#8
悩んでいる間にも足は前へと進み、土着の宗教を崇める小さな教会へとたどり着いてしまった。黄金にまみれた街中の建造物や、マリアムさんが働いていた正教会の豪華な建物とは違い、孤児院が併設されているというこの教会は粗末な木造建築だった。
礼拝堂らしき建物はかろうじて教会らしさを保ててはいるけど、傍らに立てられた大小二つの建物はバラックと呼んでも差し支えない程のみすぼらしさだ。使われている素材も決して上等ではなく、所々補修した後も見えることから、この教会が裕福でないことは一目で見て取れた。
「しかし悪魔が教会をねぐらにしてるなんて、どれだけ背徳的なんだか……」
思わずそんな事を呟いてしまう。けどこの世界には悪魔という概念がない以上、この教会の人達は例えシィ=チャンが「悪魔使い」であっても問題無く受け入れているのだろう。
孤児院らしき建物の傍らで農作業をしていた子供達にシィ=チャンの居場所を聞くと、小さなバラックを指さした。どうやら彼女はここにいるらしい。
「お兄ちゃん、誰?しぃちゃんのお友達?」
「お友達って言うか、同郷の知り合い……かな」
「そうなんだ。ならお兄ちゃんもなにか差し入れくれるの?」
「えっと……ごめん、僕も今あまり手持ちが無くて。でも後で何か持ってくるようにするよ」
どうやら彼女は孤児院に食べ物や金銭でも寄付しているのだろう。手土産もなしに孤児院を訪れたことを少し反省しながら、そんな事を思う。そして先ほどの子供の言葉……「しぃちゃん」と言う発音に、僕はある事に思い当たる。
もしかしたらシィ=チャンと言うのはアケトアテンの人達が聞き慣れない名を誤って覚えたもので、本当は「しぃちゃん」……つまり志織ちゃんの愛称だったんじゃないか、と。この想像が正しいかどうかは、本人に会えば判るだろう。
僕はバラックの扉を軽くノックする。
「はい。どなたですか?今手が離せないので、入ってきてくれていいですよ」
アケトアテンの言葉でそう言う声は、少女のものだ。僕は意を決すると少しガタの来たドアノブを掴み、扉を開く。蝶番が軋む音と共に開いた扉の奥、薄暗い部屋の中に……彼女はいた。
写真で見た通りの長い黒髪。肌の色は日焼けして健康そうな小麦色になっている。服装は……魔工技師達と同じような、つまり錬金術師のようなスタイルで、化学実験道具のようなものに向き合って何か作業をしている。
目元はゴーグルに覆われていて良くわからないけど、ゴーグルの端から耳許に伸びる傷跡のようなものが微かに見える。
間違いない、彼女こそが高坂志織さんだ。
僕が入ってきた事に気付いたのか、志織さんはゴーグルを取り、こちらを見た。その瞳は……まるで賢者の石のように暗がりで赤く輝いている。あれは超常的な力を秘めたチート能力の発露だ。
つまり彼女は今この瞬間も僕達の世界からリソースを奪っている。
極めて分の悪い勝負にはなるが、説得するべきか、それとも悪魔の力を解放される前に不意打ちで殺すべきか。
一瞬、逡巡した僕に向かい、じっと僕のことを見ていた彼女口を開く。そして――。
『はじめまして。私が高坂志織です。私を連れ戻しに来てくれたんですよね、如月悠斗さん』
日本語で、彼女はそう言った。
僕はこの世界に来てからユートとしか名乗っていないし、そもそも彼女を連れ戻すという話だって誰にもしていない。なのにどうして彼女はその事を知っている!?
背筋に冷や汗めいたものが流れるのが自分でも判る。彼女は……間違い無く強敵で、そしてそれ以上に得体が知れない。
これこそが悪魔の力、なのだろうか……?
『どうして僕の名前を?』
『私の目、光ってるでしょう?これ、魔眼なんです。貴方の言葉で言えば……ギフトとか、チート能力とか?っていうやつです』
『良かったら教えてくれないか?君の能力は……』
『私が与えられたギフトは「悪魔召喚」と「悪魔使役」です。もっとも、私自身が悪魔を呼べる訳じゃなくて、この「背徳のロザリオ」が能力を持ってるんですけどね』
首から下げた逆さ十字のロザリオを指さし、彼女は事も無げにそう言った。
アイテム型のチート付与!総合学部で把握している女神のギフトはその大部分が僕のストレージのように本人が直接その力を振るう能力を得るというものだが、一方で極希に女神に強力なアイテムを渡されるケースも存在していることも知られている。
アイテム型のギフトは能力を秘めたアイテムを喪失するとチート能力が失われるという弱点があるせいか、付与型よりも尖った性能のものが多いとデータベースには記されていた。けど……まさかアイテムで悪魔を召喚し、使役するだなんて!
『……そっか、ごめんなさい。この力を使うと私達の世界が滅びに近づくんですね。私、そんな事も知らずにバロールの力を使ってたなんて』
『バロール?それに力……いや、それ以前にどうして僕が話していないことを?』
『魔眼で見ると、相手の事が「視える」んです。どういう人か、どんな目的をもって私に近づいているか。だから、貴方が私を止めに来たことも、その理由も理解しました』
……魔眼。石化や魅了のような力を持つ邪眼の持ち主とは対峙したことがあるけど、小手先の攻撃手段とは次元が異なる能力じゃないか。
「鑑定」の魔法をさらに強化したようなその性能は、僕の情報を丸裸にするだけでなく、会話のイニシアチブすら完全に掌握してしまっている。
『バロールは私が呼び出した悪魔なんですけど、今は義眼に宿って目の代わりをして貰っています』
『では君は日常的に悪魔の力を……?』
『……そういうことになりますね』
平然とした様子で悪魔をその身に宿しているという高坂志織という少女のことを、どう判断すれば良いのか……僕は途方に暮れた。
彼女からは悪意や敵意のようなものは一切感じられない。いや、それどころか友好的な空気すら感じられるけど、彼女が持っている……そして現在進行形で振るい続けている力は確実に現実世界からリソースを奪っている。
悪魔を宿した強力な魔眼が常時使用されているなんて、斎藤君のドラグスラッシュどころの騒ぎではない重大事項だ。
しかし彼女はそれを生きるために使っている以上……使うなと言われて、はいそうですかと納得して貰えるはずもない。つまり、僕はこの場で彼女を殺すしかないと言うことだ。
けど……既に言葉を交わしてしまった以上、不意打ちは難しいし、フェアでもない。僕は軽く息を吐くと、気分を落ち着かせ……あえてアケトアテンの言葉に切り替えて説得を試みる。
「志織さん、既に理解してくれているのなら説明は省くけど……君の使っているその力は僕達の世界を破滅に近づける危険なものだ。無理だとは承知で言うけど、その力を使うのを止めて貰えないだろうか」
「はい、いいですよ」
「……え?」
「ですから、これが危険な力だと言う事は理解しました。私1人のために世界を滅ぼすことなんて出来ませんから」
存外にあっさりとチート能力の行使を止めると彼女は口にする。その軽さが、僕に斎藤君の虚言を思い起こさせた。
もしかすると彼女もその場しのぎのために口先だけで使用しないと言っているだけなのだろうか……?戸惑う僕に彼女は言葉を続けた。
「ですが、少しだけ待って欲しいんです。私、どうしてもしないといけないことがあって」
「だが、君の能力は今この瞬間も――」
「はい、それも判っています。ですから、取り引きしませんか?」
微笑みながらそういう志織さんの言葉に僕は思わず身構えた。悪魔使いである彼女の言うそれは「悪魔の取り引き」そのものだと思ったから。
使用を止める代わりに魂を寄越せとか、それとも代わりにお前の目を寄越せとか言われるんじゃないかと警戒する僕に、微笑みながら志織さんが告げた取り引きは……。
「目的を果たすまでの間、私の目の代わりになってください。そうしたら、バロールの力を使わずに済みます」
「それはもしかして、僕の目を君に渡すって意味かな?」
「うふふ……ユートさんって面白いこと言うんですね。私、面白い人って好きです」
「それはどうも。……もしかして好きって、美味しく頂かれるって言う意味でもないよね?」
「もう、私どれだけ怖がられてるんですか!」
そう言ってコロコロと笑う志織さんの表情は魅力的な屈託ないもので、とてもその目に悪魔を宿す悪魔使いのものには見えなかった。
……いや、もしかしたら僕はこのとき既に志織さんの魔眼によって「魅了」を掛けられていたのかもしれない。なにせ不自然なまでに物わかりの良い志織さんの態度に違和感――後になってから改めて考えればいくらで気付くことが出来たはずのもの――を感じることが出来なかったのだから。
羽生のXにてキャラクターのイメージ画像を公開しています
※画像へのリンクは活動報告に掲載しています
※画像作成に生成系AIを使用しています




