#6
幸いな事にアケトアテン国には個人情報保護の概念は無かったようで、話を聞いた2箇所の診療所と3人の薬師は皆口を揃えてこの街に目の不自由な少女が2人いると話してくれた。
ただ情報収集の順調さとは対照的に問題もないわけではなかった。その問題とは……その少女達の名がアミナとマリアムだと言うことだ。
王家や魔工技師達が志織さんの事を把握していないということは、何かの理由で志織さんは身元を偽っている可能性も否定できない。となれば現地の女性名を名乗っていることも……有り得るだろうか?
まぁこれが対象者は100人だと言われると総当たりも大変だけど、2人なら両方に会って確かめれば済む話だ。丁度都合良く、話を聞いた薬師が2人に薬を届けて欲しいと言うので依頼を受けることを条件に2人の居場所を聞き出すことに成功したことだし。
まぁ、僕も以前は冒険者としてこの手のお使いクエストはよく引き受けていたこともあるから、久しぶりに冒険者の真似事をするのも良いだろう。
薬はアミナさんの母親のものと、マリアムさん本人のものだということなので、まずは志織さんである可能性が低いと思われる、アミナさんの方から当たってみることにした。
アミナさんの自宅は魔導具を販売する商店だった。工房で見た光杖以外にどのような魔導具があるのか興味があったので、任務と好奇心を満たすために僕は躊躇せず店の中に足を踏み入れる。
展示されている魔導具はいずれも日用雑貨の類いで、調理器具や家事の補助を行う道具、照明器具ばかりだ。マフームドさんに貰った銀貨の貨幣価値を参考に値札を確認してみたところ、僕の手持ちだとどれか1つを買うの精一杯といったところだろうか。
榊会長からは何か役立ちそうなアイテムがあれば持ち帰って欲しいとは言われたけど、正直エーテルで動く懐中電灯やコンロを持ち帰ってもエーテルを抽出できない僕達では使い道がないだろう。
そんな事を考えながら店内を見ていると、ふと変わったモノが目に入った。眼鏡……のようだけど、まるで漫画に登場する瓶底眼鏡のような印象でレンズ部分が不透明になっている。
これじゃ前も見えないだろうと思いながら商品に付けられた説明書きを読むと、そこには「目が良く見える眼鏡」と書かれていた。なんだ、これは……?
「眼鏡を掛けたら良く見えるのは当たり前じゃないか……」
思わずそんな独り言を口にしてしまう。と、その言葉を聞きつけたのか、これまで店内を物色する僕に興味を示さなかった店主が声を掛けてきた。
「お兄さん、そいつに興味があるのか?」
「興味というか、何だろうと思いまして」
「書いてあるとおりさ。目が良く見える眼鏡だよ」
「眼鏡というのは皆良く見えるようにするものではないかと……」
「実はそいつはな、うちの娘のために王室工房で作って貰ったんだが、娘には合わなくてな」
娘さん……というとアミナさんの事だろう。やはり店主が娘と称するということは、彼女はない志織さんではないのだろう。そう思いながらも僕は念のため確認を試みる。
「娘さんは目が不自由なのですか?」
「ああ、生まれつき視力が弱くてな。まぁ、全く見えないって訳じゃないんだが」
「そうですか、お気の毒に」
そう口にしながらも、店主の言葉を聞いた僕はアミナさんに対する興味が急速に薄れていくことを感じた。なぜなら弱視であり生まれた頃のことを知られている彼女は、志織さんではないからだ。
僕は店主に話を聞かせて貰った礼を言ってから薬師から預かっていた薬を手渡す。店主は薬の配達なのに店内を物色していた僕に奇異の目を向けてきたけど……まぁ、気にしないことにしよう。
そして店を出た僕は次の目的地である、マリアムさんが働いているという教会へと向かうことにした。
この街には教会が2つあり、1つはマリアムさんが聖歌隊の一員として働いているというアケトアテン国の正教会。もう一つは隣国の土着宗教を信仰する小さな教会で、そちらには身寄りの無い子供達が暮らす孤児院が併設されているらしい。
もし志織さんが1人でこの世界へさまよい出たのだとすれば、宗教施設は身を寄せるのに最適な場所だろう。
ただ孤児院の子供の中には目が不自由な子供はいないとの事なので、現時点での最有力候補はマリアムさんということになる。
聖歌隊と言っても日がな一日歌を歌っているわけではないらしく、僕が訪問した時間帯は教会から歌声は全く聞こえなかった。
教会すら金で覆われている事に辟易しながら、入口を清掃していた尼僧らしき人に薬の配達であると告げた上でマリアムさんの居場所を聞くと、教会の中で清掃を行っていると教えてくれた。
もし薬の配達という口実がなければ門前払いされていた可能性もあるし、あの薬師には感謝しないといけないね。
教会の中に入り、人影を探すと……いた。長い黒髪で、経歴データに記されていた160cmと言う身長に合致する女の子だ。ただ、後ろ姿を見る限りではデータよりも随分と肉付きが良い気がするけど。
『失礼。高坂志織さんかな?』
「……?」
振り向いた少女の顔つきは、アケトアテン国の人に特有の堀が深いエキゾチックな風合いで日本人とは似ても似つかないものだった。
それ以前に僕が口にした日本語に対して不思議そうな顔をしている時点で……彼女は志織さんではないことが確定してしまっていたけど。
「どちらさまですか?ごめんなさい、私は目が見えないので……異国の方ですか?」
「すみません、怪しい者ではありません。おっしゃるとおり異国の者です。後ろ姿が知人に似ていたので、つい国の言葉で話しかけてしまいました」
「そうですか」
「もしかしてマリアムさんでしょうか?」
「はい、そうですが……。あの、人違いなのでは?」
うん、余計な言い訳をしたせいで少し話がややこしくなってしまった。けど彼女が志織さんでないのなら、薬を手渡せばもうマリアムさんと再び関わることもない。
そう考えた僕は、薬師から薬を預かっていると告げた。視覚障害のある彼女に荷物をそのまま手渡すのは難しいと考え、手を差し出して貰った上でそこに薬の瓶を乗せ、配達は完了した。
……そう言えば薬師と報酬の話をしていなかったっけ。そんな事を思いながら、僕は教会を後にする。
……しかし困ったことになった。
最大の手がかりである盲目という属性で志織さんに辿り着けないということは……今の彼女は「目が見えている」ということになるのだから。
彼女が使っているチート能力は視力か、あるいは何らかの知覚力を得る類いの能力である可能性が高い。そしてその能力が視覚という日常的に常用すべきものである以上、おそらく志織さんはその能力を常時発動し、現実世界からアケトアテンへリソースを流出させ続けているはず。
実際に賢者の石が1年前から活性化しているという状況証拠もある訳だし、おそらくこの推測は間違っていないだろう。
さらに言えば……視力は志織さんが誰の保護も受けずに異世界で生きる上で必須の「能力」だし、その条件は異世界から現実世界へ帰還しても変わらない。つまり彼女がチート能力を手放す合理的な理由はまず存在しないということだ。
――そして、それは。僕が志織さんを殺さなければいけない状況に陥る可能性が極めて高くなったということをも意味していた。
けど、そこまで考えた僕はある小さな違和感に気が付いた。果たしてあの転移の女神が、盲目の少女に視力を与えるような事をするだろうか、と。
転移時にギフトとして与えられるチート能力は完全ランダムであり、個人の特性や願いは一切反映されていないと総合学部では分析している。
僕にしてもそうだ。僕が得た能力は魔法行使とストレージだけど、どちらも僕が願ったわけでも、特に僕に適していた訳でもない。僕的には異世界召喚勇者と言えばやはり剣で戦うイメージだったから、魔法職だと言われたときは少しがっかりしたぐらいだし。
それに転移の女神は世界のリソース移転を促進する立場だから、少女1人に視力を与えるという「小さな願い」を叶えるための能力を付与するとは考えづらい。実際、賢者の石が活性化するということは多大なリソースが消費されている可能性を示しているわけだし。
となれば……志織さんが得たギフトは本質的には全く異なる強大なもので、彼女はそれを応用して視力を得ていると考える方が妥当だろうか?
けど、一体どんな能力を応用すれば視力を得ることが出来るのだろう。かつて剣技系の奥義で心眼というスキルを持つ達人を見たことがあるけど、その手の能力なのだろうか?




