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2026/01/01 06:05

歩道橋をゆっくりと登る。


彼女は、明は、東京タワーに照らされながら歌っていた。


欄干に腰掛けながら、足をぶらつかせながら。


明は僕に気付いたみたいだったが、そのまま歌い続けた。


彼女は東京を歌っていた。

その歌声は凛としている反面、切なさを含んでいた。歌詞もどこか、明るいものというよりは、湿りが感じられるものだった。

ただ、ただその中には現状への抵抗の意思も含まれている歌だった。


その歌に僕もただ耳を傾け続けた。


歌が終わる。


互いに無言で東京タワーを眺めた。

彼女と同じ視線でそれを見たくって、少し不安になりながらも欄干に腰をかけた。


「僕は」

「私は」


重なり、再び沈黙が生まれる。


「私が先ね」


彼女から沈黙を破った。


「さっきは言い過ぎたよ、ごめん」


視線こそ合わせないけど、きっと本当にそう思ってくれていることが伝わってくる。


「いや、俺こそ急に叫んじゃってごめん」


また沈黙が訪れる。

ただ、これはどこか心が落ち着く沈黙だった。


「よし! 互いに謝れたから、私の夢を教えてあげよう!」


東京タワーも見えたことだしね。

そう、彼女は付け加えながら。


「歌手」


実はさ、東京に来てオーディション受けたんだとと続ける。


「オーディションではうまくやったんだよ。自己ベストだと思った」


けど。


「けど、それが周りと比べて低レベルだったんだ、自分でもわかるほどに」


んで、オーディション終わって泣きながら東京ぐるぐるしてたってわけ。

苦笑まじりに明は話す。


「重い過去とかあるとか思ったでしょ?

ないんだなこれが!

いつからか、ただ焦がれているだけ。

やりたいからやるだけ。

いつからかその欲求が刻み込まれてだけ!

何か運命的なものがないとやっちゃだめなの?

大切な人との約束、亡き人との思い出、そういうのがないとだめなの?

やりたいっていう気持ち一つだけ握っていけばいいんじゃない?

悲劇も喜劇も、何もなくなたって夢を追えばいいんじゃない?

それくらいの歩幅で、歩くような速さで」


そんで、今はただ東京の音楽会社に突撃しまくってヘロヘロになった高卒無職なのだ!

あまりに堂々としてて、少し笑ってしまった。


「叶うよ」


そんな彼女に対して、真剣に言う。


「根拠もないくせに……」


顔を伏せながら君は呟く。


「根拠なら、ある。僕が君のファン1人目になったからだ」


「……はぁ? キモー」


「えぇ」


「ふふふあはははは!」


深呼吸して彼女は本当の笑顔で言った。


「ふふ、ありがと! 一人ファンがいれば無敵だね!」


二度と明けないと思っていた夜が、明け始める。

朝焼けに照らされた彼女の笑顔は見つめていられないくらいに美しくて。


「……どうも」


今度は僕が顔を伏せる。


「色々と悩んだけど、だめだ、やっぱりわたし、表現したいよ」


渋谷の交差点でで歌い切ったことを思い出しながら彼女は、涙を浮かべた笑顔でそう言った。


明は開けっ広げに自分のことを語る。

それを聞く内に僕の中でなりたい何かを思い出していく。


「僕は、」


吐き出すように、ゆっくりと言葉を出していく。


彼女は無言で先を促してくれる。


「僕は、今いる場所が重い水の中みたいで、うまく呼吸ができない気がする。

そこが正しい場所だって雑に結論づけて、本当にあるべき場所を見つける努力を怠ってきたんだ。

皆んながそうだから、皆んながやってるから。

そんな何の役にも立たない価値観、同調圧力に押されて無駄な生き方をしてきた」


やっとだね。


「やっと、言ってくれた」


うんうんと彼女は頷きながら聞いてくれていた。


白黒だった心に色彩が戻り始める。

心に呼応するように世界の空も色を取り戻し始めていた。


「俺は挑みたいよ、何なら灰になるほどに焼き尽きたい。

例え何も掴めなくても、何者にもなれなくても、挑まない人生だけは嫌だ」


朝焼けに照らされながら吐露していく。


「初期衝動、なんだ。

もう理由なんか覚えてもいないけど。

今では傷や汚れが幾重にも付いた初期衝動。

それでも、あの時灯った火を消したくない。

死ぬまで、死んでも。

それが自分の存在理由だから。

それは最上の幸せだと思うから」


実はさ、僕も大学卒業して就職もしないで、東京を深夜ふらふらしてる無職なんだけどさ。


ボソリとありのままを話してしまう。


「あははそうだと思ったよ! 同じ匂いしたんだよねー」


明は笑いながらやっぱりなーとか言ってる。


何か最初から雰囲気でバレていたんだろうか……。


「ふふ、ははは!」


あー笑った!

明が面白そうに見てくる。


いろんな感情が混ざり合い、笑って泣いてそれを繰り返していた。

もう、何も隠さなくていいんだと世界に言われたような、そんな安堵感の中で。

明もつられたように泣き笑いをしていた。


いつの間にか、東京タワーの光は消え、代わりに東京の朝が僕たち2人を祝福するように照らし始めていた。


はるか上空には、鳥たちの群れが朝焼けのグラデーションに譜面を刻むように飛んでいる。


「そろそろ行こうか」


明が欄干から降りる。


「ああ」


僕もゆっくりと歩道橋に足をつける。


「1年後!」


明かりが元気よく言う。


「1年後にまたここで会おうよ! その頃にはお互いちょっとは進めてるでしょ?」


そうよね?

そんな言葉が続いて聞こえてくるような笑顔で先を促す明。


「ああ! またここで!」


互いに笑い合い、手を振り、そして歩道橋の別方向へそれぞれが再び進み出す。


振りむきはしない。

振り向いてしまったら今夜の出来事が、彼女自身が夢だったことになりそうで。

再会するのは1年後。

東京タワーが見えるこの交差点で、また。

そう力強く心に決め、1歩目を刻む。


その瞬間、再び世界が動き始める。

人の喧騒、車の行き交う音、電車がホーム入ってくる音。


動き出した世界。

僕と明。

夜と朝。

その真ん中で、東京タワーだけが僕ら2人を最後まで見守っていた。


駅に入り、朝焼けの人がまばらな駅のホームで電車を待つ。

スマホを取り出す。

時刻を見ると、止まっていた日付は動き出し、新しい日付を刻んでいた。

そのままメモアプリを起動させる。


タイトルか。

そうだな、タイトルはーー


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