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2025/12/31 23;55

その夜、世界中から人が消えた。


――たった2人だけを東京に残して。


今日はここからにしよう。


新宿。


大晦日の中、駅へと向かう人たちとは逆方向にゆっくりと歩いていく。


都庁下の薄暗い道を人工的なオレンジ色の照明に照らされながら、足元の段ボールを避けて進む。


寒さが身に染みる。

時間は深夜0時になるところだった。

雨が上がった直後だからか、地面から冷気が伝ってくる。


……コンビニう寄ろう。


買ったばかりの缶コーヒーを両手で転がしながら進んでいく。


ここ最近の日課である深夜徘徊、もとい夜景を楽しむ散歩。

今日も当てもなく彷徨う。


人を避けるように薄暗い高架下へ吸い込まれるように進んでいく。

薄暗い中、白色の電光だけが先を照らす。


その道の真ん中、暗闇と光の折り返し地点。


女性が1人、佇んでいた。


普段なら極力人と関わらないようにする僕だ。

だが、この時は少し違った。


雪だと思った。


白色の電灯に照らされる人影は、どこか儚く今にも消えそうな雰囲気を纏っていた。

銀色の髪が赤いコートの肩に少し触れている。

黒いスカートからはすらりとした足が伸びていた。

その美しい姿も相まって儚さを感じたのかもしれない。


その雰囲気に飲まれて、最初はその事に気付かなかった。

よく見ると、その少女は両手で顔を押さえていた。


泣いてる、のか……?


声をかけようか逡巡する。


深夜に男が少女に声をかける絵面はどうなのだろうか。

保身と少女への心配が天秤に乗る。


――結果。


まだ僕の心には誰かを心配できる余地があったようだ。


「あのーー」


勇気を振り絞って声をかけようした瞬間。

少女の頬から伝った涙が、冷え切った地面へ落ちた。


――無音。


全ての雑音が消えた。

街の喧騒も、高架下を通る風の音も、呼吸の音すらも。

いや、世界全体が息を止めたかのような錯覚を覚えた。


頭がクラクラする中、周りを確認したが特に先ほどからの変化はなかった。


僕は戸惑いながら、辺りを見渡していると少女の方から声をかけられた。


「……誰?」


少し顔にかかった銀髪の奥から少女の気の強そうな目が僕を射抜く。

すでに涙は手で拭い取られ、代わりに目の下が少し赤く腫れていた。


「いや、その、大丈夫かなって」


自ら近づいたくせに、おどおどしてしまう自分の悪癖に腹が立つ。


というより、やっぱりこの状況って通報されるか……?


そんな風に不審者丸出しのオーラを出す僕に少女は自分から再び声をかけてきた。


「別に、大丈夫だけど。それより誰? 私に用?」


警戒心が籠った声。

その中に若干の八つ当たり感があるように思えた。


確かに、まだ質問に答えていなかったことに気付く。


「ああ、ごめん。僕はこの辺りに住んでる黎っていうんだけどさ。散歩してて、君が泣いているのを見つけてつい」


いつもの癖で謝罪から入ってしまう。


「泣いてない!」


言い終わる前に少女から否定の言葉を浴びせられた。

だいぶ感情的だな……。


「それに、私は君じゃなくてメイ」


明智光秀の明!

補足で漢字まで教えてくれる。


付け足す例えが独特で戸惑う。


強気な自己紹介をされた。

今度は敬語に戻ったな。


礼儀正しいのか、幼いのか。

彼女はその間にいるように感じた。


「そ、そう……。ごめん、明さん」


おどおどしながらも名前を呼んでみる。


「別に……。私も言いすぎた。あとさんはいらないから、あんたの名前は?」


「えっ、僕? 黎で、す」


なぜか緊張する。


「あっ、漢字はれいめ」


ぐう。


説明の途中で可愛い音がした。


ん?

今のは……。


1人で冷や汗をかいていると、明さんは僕の持ったコンビニの袋に目を奪われていた。


「……食べる?」


明さんはハッとした表情で僕を見た後、すぐに顔を伏せこう言った。


「……食べる」


食欲には、素直だったようだ。


*****


――10分後。


近くの公園まできた。


もぐもぐと頬張る明さん。


先ほどの強気な表情ではなく、年相応の表情で目の前の餡饅を食べている。

その姿はハムスターかリスを連想させた。


コンビニで買っておいて良かった、のか?


……まあ、いいか。


目の前で美味しそうに食べる明さんを見て思った。


それにしても、最初は綺麗だけど近寄りがたい雰囲気を出していたけど。

それとは別に、可愛さも垣間見えてきた。


「美味しい?」


聞いてみる。


「ほいひい」


美味しいのは伝わった。


「むぐ!」


勢い良く食べたせいで喉に詰まったらしい。


「ほら、これ飲んで。落ち着いて食べな」


同じくコンビニで買った缶コーヒーも渡す。


「んっ! ごくごく……」


飲みっぷりも良かった。


どうやら明は飲み込めたようで、ふぅと一息ついた。


そろそろいいかな。


僕は意を決して、聞いた。


「明さ」


言いかけてジロリと見られる。


「……明、君はなんでこんな時間に?」


泣いてた理由までは聞かないようにした。


「……夢を追いかけて」


……。


「え?」


言ってる言葉は分かるが、内容の理解に脳が追いつかなかった。


「だ・か・ら! 夢を追いかけて東京まで来たの!!」


明の情熱と勢いに飲まれ、たじろぐ。


「ゆ、夢って?」


たじろぎながらも、さらに聞いてみる。


「それは……」


明は間を置いて、話そうとする。


――空気が変わる。


東京の夜景の手前、公園を囲む木々がざわつく。

しんと冷えた冬の空気が立ち尽くす2人を撫でて通り去る。


東京に照らされてもなお、それに負けないように輝く星も2人を見守っている。


言葉の先を促そうと、口を開く。


「それは?」


痺れを切らして聞こうとした瞬間、明が口を開いた。


「それは、東京タワーまで案内をしてくれたら教えてあげる!」


「え?」


あー、渋谷も行きたいな!

そんなことを言いながら、すでに彼女は意気揚々と歩き出していた。


「あ、ちょっと!」


僕は彼女のペースに飲まれて、追いかけることしかできなくなっていた。


この時、僕はまだ知る由もなかった。


彼女の夢も。


互いに本当の意味で進み始めたことも。


――そして、公園の外に広がる一切の音が消え失せた東京の街並みも。


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