#5
あれが……賢者の石?
「賢者の石は金の錬成だけでなくエーテルの抽出にも使われておる。工房には必須なのじゃよ」
「では、僕は国の重要施設に無断侵入したことになるのですね……。知らなかった事とは言え、謝罪します」
「いやいや、異世界からの訪問者は賢者の石に呼ばれるのじゃよ。よってキホーテ殿も、それ以前にここを訪れた訪問者の方も、皆この工房に現れなさる」
……そうか、僕達が御門を開ける場所は現実世界から日本人が召喚された地点。ということはこここそが志織さんの出現ポイントであり、この賢者の石が異世界召喚を……自動で行っている?
でも何のために?
ここからの質問はかなり彼らにとってセンシティブなものになるかもしれない。一言一句を間違えないように神経を集中しながら僕は言葉を紡ぐ。
「そうなのですか?もしかしたら異世界からの訪問者と賢者の石には何か繋がりがあるのかもしれませんね」
「おお、ユート殿は聡明じゃな。実は儂らも正確なところは知らぬのじゃが、異界からの訪問者がおられる間は賢者の石の力が増すのではないかと王が言うておったのじゃ。もしかすると何らかの関係があるのやもしれんな」
……ビンゴだ。だけどこれは困ったことになった。おそらくこの賢者の石は異世界からもたらされたリソースをエーテルという名のエネルギーに変換する自動装置のような機能を持つ可能性が高い。
そしてマフームドさんの言葉が事実なら、リソースを簒奪するために異世界から自動で「勇者」を召喚する機能も与えられていると推測できる。つまり、賢者の石は女神システムを有効利用するための仕掛け、女神システムのサブシステムとでも言うべきものだ。
けど、賢者の石を造った過去の人物はともかくとして、現在の王家は女神システムの特性や利用方法を正確には把握していないに違いない。なにせ、彼等が女神システムのことを知っていれば……自分の世界からリソースを奪うシステムのことは異世界人には絶対知られないよう秘匿するはずだから。
――そう。僕がグレイランスの王族に真実を伏せたまま利用されたあの時のように。
その後、さらにマフームドさんが語ってくれた話の中に気になる情報が含まれていた。それは本来なら異世界人がいないと出力が上がらないはずの賢者の石が、キホーテの死後不活性化していたはずにも関わらず1年程前から理由不明ながら活性化している……と言うものだ。
「それは……なにか理由があるのですか?」
「うむ、王も不思議がっておったが、儂はようやくその答えを掴んだぞ」
「答え?教えて頂けますか?」
「ユート殿、お主じゃよ!おそらく賢者の石はユート殿の訪問を1年前から待ち焦がれておったのじゃろう。そして今日、ようやく賢者の石はユート殿を招くことに成功したという訳じゃ!」
そう言ってマフームドさんは豪快に笑う。……いや、それは違う。賢者の石が活性化したタイミングがこの世界の1年前だというのなら、それは丁度志織さんがここへ召喚された時期と合致する。
そして賢者の石が今もなお活性化しているということは、彼女はこの世界のどこかで生存していて――そしてチート能力を使っているということなのだろう。
王家も含めた彼等が賢者の石の活性化理由が不明と口にするということは、志織さんは王家や魔工技師にその存在を認知されていないことになる。そんな事が有り得るのだろうか?
……しばらく考えて、僕はある可能性に思い当たった。御門をくぐる前に榊会長が言っていた言葉。八咫鏡で見えたこの工房の様子が、昼夜のあるものだと……つまり夜間はここに人がいないという事実に。
おそらく志織さんは無人の工房に自動召喚され、誰にも知られることなく盲いた目で1人そのまま工房の外へさまよい出たのだろう。なんてことだ……孤独な彼女は異世界を訪れてなお、誰にも歓迎されなかった可能性が高いなんて!
しかしこれは思ってもみなかった最悪な展開だ。
一度は覚悟し、否定されたはずの「志織さんを殺す」という選択肢が再び現実のものになったのだから。
その後、工房の外へ出て街を見て回って良いかと問うた僕に、マフームドさんは問題無いと答えてくれた。どうやら彼等は異世界人の使うチート能力とエーテルの生成に関する正確な知識が無いようで、異世界人がアケトアテン国に留まっていれば賢者の石が活性化すると誤解しているようだった。
そのせいかマフームドさんが僕に求めてきたのは「国外へ出る際は一言声を掛けて欲しい。出来れば国に留まって欲しい」という極めて緩やかな行動制限だった。
だけどその言葉は僕にとって1つの指針になった。何故ならおそらく彼らは経験則で異世界人が賢者の石から離れすぎると活性化が損なわれるという事を知っている……。つまり逆説的に言えば、賢者の石が今も活性化しているということは、志織さんはこの国の中にいるということだから。
必要があれば住むところを提供すると申し出てくれたマフームドさんに礼を言い、とりあえずは街を見て回ることにした。
工房を離れる際に、路銀に使ってくれと手渡されたのは銀貨だった。一瞬、旅立ちの路銀ははした金というRPGの初期イベントかと思ったけど、よく考えればこの国は錬金術極めた国だ。金が錬成できるなら、自ずと金の価値は低くなるのだろうと思い当たった。
僕のストレージの中にはグレイランスで稼いだ金貨や宝石がそれなりにストックされている。だから現実世界では結構な金持ち気分だったけど、ここだと少なくとも金貨は意味を成さないらしい。
ストレージの中に入っている銀貨と言えば、グレイランス買い物した際に受け取ったおつりを無作為に放り込んでいた分ぐらいのはず。となると僕はこのアケトアテン国では路銀に乏しい旅人ということになるのだろう。
「時流係数の影響で時間には余裕があっても、路銀に余裕はなし、か……」
思わずそんな事をぼやいてしまう。いや、僕はここへバカンスに来た訳じゃないけど、手がかりが全くない状態で志織さんを探すにしても活動資金は必要だ。何か換金できるものがストレージに入っていれば良いのだけど。
そんな事を思いながらアトリエの外へでた僕は、目の前に広がる光景に目を見張ることになった。
……なんだ、この都市は……?
眩い陽光を浴びて、建物が、いや世界が黄金色に輝いている。
黄金都市と呼ぶのが相応しい光景は壮観であると同時に馬鹿馬鹿しいとも思えるものだった。建造物の壁面や屋根が全て金色に見えるのはおそらく錬金術の産物である黄金が使われているのだろう。
ただ金は重く柔らかい金属だから建材として見れば最悪に近いチョイスだ。形状的に石材で建てた建造物の表面を金でコーティングし、環境耐性を上げているのだとは思うけど……。
これだけふんだんに金が使われているのなら、確かに金貨には石ころと同程度の価値しかないと言われても納得せざるを得ない。
たぶんアケトアテン国の存在は周辺諸国の貨幣体系にも多大な影響を与えているんだろう。欠席超過で単位が危ないとはいえ商学部の学生である僕としては、金そのものよりも錬金術という技術がこの世界の市場経済に及ぼす影響に興味を持たざるを得なかった。
そして……この愚かしくも荘厳な光景を目にすることが出来ないまま、志織さんがこの国のどこかで暮らしているのだとしたら。僕には転移の女神が悪意を持って彼女をここへ送り込んだように思えてならなかった。
黄金色に輝く街へ出た僕はあまりの金ぴかぶりに頭痛を感じつつ、志織さんの手がかりを探すことにした。と言ってもさすがにスマホの画面を見せて「この子を知りませんか」と問うて回る訳にもいかない。
今のところ僕が知っている彼女の情報は黒髪で顔立ちの整った日本人の少女であることと、盲目であることぐらい。そして残念ながらエセルニウム王国で斎藤君を見つける際に役立った、黒髪という手がかりはここではあまり役に立たなさそうだった。
なぜなら、アケトアテン国の人々は西洋風の白人ではなく、どちらかというとアラビア系のように見える顔立ちだったからだ。
民族的に白人系よりはアラビア系の方が僕達アジア系にある程度見た目が似通っている。例えば髪の色については道行く人の6割ぐらいは黒髪で、残りも濃いブラウンだ。
肌の色も黄色人種と比較すると若干色黒ではあるけど、もし志織さんが日差しの強いアケトアテン国で1年暮らしていたのなら、彼女も日焼けして似たような肌色になっている可能性がある。
顔立ちについてもここの人達は彫りが深いから確かに日本人とは少し違うけど、以前何かの映画で聞いたことのあるフレーズである「平たい顔族」の少女を知りませんか、と問うてもおそらくここの人達には通じないだろうし。
となると僕が志織さんを探せる唯一の手がかりは盲目であると言うことだけだ。しかし街中で盲目の少女を知らないかと聞いて回ると不審人物だと思われかねない……。
なので僕はまずこの街の診療所や薬師を探し、目病の治療レベルを確認しつつ目の不自由な少女がいないか聞いてみることにした。




