像の上書き
元旦の昼。
私は田部さんと近所の神社に初詣に行った。
元旦ということもあって神社は人でにぎわっていた。人と人との間には甘酒の香りが漂ってて、立っているだけで酩酊状態になりそうだった。
そんな中でベージュのコートから覗く彼女の白い手は、寒さのために一層白く、けれども爽やかな新年の陽光にあてられて輝いて見えた。
彼女は手を摩りながら「乾燥してて嫌になっちゃう」と言っていたが、私はそれすら可愛らしいと思っていた。乾燥していて肌の調子が万全でなかったとしても、彼女は愛らしかったのだ。
日中、私は常に彼女と手を結んでいた。彼女の小さくて柔らかい手は彼女の言葉とは裏腹に滑らかであった。
「乾燥なんてしてないじゃん」
微かな悪戯心から私は彼女を揶揄った。
「ハンドクリームでケアしてるからね」
私のいじらしい悪意を捉えた彼女は目を細めて力強く手を握った。それは痛みを伴う強さであり、弱弱しいとばかり思っていた私の顔を微かに歪ませた。
「マネージャーなんだから力くらいあるよ」
意趣返しというように、彼女は悪戯っぽい笑みを私に向けた。
私はその笑みに、その力に、その肌の柔らかさに、それから甘酒の匂いを通り抜けて香ってくる季節外れの花の匂いに心が蕩けた。
彼女を抱きしめたいと思ったが、それをしたことによって生まれるだろう羞恥によってその欲求は押しつぶされた。
ただ、抱擁の代わりに私はより強く彼女の手を握った。
突然の圧迫に彼女は微かに顔を歪め、頬を赤らめ、笑って見せた。
「甘酒でも飲む?」
「飲みたい!」
心に浸透する温もりは照れ臭かった。体は赤熱し、頭はぼんやりとしたが、その根底には幸福があった。
私は私の手を引っ張って、人ごみをかき分け、甘酒の列に並ぼうとする彼女の小さな後ろ姿に心を奪われていた。そして、その情念はかつて私の心を支配していた彼という像を薄めてしまった。