第十一話……モンスター討伐には成功したんだが……
一番口から奥に進んで十分ほど経った頃、また出てこないのかと思い始めた矢先に、ようやくモンスターが現れた。洞窟Bで最も強いとされる『トリプルテールミラージュマジックレインキャットフラッシュ』だ。同じ複数尾持ちでも、『ツインテールインヴァイツウルフ』とは、まさにレベルも系統も違う。
この猫は必ず単体で現れ、その名の通り、小柄ながらも三本の尻尾から同時に三種類の魔法の雨を降らせてくる。近づこうとしても素早く遠ざかり、一定距離を保ちながら魔法を放ち続ける。
しかも、洞窟内でも平気で炎魔法を連発してくるので、洞窟内の気温が急上昇し、冒険者は熱中症で死に至るか、あるいは酸素不足や煙により、窒息死してしまう。その一方で、この猫は全く平気な顔をしているという、本当に生物なのかと疑いたくなる厄介さだ。黒猫がほとんどらしいが、他の色の個体も存在するらしい。白猫だったら、洞窟内でも見つけやすいんだがなぁ。
それはともかく、狼と違い、尻尾を切ってもすぐに再生する。と言うより、『ミラージュ』よろしく、尻尾には実体がないと言った方が正しい。
外見はかわいいのに、冒険者にとっては凶悪極まりないヤツで、『地獄の黒猫』とも呼ばれている。
とは言え、ママが付けた名が示す通り、コイツにも弱点はある。すでにディーズがそのための魔法の詠唱を始めていた。
それを確認した俺は、ビーズ達と一緒に猫に向かって走って行く。
全員がディーズよりも前に出ると、猫の尻尾が魔力を纏って魔法を放つよりも前に、彼女が魔法を放った。
すると、洞窟内が眩い光に一瞬で包まれ、猫が魔法をキャンセルしたことが分かった。
当然、俺達は光が背中越しなので、反射光があっても、それほど眩しくない。
つまり、こっちがフラッシュアイのトロールになったのだ。
猫の目が眩んでいる間は、魔法を使ってこない。まさに、『猫目』の弱点を突いた形だ。ただ、その時間は非常に短く、二秒弱。それまでに倒さなければ、近距離で魔法の直撃を喰らってしまう。
そこで、猫が素早く洞窟内を飛び回ることを想定し、予め俺とビーズとシーズで散らばりながら追い詰め、一番近い者が倒すという算段にした。
そして、どうやら俺が一番近くになったようなので、剣を一閃、首と胴体を切り離して、『トリプルテールミラージュマジックレインキャットフラッシュ』の討伐に成功した。
これまでで唯一、魔法がなければ、どんな達人でも苦戦を強いられるモンスターだった。そういう意味では、洞窟Aのモンスターよりも詰む可能性がある。
「先程のバクスの一閃、簡単に見えても他者には到底真似できるものではありませんでした……。私であれば、絶好のチャンスにもかかわらず、何回か剣を振るった後に取り逃がしています。それほどあの猫は素早く賢い。とてつもなく……。あの瞬間でさえ、フェイントを二回入れて、バクスを欺こうとしていました」
「どうだろうな。対峙した者にしか分からないこともある。ディーズもその状況になっていれば、何とかしていただろう。アイツのフェイント、と言うかフェイクも、目と尻尾の動きを合わせれば、実は五回だったが、傍から見たら俺でも難しかったさ」
「……。やはり、私はあの猫の動きを全て追えていませんでしたか……」
「全てを追う必要はない。『点』としてではなく、『線』の動きを捉えさえすればいい。まぁ、Aランク相当の冒険者には言うまでもないか」
「私はまだ……」
「分かっている。でも、俺は過大評価だとは思ってないぞ。冒険で重要なのは、パワーやスキルじゃない。判断力と対応力、それを裏付ける知識だ。俺だけが言ってるんじゃない。ママだって、そう言ってるんだ。
ディーズはもっと自信を持っていい。そうじゃないと……いつか死ぬぞ」
俺は、あまり言いたくない言葉を口にした。しかし、今後のディーズのためだ。もちろん、パーティーリーダーとして俺が守るから、ディーズが実際に死ぬことはないんだが、これを言っておかないと、覚悟がぶれて動きも散漫になってしまう恐れがある。それは、パーティー全体のためにならない。言うなら早い内が良い。ディーズなら、それを理解してくれるはずだ。
「…………。はい……」
「念のために言っておくが、落ち込まなくていいんだからな。あの三人に比べたら、月とスッポンだから。いや、比べるのも失礼か。
とりあえず、何かあっても俺が何とかするから、まずは開き直るぐらいが丁度良いかもしれないな。段階を経た方が良い、ということでもある」
「……分かりました。いずれにしても、洞窟Aに行くまでは、最低一週間必要ですから、昨日のことも合わせて、様子を見たいと思います」
『昨日のこと』とは、『だから怖いんですよ』と言っていたことか。今のこととは別なのか……。詳しく聞きたいが、今のディーズはそれを言ってくれそうにない。やはり、待つしかないか。それとも……。
「話しは済んだかな? もう一体だけ倒して終わりにしようか」
「ママ、気付いたことがあれば何でも言ってくれ。どんな細かいことでもかまわない。例えば、精神的な面とか……今後のパーティーに少しでも影響するのであれば何でも」
俺はママの助けを仰いだ。これが最も手っ取り早いと思ったからだ。
「……。それじゃあ、一つだけ言っておこうか。この際、『誰よりも前へ』に当てはまるかどうかは別にしよう。大事なことだからね。
これはバクスに関わりのあることだよ。パーティーリーダーとしての気遣いは当たり前だし、素晴らしいことだと思う。ただ、その気遣いは、時に人を追い詰めることがある」
パーティーリーダーの考え方について、まさか俺が指摘されるとは思ってもいなかったので、面食らってしまった。ママは一般的な言い方をしていたが、俺が悪いのか……? いや、そもそも『何かが悪い』のか……?
「ちょっと待ってくれ、ママ。状況がよく分からない。その言い方だと、俺がディーズを追い詰めていることになる。そうじゃなかったら、そこに触れないはずだ」
「バクス、それ以上は何も言わない方がいい。アンタの評価が『失望』に変わるから」
「っ……! な、何だってんだよ、一体! 説明してくれないと分からないだろ! それこそ、アンタがいつも言ってることだろ!」
「世の中には、説明しない方が良いこともあるんだよ。大丈夫だ、バクス。アンタならそれを理解できる。私が保証する」
「ずるいだろ、そんな言い方……。俺の怒りが瞬く間に霧散したじゃないか……」
「そこがバクスの良い所だよ。どんな時でも人の言うことを冷静に判断できる所がね。ただし……」
「それじゃあダメな時もあるってことか?」
「流石、バクス。ただし、それは『どんな時でも』にかかるんじゃなくて、『冷静に』にかかる。感情や勢いで判断した方が良いこともあるんだよ。対、人に関してはね」
「その判断、難しすぎるだろ……。全ての人間が論理的に考えてほしいんだが……」
「それなら、『人間』である必要がないでしょ。と言うより、その人にとっては、それが論理なんだよ。こっちには情報がないだけで。それに、私がいつも言ってるでしょ? 難しいから面白いんだよ。まぁ、冒険みたいに直接『死』に関わらないから言えることだけど」
「いや、痴情のもつれで殺し合いに発展することもあるし……」
「それは置いておくとして……」
「置いておくなよ! ったく……。まぁ、少なくとも怒ったのは悪かったよ。損するだけとか言っておきながらな。ディーズも、ごめん。俺のせいで空気を悪くして」
「い、いえ! 私は全然……。むしろ悪いのは私で……って言うと、話が堂々巡りになってしまいますかね」
「私もごめんね、バクス。あとでお詫びに、たっぷりと良いコトしてあげるから」
「まぁ、それはいいんだが……って、ああ……こんな時にモンスターが」
「丁度良いんじゃないですか?」
「サクッとやっちゃってよ、トリプルA確実と言われている、いつでも冷静な論理的思考のパーティーリーダーさん」
「ママ、今バカにした?」
「お、微妙に韻を踏んでて調子が出てるねぇ!」
「やっぱりバカにしてる!」
それから、俺達は無事モンスター討伐に成功し、Bランクパーティーに認定された。
ギルドに戻ると、リセラが言っていた通りの豪勢な食事が待っていて、『昇格おめでとうパーティー』がすぐに始まった。
クウラは肉団子を握ったそうだ。それにしては、形が全部綺麗だったな。やはり天才か。
ギルドメンバーも多く集まり、そのほとんどが夜遅くまで酒を酌み交わし、会は盛大に行われた。ちなみに、タダ酒というわけではなく、会費は各自の支払いだった。
それでも、みんなが俺達を笑顔で祝ってくれて、これがこのギルドの良い所だなと改めて思った。
あの三人は流石に来なかったな。余程、顔を合わせづらいのか。確かに、俺もアイツらの立場だったら来ないだろう。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
ママやセプト姉妹、ラウラも楽しそうに世間話をしたり、俺の話を捏造したりと、いつもとそれほど変わらない光景が目の前にあった。
そして、ディーズ達も同じく楽しんでいるようだ。
一方、俺はディーズの言葉に一抹の不安を覚えつつも、時が来れば全て解決すると楽観視し、何も考えないようにした。
しかし、その問題は思いも寄らない方向から噴出することになるのだった。
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