#3
「ありがとう、如月君。それじゃあ私は御門の準備をしておくから、貴方達も手短に準備を済ませて来てね」
「あ、はい」
そう言うと榊会長は作戦室を出て行った。会長の言う「準備」とはもちろんマナの補充の事だけど、第三者から督促されてキスをするというのはどうも面はゆいというか違和感がある。
もちろん僕と麗奈は自他共に認める恋人同士だし、レーナだったころの彼女とはそういうことも済ませている訳だけど……。
無言で僕を見つめる麗奈に、思わずレーナの美しい肌を思い出してしまう。……そんな僕の内心の動揺を余所に、麗奈は静かに口を開いた。
「この子、とても綺麗だね」
「……そうだね。たぶん大人になるとかなりの美人になるんじゃないかな」
「悠斗の馬鹿」
どうして同意しているのに非難されるんだろう。肉体的な成長を魔術儀式で止めている麗奈にとって「大人の女性」というのはなりたくてもなれない存在なのかもしれないけど。
いや、もちろん彼女が言いたいことはそんなことじゃないというのは、いつも朴念仁だと言われる僕にだって判る。
「悠斗、志織さんを殺せるの?」
ディスプレイに表示されたままになっていた、高坂志織という少女の写真を見ながら、麗奈はストレートにそう聞いてきた。
彼女を殺せるかどうかという問いは、僕にとって極めて難しいものだ。単純に物理的な可否であれば、おそらく殺すことは出来る。しかし心理的には寄る辺ない彼女を殺めることは難しい。
けど、もし彼女が世界の破滅を導くような選択をするのであれば――。
「殺さないといけない状況なら、そうするよ」
僕の答えに麗奈は表情を曇らせると勢いよく抱きついてきた。胸に顔を埋めながら、小さく呟く声が聞こえる。
「ダメだよ、悠斗。悠斗は成したいことを成すべき。したくないことはしないで」
「勇者狩りは僕の好悪の情で行う事じゃなくて、しないといけない……義務だから」
「……私がマナを補充しなかったら、悠斗は勇者狩りにいかない?」
「今回は死亡確認が前提だろ?いざとなったら魔法無しでもなんとかするさ」
「悠斗の馬鹿」
もちろん、麗奈は意地悪でそう言っている訳ではないことは判る。彼女は僕が志織さんを殺すことになって、その事で心に傷を負うことを心配してくれているのだろう。なにせ麗奈には僕が初めて人を殺した直後の醜態を見られている訳だから。
「大丈夫だよ。もうアダンの森の時みたいに取り乱したりはしない」
「1週間ぐらい、ずっと死にそうな顔してたのに」
「まぁ、それはそうだけど……」
僕が初めて殺した相手は森に潜み旅人を襲う野盗だった。レーナと2人、仲間達と別行動している最中に襲撃を受けた僕は、レーナを守るため咄嗟に放った魔法で野盗を殺めてしまった。
思わぬ殺人に当時は随分と心を痛めたけど……最終的には僕も立派な人殺しとして、襲い来る盗賊や暗殺者を良心の呵責無く殺戮できるようになった。無差別に人を殺めていた野賊と、多くの賊を手に掛けた僕にどんな違いがあるのかと悩むことも無く。
だから……たぶん、今回の事も済んでしまえばただの通過儀礼になるのだろう。
「悠斗、勇者狩りは勇者を殺す任務じゃない」
「判ってるよ。連れ戻すことが最優先、相手を殺すのは次善策だろ」
「違う。最優先は……悠斗が無事に帰ってくること」
そう言うと麗奈は背伸びをして、そっと僕に口づけしてくれた。
その後、僕達は無言で御門の間へ向かった。前回同様、鳥居に接続された冒涜的なコンソールについて操作を行っていた榊会長は僕達の方をみて一瞬、眉をひそめた。僕と麗奈が無言だったことで何か問題が起きたのかと思ったのだろうか。
「『準備』はできたかしら?」
「はい。問題無く」
「そう。じゃあ今回の転移先について判っていることを説明していいかしら?」
「お願いします」
どうやら榊会長は僕と麗奈の間の事には立ち入らないと決めたらしい。まぁ今は時間が惜しいから仕方ないだろう。
手を動かしながら会長が要点をかいつまんで説明してくれた所によると、転移先の座標を探ることが出来る「八咫鏡」――もちろんこれも日本古来に伝わる、あの神器だ――に映し出された転移先の光景は多数の人物が定期的に写り込む室内だったらしい。
人々の歩行速度や動作速度を解析することで35.1という時流係数が計測され、さらに映し出された人々定期的な行動パターンから昼夜に関連した動き……つまり何らかの儀式か労働が行われている場所だと推測されたそうだ。ただ問題はその人々の格好だそうで……。
「典型的な錬金術師……ですか?」
「ええ、異世界からの帰還者である分析官が言うには。私にはどう典型的なのかさっぱり理解出来なかったけど」
そう言って榊会長が見せてくれた画像は、八咫鏡に映った映像を静止画にしたものらしいけど、映し出されている人物の姿は確かにかなり特徴的だった。
革を主体にした少し汚れたコートの様な衣装を羽織り、腰回りにはいかにも使い込まれた感のあるツールや怪しい色のポーションがぶら下がったベルトを巻いている。
手は煤けたような跡が見える長手袋だし、ゴーグルを首から提げている人も見受けられる。
「夢那センパイ、これは確かに錬金術師」
「まぁ弓月さんがそう言うならそうなのだろうけど……。私には技術者と学者のハイブリッドに見えるわ」
「まぁ、錬金術師という存在自体がそういうモノですから」
僕も麗奈……いやレーナも錬金術師の知り合いがいるし、それ以前にレーナは元の世界で少しだけとは言え錬金術を学んでもいた。
でも現実世界では錬金術と言えば詐欺師の別称のような扱いだから、リアリストな榊会長からすれば「典型的な錬金術師の格好」と言われてもピンとこないのだろう。
しかし召喚者が錬金術師というのは少し違和感がある。通常、勇者召喚は魔法によって行われるもので、半ば技術者である錬金術師が担当するとは考えづらいからだ。もしかすると僕たちの世界のように、科学、あるいは魔導技術的な方法で召喚を行っているのかもしれない。それはつまり……。
「この様子だとポーション開発や魔道技術が発達している世界かもしれませんね」
「たまには私達も何か異世界から奪い返したいところね。弓月さんが錬金術を扱えるなら、如月君にレシピやサンプルを持ち帰ってもらおうかしら」
「私、初心者だからプロのレシピを貰っても無理」
「まぁ、余力があれば何か持ち帰るようにします。なにせそれは僕にしかできないチートですから」
うん、他の狩人には出来ない世界を越えたアイテムの移動こそが僕の唯一のチート能力だからね。そんな事を言っている間に、室内の鳥居に前回と同じく黒い空間の穴が形成された。
榊会長が言うには転移先の世界と現実世界の間に流れる時間経過があまりにも不均衡なので、八咫鏡に映る映像にタイムラグが生じている可能性があるらしい。こちらで把握している現地時間はよるだけど、現地の時間が昼なのか夜なのかは行ってみないと判らないそうだ。
前回のエセルニウム王国のようにこっそりと侵入できる確率が1/2というのは少々不安ではあるけど、こればかりは仕方ない。なにせこの先は現実世界の35倍の速度で時間が流れる異世界だ。
今回は異世界で多少ゆっくりしても欠席回数があまり増えないことに少しだけ安心しながら……僕は2度目となる「女神への反逆」へと向かう。




