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青春讃歌  作者: 鍋谷葵
9/20

一人ぼっち

 合格発表の日は快晴だった。


 私は父とともに受験校に赴き、昇降口前に立てられた合格者名簿に目を向けた。試験当時の手ごたえ通り、ベニヤ板に張り付けられた模造紙に私の受験番号は印刷されていた。


 私は望んでいた青春への切符を手にした事実に歓喜を覚え、胸の前で大きくガッツポーズをした。


 歓喜に震える私を傍らで見ていた父は、心の底から嬉しそうな顔で「よかったな」と私の頭を撫でまわした。衆人環視の中、親からのスキンシップは思春期の私にとってひどく恥ずかしかった。


 だが、その羞恥も果報の喜びに塗り替えられた。


 受験生たちは、私と父と同じように喜んでいる者が大半で、惜しくも点数が足らなかった不合格者たちは嗚咽交じりの声を漏らしていた。


 私はその不合格者と彼らを慰める親たちに、最期の試合の終わりに涙した私たちを思い出した。


「そういえば河野君は?」


 不合格者にかつての悔恨を投影している中、父は思い出したかのようにそう尋ねた。


「そこらへんにいると思う」

「会わなくていいのか?」

「大介なら受かってるよ」

「なら、祝ってあげないとだろう」


 人ごみに向けて、父は私の背中を押した。父の言葉を原動力にすることは、思春期の心にはくすぐったかった。


 私は「ここで待ってるから」という父の言葉を背に彼を探し始めた。


 看板前の人ごみの中で、彼を見つけることは時間を要すると予測していた。


 だが、人と人との繋がりというのは奇妙なもので、彼を見つけるのに五分も必要としなかった。それは彼の容姿が、他の受験生と比較して目立っていたということも一つの理由だろう。


 右手に受験票、左手は学ランのポケットに突っ込んだ彼の視線は看板に向いていた。その横顔は受験当日の帰り道に見出した寂しさを纏っていた。

 私は「まさか」と、一瞬だけ彼を疑ってしまった。それは私に爆発的な動力を与えた。


「大介、結果はどうだった?」


 鬼気迫った調子で尋ねる私の様に、彼は目を大きく見開いた。


「合格だ」

「よかった……」


 表情一つ、感情一つ動かさず、彼は合格を告げた。


 私はその淡白な返答を聞くと、全身が弛緩した。


「疑うなよ。こんな試験で落ちるわけない」


 こちらの疑念を看破した彼は私を揶揄った。彼の顔に浮かぶ軽妙な笑みは、私の心をくすぐって喜びを増幅させた。


「受かるのなんて当たり前なんだよ」

「大介ならね」

「ああ、俺ならな」


 心躍っていた私の陽気な口ぶりとは対照的に、彼の声音は落ち着いていた。意外性が一切含まれていない高校受験の結末は彼の心を動かさなかった。


 不動なる彼の態度は、私が『天才』という像に抱いていた確固たる印象であった。それゆえ、彼が一人である意味を、そしてこの瞬間に纏っていた寂しさを私はくみ取れなかった。


 厚顔無恥な私は「一緒に手続きしにいかない?」と彼を誘った。


 彼は寂し気な顔に微笑を浮かべて「お前の親と一緒は嫌だよ」と、冗談交じりに拒絶し、入学手続き書類の配布を行っている昇降口に向かった。


 彼の言葉をそのまま受け取った私は、来た道を戻り、父とともに彼の消えていった昇降口に他の合格者とともに向かった。彼らのうち、合格者一人で書類を受け取る者は誰もいなかった。

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