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勇者狩り ~僕は女神に反逆し、異世界転移した勇者達を狩る~  作者: 羽生ルイ
Case2:アケトアテン-夢視る勇者じゃいられない
17/31

#9

 結局のところ、彼女の言う「しないといけないこと」というのはここの孤児院を運営しているシスターが病に倒れ、その治療薬となる秘薬(エリクサー)を作るというものだった。そして取引とは魔眼の使用を止める代わりに僕に目となってその手助けをして欲しいというものだった。

 なんでも彼女はアケトアテンに来てから独学で錬金術を学び、ポーション作成や錬金アイテムの製造技術を身につけたらしい。ハンターとして活動していたのも半ば自分で使う素材収集のためで、余った素材を換金して孤児院の運営資金の足しにするためにハンターの肩書きを使っていたのだそうだ。


「でも、どうして孤児院に?自活できてるなら、街中で家を借りることもできたんじゃ……」

「異世界に1人放り出されて、右も左も判らない私を助けてくれたのがシスターだったんです。いや、比喩じゃなくて本当に右も左も判らなかったんですから!」


 そう言って志織さんは屈託無く笑うけど、彼女が言うには悪魔召喚を初めて使ったのはアケトアテンへ来て1週間ほと経ってからだったらしい。普通、中学生ぐらいの年頃だとチート能力を貰ったらすぐに使うと思うんだけど、女の子は違うんだろうか?


「だって悪魔ですよ!?天使の召喚って言われたら、すぐに使いましたけど」

「……まぁ、それもそうか。じゃあ能力を使うきっかけになったのは?」

「まぁ、ちょっと色々ありまして……それよりほら、シスターにご挨拶しないと」


 僕は志織さんに案内され、この教会と孤児院を運営しているというシスター・レイアの元を訪れた。老齢にさし掛かった女性聖職者であるシスターは病床に伏せっているけど、その顔色はかなり悪い。


「シスター、私これから素材収集に出かけることになりましたのでしばらく留守にします」

「そう……シオリ、いつも言っていますが、無理をしては駄目ですよ」

「もちろんです。今回は助っ人も付いていますから」

「あら……そちらの方は?」

「初めまして。志織さんの同郷の者でユートと言います」


 僕はまだ志織さんの条件を飲むと答えていなかったはずだけど、なし崩し的に同行することを決められてしまったようだ。しかしまあヘソを曲げられて悪魔の力を解放されるのも困るし、素材収集似同行するだけで話が丸く収まるのなら……それも一つの手か。

 僕の言葉にシスターは体に力が入らないのか、よろめきながら上体を起こそうとし、志織さんがそっとその体を支えた。


「まぁ、同郷の方なのですね。ユートさん、シオリの事をよろしくお願いします」

「もちろん承知しています、シスター」


 安心したように頷くシスターを再び粗末なベッドへ横たえ、僕達はシスターの部屋を後にした。

 離れへ戻るという志織さんの後を追いながら、僕は先ほどのシスターの様子を思い返していた。見たところ体に力が入らない様子で、呼吸も荒かった。加齢による症状にしては少し不自然な気がするけど、エリクサーで治癒できる類いの病気なんだろうか?


「志織さん、シスターはどういう病気なんだい?」

「この国では『脱力病』って呼ばれている原因不明の病です。シスターは働き盛りの頃に発症したそうで、徐々に手足に力が入らなくなって、ここ3ヶ月ぐらいはもうずっと寝たきりなんです。たぶん心臓も弱ってると思うので……。シスターにはあまり時間が無いんです」

「けど、原因不明だとエリクサーで治せるかどうか判らないんじゃないかい?」

「筋ジストロフィーですよ」


 あっさりと確定診断を下す志織さんに僕は思わず絶句した。彼女はまだ中学生の筈だけど、お嬢様学校では医学の基礎を学んだりするのだろうか?


「もしかして志織さん、医学の勉強を?」

「まさか!私、ただの中学生ですよ?聞いたんです、知識を司るトートっていう悪魔に」

「そんな使い方も出来るのか……。便利だね、悪魔召喚」

「でも使ったら駄目なんですよね?」

「まぁ、それはそうなんだけど。それで、僕が志織さんの目の代わりになるとして、君はどういう方法でチートスキルを使わないということを約束してくれるのかな?」

「こうします」


 そう言うと志織さんは首か捧げていた逆さ十字の飾りが付いたロザリオを外し、僕に見えるようにそれを掲げて見せた。つまりそれは……僕にロザリオを預けるということだろうか?


「預かれば良いのかい?」

「はい。悪魔使役は私の能力ではないので、ロザリオを手放せばバロールは送還されるってトートが言ってました」

「使役した代償を求められたりはしないの?」

「対価は既に貰っている……ってトートが言ってましたけど、たぶんそれがリソースっていうやつなんですよね?」


 そうか、女神システムによって与えられたアイテムだから、自動的にリソースを対価として支払う形になっていてるのは当然だ。となればトートもバロールも、志織さん本人には対価を求めないということなのだろう。

 そこまで話したところで志織さんが寝泊まりしているという離れにたどり着いた。志織さんは室内を見回し、ベッドに腰掛けてから……ロザリオを僕に手渡してきた。

 先ほどの話を聞く限りではアイテムを手放すことによって悪魔が暴走する危険は無いだろうと判断した僕は、志織さんの手からロザリオを受け取った。

 ……と、これまで赤い色を纏っていた彼女の瞳が、ガラスのような作り物の瞳に変化する。


「……志織さん?」

「よかった、ユートさん……ちゃんとそこにいてくれてるんですね」


 色と光を失った瞳で僕を見つめながら彼女はそう言った。その言葉はつまり、彼女が再び視力を失ったという事を意味していた。

 まさかこんな一瞬で変化が訪れるとは……。ロザリオを手放した瞬間に悪魔の力を失ったということは、すなわち志織さん自身に悪魔を使役する力が無いという証拠だろう。

 もちろん彼女の言葉を疑っていた訳ではないけど、それでも……万が一のことを考えると、ここで証拠が得られたのは幸運だった。


「じゃあ、これで契約成立ですね?」

「そうだね。それで、素材はどこへ取りに行くんだい?近くに森があるとは聞いているけど……」

「何言っているんですか、ユートさん!近場で採れる素材はとっくに採取済みですよ」

「えーと……じゃあ離れた所まで行く必要があるってこと?」

「はい。ここからだと馬車で片道2週間ほど行ったところにある山中に『ナーシャの花』が咲いてるってトートが言ってました」


 ……今、志織さんはなんと言った?

 馬車で片道2週間?そこからさらに山へ登る?いや、確かに現実世界の医療技術でも完治が不可能だと言われている筋ジストロフィーを治療できるエリクサーともなれば素材が貴重なのは判る。錬金術師が素材採取のために旅をするということも知っている。

 けど、今の志織さんは……。


「私の目の代わり、よろしくお願いしますね」

「僕が採ってくる、じゃ駄目なのかい?」

「ユートさんはナーシャの花がどんな花か知ってますか?」

「いや、知らないけど……文献とかを見れば」

「脱力病を治療するエリクサーはアケトアテンにも存在しない『悪魔のレシピ』なんですよ?ですからナーシャの花について知っているのは、トートに直接『視せて』もらった私だけなんです」

「つまり、僕は君を連れて往復1ヶ月の登山に行く、ってことかな?」

「はい。お泊まりデートですね!」


 ……いやいや、1ヶ月の旅はお泊まりというには長いし、そもそもデートじゃないし。年頃の女の子とこんな会話をしていることが麗奈にバレたら何を言われるやら。

 しかし僕はロザリオを受け取り、志織さんから視力を奪ってしまった。それは彼女がシスターの病を治す手伝いをするという契約を交わしたのと同じだから、僕は志織さんの言葉を拒否することが出来なかった。


「……そうか、1ヶ月の旅か……。時流係数35.1で良かったよ」

「時流係数?」

「ああ、ここアケトアテンと現実世界では時間の流れが違っているんだ。向こうでの1日がこっちでは35日に相当するんだよ」

「……そう、なんですね……」


 僕は時流係数が大きいことを、単純に長期間異世界に滞在しても欠席日数が増えなくて済むという程度の認識でいる。だけど今の話を聞いた志織さんはどこか寂しげな表情を浮かべた。

 僕には魔眼の力は無いけど、それでも……彼女が現実世界と異なる時間の流れで生きることになり、友人達よりも速く成長することを強いられたことを。そして短い青春の一時を共有できなくなることを悲しんでいるのではないかと思った。



「ところでユートさん、旅支度は出来てますか?私、ユートさんが来てなかったら今日にでもナーシャの花を採取しに行こうと思っていたので、荷物も馬車も全部準備してあるんですけど」

「いや、全然」

「はぁ……。総合学部の人って、異世界へ準備無しで来てるんですか?」

「今回は急に駆り出されたから……」


 どうして僕は年下の女の子に呆れられてるんだろう。今回は緊急事態だったし、そもそも勇者狩りの任務は長期滞在を前提としないし。

 それ以前に普通は(・・・)現実世界から持ち込めるのは体に馴染んだ装備品だけだけだから……。そんな情けない言い訳をした僕に志織さんはさらにため息をつくと言った。


「食料とか水とか、自分の分しか用意してないので……調達してきてください。私、ここで待ってますから」

「判った。戻ったらすぐに出発できるよう準備してくるよ」

「はい、待ってますね。あ、そうだ!食料買いに行くならついでに何か甘いものも買っておいてください!」

「承知しました、お嬢様」


 笑顔でそういう志織さんの視線が、微妙に僕の立っている位置からずれていることに少しだけ心を痛めながら、僕はバラックを後にした。



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