#1
「おお、誉れ高き勇者よ!よくぞ魔王ゴルハムンノスを討伐してくれた!お主の働きにより、我らがエセルニウム王国に正義と平和がもたらされた!」
豪華に飾り付けられた玉座の前で、豪華絢爛としか表現しようのない衣装を纏った壮年の国王が両手を広げ集まった貴族達へと……そして何よりも王の前に立つ若い男性に向かって高らかに告げた。
ここはエセルニウムという名の王国で、場所は王国の中心にある王城、謁見の間。人類が魔王との戦いに勝利したことを祝すと共に、魔王を打倒した「勇者」に対して王が謝意を述べ恩賞を与える……いわゆる良くある大団円の一幕だ。
王をはじめとした王国側の人間は皆、いわゆる欧州系の特徴をもつ人間種族の人々で、白い肌に金髪や銀髪、薄いブラウンの髪の者ばかりだ。だが、王の眼前に立つ勇者だけは違う。彼の髪は人目を惹く黒髪で、肌の色も他の者よりずいぶんと色が濃い。有り体に言えば黄色人種。いや、より正確に表現するならいかにもな「日本人」だ。
僕が王座の間を見下ろしながらそんな事を考えている間にも王の演説は進んでいた。話の流れ的にどうやらこれからが本番、勇者に対する「恩賞」が発表されることになるようだ。
勇者の言葉を聞き逃さないように、僕は神経を集中する。
「――よって、勇者タカアキ・サイトウに侯爵位を与え、我がエセルニウムの栄えある貴族として迎え入れる。また、タカアキには我が娘である王女、エレオノーラを妻として娶らせるものとする。勇者よ、今後も我らがエセルニウムのために尽力してはくれまいか?」
さぁ勇者くん……約束を果たして貰う時だ。彼の言葉を見極めるため、神経を集中して僕は彼の答えを待つ。
勇者タカアキは勿体ぶるように周囲を見回し、笑みを浮かべて言った。
「もちろんです、陛下。謹んでお受けいたします!私はこれからもエセルニウム王国の剣として、盾として人々を守る事を誓います!」
参列した貴族達が、勇者の答えに万雷の拍手を送り、王の横に控えていた美しい王女は少し頬を赤らめると勇者に寄り添った。どうやら純粋な政略結婚という訳でもなく、王女様もまんざらではないように見える。そして勇者タカアキもまた、満面の笑みで歓声を上げる貴族達に手を振っていた。
そんな様子をみて、僕は思わず嘆息した。
――やはり君は僕の「信用」を裏切ったんだね。
勇者が意図的に約束を違えたことがこれで確認できた以上、僕がすべき事は一つ。狙いを定め、詠唱したままホールドしていた「貫く魔弾」を放つ。
音速に達する不可視の魔力弾は短い距離を一瞬で飛び、そして――。
勇者の額に大きな穴を穿った。
血と脳漿をまき散らし、吹き飛んだ勇者の身体は玉座の背後にある石壁に叩き付けられる。この世界には魔法こそ存在しているけど、その魔法体系の中に死者復活の術は存在していないことは確認済みだ。
つまり、勇者タカアキ・サイトウは今、確実に死亡した。
勇者を狩る者である、僕の手によって。
勇者狩りの物語を始める前に、少しだけ僕のことを語っておく必要があるだろう。
僕の名前は「如月 悠斗」。友人達にはユートと呼ばれている。
19歳の大学生で、純然たる日本人。中肉中背で顔も平凡。眼鏡を掛けているぐらいしか印象に残らないと言われることもある。学業成績もさして優秀では無く、偏差値50程度の中堅大学の商学部になんとか滑り込んだ程度だ。運動も得意ではなく、目立った趣味も、特技もない。
自分で言うのもなんだけど、どこにでもいるモブ大学生というのが僕の自己認識だ。
そんな僕が何故魔法を使えるのか?
それは……僕もまた、「勇者」の1人だったからだ。
そう、勇者だ。
異世界に召喚され、その世界を救うため、女神に与えられた力を振るう者。
僕はかつてグレイランスと言う名の異世界へ勇者として召喚され、長い戦いの果てに世界を闇に包もうとしていた魔王を討伐した。そして、その結果として……僕の元いた世界――現代日本が存在する、現実世界――に多大な損害を与えることになった。
その償いをするために、僕は「勇者」から「勇者狩り」へと転身し、異世界へと転移した勇者を狩る任務に就くことになった。そして、その最初のターゲットこそが彼、勇者タカアキこと斎藤 孝明。17歳の日本人で、高校生だった彼というわけだ。
突然の惨劇に混乱を極める王宮から、欺瞞の外套の魔法を使って脱出しながら、僕は今回の任務の発端を思い返していた――。
昼食後の3限目は睡魔に襲われることも多く、どうしても集中できない時間帯だ。教室前方の大型モニタにスライドを投影しながら教授が喋っている講義内容がまるで子守歌のように聞こえる。
今年は訳あって何週間か講義を休んでいるので、ちゃんと出席して講義を聴いておかないと単位が危ないことは判っているけど……それでも生理現象には抗えなかった。
自分でもうとうとしているのが判る半覚醒状態を強制的に終わらせたのは、ポケットの中で振動するスマホだった。突然の振動に目覚めた僕は、スマホを引っ張りだし、誰からのコールか確認する。画面に表示されていた文字は……「榊会長」だった。
慌てて先ほどまで突っ伏していた教科書を鞄にしまい、教室の外へ飛び出す。講義中で人気の無い校舎の廊下を進みながら、コールを受けた。
『随分と時間がかかったようだけど』
「すみません、講義中だったもので」
『……そう。悪いのだけど「案件」よ。作戦室まで来てくれる?』
「……ついに、ですか」
『ええ。ごめんなさいね、まだ「総合学部」と関わり始めたところなのに』
榊会長の言葉に思わず苦笑いしてしまう。異世界転移はいつも唐突だと聞く。僅かでも時間の猶予と心の準備を整えられるだけ恵まれているのだ、と僕の指導係も言っていた。
僕が無言でそんな事を考えている間にも榊会長は言葉を続けていた。
『対象のデータはメールで送付したわ。こっちへ来るまでにざっと目を通しておいてくれる?』
「わかりました。では後ほど」
通話を切り、スマホの画面を確認するとメールが1通届いていた。タイトル無し、本文無し。ただ暗号化されたファイルが添付されているだけ。
僕は学籍番号――学生証に記されているものではなく、つい先月与えられた、入学時に与えられたものとは番号体系が異なるもう一つの学籍番号――を使ってファイルを復号化する。表示されたのは、経歴書のようなものだ。
「斎藤孝明、17歳。東京都葛飾区出身、都立高校3年生……か」
経歴書に貼付された写真には、僕よりも二つ年下のまだどこかあどけなさを残す顔つきに少し緊張した表情を浮かべた青年が写っている。制服姿であるところをみると、学生証か何かの写真を使っているのだろうか。
ともあれ、この斎藤君が……僕が最初に狩る「勇者」ということらしい。
総合学部の教室群はキャンパスの中央にそびえ立つ大学の本棟上層階に存在している……と言うことになっている。実際には本棟の上層階に置かれているのは、総合学部の活動をカムフラージュするための偽装施設であり、実際の本部はキャンパスの地下に存在していることは関係者以外には知られていない。
総合学部行きのエレベータに乗るためには警備員が常駐したゲートをくぐり、学生証によるIDチェックを行うセキュリティドアをくぐる必要がある。そしてエレベータ内部で掌紋と光彩の走査を受けながら氏名を名乗り、声紋チェックを受ける。
ここまでが完了して初めて、エレベータを地下へ降ろすことができる。実に面倒な仕組みだけど、総合学部に所属している学生や職員の殆どは施設で寝泊まりしているので、一連の儀式を経るのは特別な事情があるときに限られるらしい。
エレベータが地下3階に到着し、扉が開く。地下とは思えない自然な照明に照らされた廊下に、1人の少女が腕組みをして立ってた。
「悠斗、遅い」
「講義中だったんだよ。これでも急いで来たんだ」
「総合学部に転学部したらいいのに。誘われてるんでしょ?」
すこし不満げな声でそう言ってきたのは、見知った顔。深い藍色の瞳にピンク掛かった長い金髪。背は僕よりも随分と低く、ビスクドールのような、と評される事の多い整った顔立ちの彼女は――。
「麗奈、急ぎなんだろ?こんなところで油売ってたら会長に怒られるよ」
「それもそうだね。行こう、悠斗」
彼女の名前は弓月 麗奈。総合学部に所属する学生であり、そして……僕のパートナーだ。
彼女と僕が出会ったのは異世界、グレイランスでの事だった。そこでの彼女はレーナ・ユーリウスという名の巫女姫で、僕の冒険を支えてくれた仲間であり、そして僕のことを愛してくれて、僕が愛した女性でもある。
僕が異世界から自分の世界に戻ることが出来たのは彼女のおかげだし、その後僕を追ってきてくれた――というか、実は僕が異世界に召喚される前から「麗奈」とは面識があったんだけど――彼女と僕は今も一緒にいる。
一言では説明できないけど、そういう不思議な縁で結ばれた相手で、今回僕が初めて赴く勇者狩りにおいて彼女のサポートは欠かすことが出来ない。
そんな麗奈に手を引かれ、僕は未だ完全に把握できているとは言えない総合学部の地下校舎を進む。目指しているのはブリーフィングが行われる作戦室だ。
途中、すれ違った総合学部の学生や職員達に軽く会釈をしながらたどり着いたのは施設の奥にある一室。生体認証で扉を開き、入室した作戦室の中には独りの女性が僕達を待っていた。
「如月悠斗、到着しました」
「講義中にごめんなさいね。資料は読んでくれたかしら」
「はい、会長」
そう言って微笑むのは長い黒髪が印象的な和風美女……僕をサポートしてくれるミッションオペレーターでもある榊 夢那先輩だ。彼女は僕よりも2つ年上で、ここ御門大学の筆頭理事の娘でもある。そして僕と麗奈が出会うきっかけとなった「研究会」の会長でもある。
「ここでは会長ではなく夢那と呼んで欲しいと言っていたと思うけど?」
「ごめんなさい、それは無理です」
うん、榊会長は凡庸な僕から見れば立場的にも美貌も能力的にも「高嶺の花」としか呼びようのない存在で、まかり間違ってもファーストネームで呼べる相手ではない。それに今は呼び方よりも大事な事がある。
「それで、『案件』についてですが」
「……そうね、まずそちらの話からしましょうか」
案件とはすなわち、異世界転移。召喚もしくは転生によって、現代日本から人々が異世界へと連れ去られる現象だ。
一般社会にはこれら異世界への連れ去りについての情報は開示されておらず、ごく一部の……政府の限られた部署や警察幹部、自衛隊の幕僚のみに知らされている、世界の裏側に関わる機密事項だ。僕がこの案件に関わるようになった理由は極めて単純なことだ。
そう。僕、如月悠斗もまた、異世界へと連れ去られた経験を持つ「勇者」の1人だからだ。




