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青春讃歌  作者: 鍋谷葵
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許されざる罪

 プラットホームに降りた瞬間、私は鞄の重みに気が付いた。歩みは止まりそうになったが、人の流れに任される体は勝手に動いた。


 改札を通り抜けて駅構外に出ると冬風が体に吹き付けた。体は凍え、足は一歩も動きそうになかった。


 かじかむ体は停滞を選んでいた。


 一方で心の方は贖罪の履行に向いていた。感じていないことを言葉にして、彼を欺いた行為への謝辞が私の精神を引っ張っていたのだ。


 私はその引力から逃れたかった。


 心の澱を取り除き、安寧の気持ちで今日という幸福な一日を終えたかった。


 この自慰の観念だけが立ち止まっていた私を彼のもとへと動かした。


 彼の家に近づく毎に肩は重くなった。法則的にあり得ないことだが、プリントはその重さが増しているように感じられた。


 安らかさを求めているのにもかかわらず、私の脚は厳冬の闇夜において臆病にも震えた。


 だけれども、体は動いた。


 そのせいで私は彼の家についてしまった。


 一階にも、二階にも灯りがついていない家は空虚であった。約束を予定通り守れていた頃とは違い、家全体は空き家のように見えた。


 私はその認識に従った。


 目の前にある光景が事実であってそれ以外にはありえないと思い込んだのだ。「今日、自分が来ていようと彼は留守で会えるはずがなかった。だから、プリントを普段と同じ時間に届けられなかったのも仕方なかったんだ」と、自分に言い聞かせた。


 自己弁護は歩みを停滞させていた心を弛緩させた。そこには若干の晴れやかさもあった。


 このとき、私は贖罪の引力を忘れることを決心したのだ。


 あの時、私は「ポストに入れて帰ろ」という約束を反故する意思とそれに盲従することしか頭になかった。二階を見たときカーテンが開いていたことの意味を考えず、与えられた仕事を単なる仕事として完了する意思しかなかった。


 私はリュックから取り出した彼用のプリントをポストに投函した。誰の了解も取らず、約束を反故したことへの罪悪感を考慮せずに。


 彼の家に背を向けたとき心は晴れ渡った。それと同時に「約束を破ることは簡単で、罪悪感も大したことないな」という驕りも得た。

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