど……」
「……では何故ユート殿は眼鏡を?」
「……異物を目に入れるのは怖いから、ですかね」
「ふむ……」
……うん、そういえば僕も眼鏡派でコンタクトはちょっと生理的にNGなんだ。多くの人が使っていると言いながらも自分自身が怖くて使えないと告白したことで、マフームドさんに呆れられてしまっただろうか。そう思ったのだけど……それは杞憂だったようだ。
「アイデアとしては非常に面白いですな。ただ薄いレンズ1枚となるとエーテルを蓄積できる分量が少なくなるのは問題じゃ」
「僕達の世界だとコンタクトレンズは1日とか2日とかで使い捨てにするタイプもありますよ。寝る時は外しますから、翌日に新しいものと交換するんです」
「なんと!そうか、夜間の間にエーテルを補充するか、あるいは2組をローテーションして運用するか……うむ、これは研究してみる価値はありますな」
どうやらマフームドさんの研究欲を刺激してしまったようだ。
異世界にリソースを流入させるべきではないのと同様に、知識や情報も本来であればあまり持ち込むべきではないと総合学部では考えられている。けど、まぁコンタクトレンズの概念ぐらいなら……。
そこまで考えた僕は、ある事に思い当たった。もしかすればこのアイデアをマフームドさんに与える事で、対価として新しい魔導具を生み出して貰えるかもしれない。
「マフームドさん、実は聞いていただきたい別の話もありまして――」




