#7
いずれにせよ「黒髪で目が見える少女」と言う全く手がかりにならない条件で人捜しをすることになる以上、このアケトアテン国でしばらく腰を据えて活動する必要があるだろう。となると真っ先に問題になるのは路銀の確保だ。
少々遠回りではあるけど、情報収集と生活費の確保を兼ねて冒険者ギルド的なところへ出向くのが結果的には早道かもしれない。そう考えた僕は、手近な通行人に冒険者ギルドの場所を聞いてみることにした。
「冒険者……?なんだい、それ」
「えっと異国の職業なんですが、依頼を受けて様々な仕事をしたり、素材を集めたり、魔物と戦ったり……」
「最後はえらく物騒だけど、依頼を受けたり素材を集めたりする連中ならハンターって呼ばれてるよ」
「なるほど。そのハンターの人達が集まる場所はありますか?」
「ハンター協会ならこの通りの2ブロック先を右手に曲がったところにある騒々しい建物がそうだよ」
「ありがとうございます、助かりました」
……どうやらこの世界では冒険者ではなくハンターと呼ばれるようだけど、本質的には似たようなモノだろう。ただ少し気になったことがある。
先ほどの人は冒険者……いやハンターの依頼に魔物討伐が含まれていないようなニュアンスで話していた。それに街行く人達も武器の類いを携行している人は殆どいないし、最前立ち寄ったアミナさんの自宅でもある魔導具点にも攻撃アイテムや武具の類いは全く置いていなかった。
異世界としては異様な状況だけど、よく考えれば僕達の暮らす現代日本でもスーパーやコンビニで剣や銃の取り扱いなんてありはしない。つまりこのアケトアテン国は僕が思っている以上に平和な国なのかもしれない。
そう、本来であれば「勇者」を必要としないぐらいに。
カラコロコロ
ハンター協会の建物の入口を押し開けると、少し濁った音のドアベルが鳴り響いた。ふと見上げると、金色のドアベルが揺れている。……あれも黄金なんだろうか。そんなどうでも良いことを思いながら、協会内に目を向けると、そこは異世界でお馴染みの酒場のような施設になっていた。
ただ普通の酒場と違うのはカウンターが2つあり、掲示板が併設された片方のカウンターは明らかに飲食物を提供する場では無いということだ。うん、これはグレイランスでお世話になった冒険ギルドの構造と同じだね。
ドアベルの音で僕が入ってきた事に気付いた酒場の客――おそらくハンターだろう――が一斉に僕に視線を向ける。
こういう場合、地元の冒険者がよそ者に難癖を付けて絡んでくるというのが様式美になっている……と思ったのだけど、アケトアテンのハンター達は僕が知らない人間だと判った瞬間に興味を無くしたようにそれぞれのテーブルでの会話に戻っていった。
なんだろう、この反応は……。何も起こらないことがむしろ不気味に感じるのは、僕が異世界ずれしているということなんだろうか?
再び喧噪を取り戻した酒場の様子に拍子抜けしながら、僕はカウンターへと歩み寄る。もちろん、酒を提供している方ではなく、依頼を提供するハンター受付とおぼしき方へ。
「いらっしゃい。依頼かい?」
「いえ、冒険者……じゃなくてハンターとして仕事がしたくて」
「新規登録?このご時世に珍しいね。アンタ、訳ありかい?」
中年に差し掛かる手前ぐらいの、少し派手な顔立ちをした女性が胡乱げな表情で僕を見ながらそう言った。この世界でもハンターというのは食い詰め者が犯罪者に堕ちる前にギリギリで踏みとどまらせることを目的とした、セーフティネット的な職業なのだろうか。
「まぁ登録は構わないけどアンタ、アケトアテンの人じゃないだろ?身元保証してくれる人はいるかい?」
「えっと……ハンターになるのには身元保証人が必要なんですか?」
「そりゃそうだ。荷物の配送を請け負ったりするんだよ?どこの馬の骨とも判らない相手に貴重な品物を預けたりできる訳だないだろ?」
「……ごもっともです」
その後、説明を受けた所によるとハンターというのは僕達の世界で言う宅配やバイク便のような役割と、あとは錬金術や魔導具の材料となる品を集める素材ハンター的な仕事を主に行う存在だということが判った。
確かにそれらは「冒険者」の仕事でもあるけど……僕がイメージしていたものとは少々違う。
「魔物の討伐依頼とかは……」
「魔物だぁ?アンタ、何言ってるんだい。そりゃ素材集めの際に魔物に襲われる事はあるけど、わざわざ魔物にちょっかい掛けに行く馬鹿がどこにいるんだい」
「いちいちごもっともです」
どうやらこの世界の魔物は森や山岳地帯の奥地にひっそりと生息しているらしく、人間がテリトリーに入り込まない限り襲ってくることはまずないらしい。そういう意味では魔物と言うよりも野生動物のような感覚なのだろう。
しかし、これは困ったことになった。受付の女性が言う配送の仕事は報酬が安いし、素材収集をするにはこの世界に対する僕の知識が貧弱すぎる。
ここで生活してゆくならマフームドさんにでも身元保証を頼んで配送の仕事で日銭を稼ぐという手もとれなくはないけど、僕は異世界フリーターになりたい訳じゃない。志織さんを探すための活動資金を稼ぐために、大物を1体仕留めてそれで当座をしのごうという僕の目論見は早々に頓挫してしまったようだ。
どうもこのアケトアテンに来てから予想外の事ばかり起こる。
「まるで悪魔に魅入られたとしか思えないほど、ツキに見放されてるなぁ……」
思わずそんな事を呟いてしまう。もっとも僕の知っている悪魔はグレーターデーモンやアークデビル、魔神の類いだ。あの連中に魅入られたらこの程度の不運では住まないのだけど。
「アクマ?」
「ああ、僕の国の言葉で……。独り言ですよ」
「アンタもしかしたらシィ=チャンの知り合いかい?」
「シィ=チャン?」
「良くは知らないけど『アクマ使い』って名乗ってるハンターさ。素材収集だけじゃなくて、街道に出た魔物を狩ってるから『勇者』って呼ばれてたりするけどね」
シィ=チャンと言う名はどこか中国風にも聞こえて、この国の人の名とは響きが異なる気がする。それに……悪魔使い?
もしかすると僕はようやく当たりを引いたのかもしれない。
「そのシィ=チャンという人、もしかすると知り合いかも知れません。黒髪の少女ではないですか?」
「ああ、そうだよ。ちょっと薄い顔立ちで目元に酷い傷があるけど、怪我をする前はさぞ綺麗だったんだろうねぇ」
「ええ、彼女は事故で目を負傷したんです。……その、今は目が見えているのでしょうか?」
「目?ああ、珍しい赤い瞳だけど、普通に掲示板の文字も読んでたから見えてると思うがね?」
やはりビンゴだ。僕の持っている志織さんの写真は事故前のものだったから負傷の様子は確認出来ていないけど、失明するほどの傷を負えば当然顔にも傷跡が残っていて不思議ではない。
そして不思議な赤い瞳に視力を得た様子……「悪魔」の正体が何かはわからないけど、チート能力である可能性が高いだろう。
つまり、そのシィ=チャンと言うハンターこそが高坂志織さんだ!
僕は思わぬ幸運を招いてくれた「悪魔」に感謝した。……けど、悪魔の恩寵を受けるには必ず代償が必要となる。
その代償が重いものにならないことを願いつつ……僕はシィ=チャンが寝泊まりしているという、郊外にある「もう一つの教会」へ向かった。
黄金の輝きに溢れた街を歩きながら、僕はシィ=チャンという人物についてハンター教会で得られた情報を整理してみることにした。
まず彼女がハンターに登録したのは9ヶ月程前の事で、孤児院の管理者が身元保証人になっているらしい。
そしてある時、他のハンターと素材収集で森へ出かけた際に魔物と遭遇。他のハンターを守るために不思議な力を使い、魔物の群れを殲滅してみせたそうだ。
シィ=チャンはその力を「アクマの力」と称したそうだけど、アケトアテンには悪魔という概念が存在しないため、シィ=チャンの能力は異国の不思議な力だと認識されているように思えた。
シィ=チャンの人となりは協会にいたハンター達がこぞって明るくて良い子だ、傷があっても嫁に欲しいと絶賛していたことから、人当たりの良い善人であることは間違い無いだろう。
『悪条件が揃いすぎてる……』
周囲の人に聞かれて誤解される愚を繰り返さないよう、無意識のうちに僕は日本語でそう呟いていた。
そう、悪条件だ。
協会で得た情報からシィ=チャンが志織さんであることはほぼ確定したけど、彼女が持つ「悪魔の力」は僕の予想通り視力を与えるだけでなく、魔物の群れを殲滅できるだけの攻撃力を秘めたものだった。
ハンターとして活動を始めてから既に数ヶ月が経過しているということは戦闘経験もそれなりに積んでいるだろうから、もうとうの昔に彼女は現実世界にいた頃の弱い少女ではなくなって――つまり高レベルな、本物の『勇者』になって――いる可能性は高い。
そして、それだけ強力な力を振るうにもかかわらず、シィ=チャン……いや、志織さんは善人として人々から慕われている。
おそらく僕が彼女を害しようとすれば、ハンター協会は総力を挙げて僕を妨害しに来るだろう。例え彼等が戦闘を生業にしない者達であったとしても……いや、非武装市民だからこそ、僕は彼等に危害を加えづらい。
二重三重の意味で、僕は彼女を殺せるのだろうか……?




