停滞の入口
入学式で祝辞を読んだ主席入学者は彼ではなく、ショートカットの賢そうな顔をした女子だった。当たり障りのないその内容は、頭に残っていないが、「大介が祝辞を読んでいたらな」と妄想していたことは鮮明に覚えている。
会場である体育館から自教室に戻った。そこでは入学後初のホームルームとして自己紹介が行われた。男子と女子半々の四十人クラスには、陽気な運動部、物静かで勉強熱心な人、K-POPファンに、アニメオタク、多様な人で溢れていた。彼もまたその中の「音楽好き」という一点になっていた。
ホームルームを終えると放課になった。
私は同級生とサッカーの話題で盛り上がった。彼とともに帰る予定だったが、私は彼らに連れられてサッカー部の体験入部に向かった。もっとも、アップシューズも、スパイクも、体操着さえ持っていなかった私たちは、顧問である体育教師に怒鳴り付けられる先輩たちの姿を見つめるだけだった。
空が茜色に染まった頃、私たちは帰路についた。
私は彼らと駅前で別れた。帰宅ラッシュの時間にちょうどぶつかっていたため、駅構内は混み合っていた。その人混みと蒸し暑さに「これがあと三年か」と辟易したこともよく覚えている。
改札を抜け、プラットホームに降りても人は溢れていた。自宅の最寄り駅に向かう電車はすでに満員でそれに乗ろうとは思えなかった。高校初日で疲れていた体は余裕を求めていたのだ。
満員電車が過ぎ去ってもなお人は大勢いた。私は「次も満員か?」と胸中に不満を浮かべた。
ただ、この環境に対する不満も人ごみの中から彼を見つけたことによって幾分かぼやけた。
順番待ちの列を抜け出し、階段から降りてくる彼のところに向かった。両耳にイヤホンを突きさして、俯きがちに歩いている彼の視界に私は入っていなかった。
プラットホームに降り立った彼の背後に回り、私は彼の肩に触れた。
瞬間、薄い肩はびくっと奮い立ち、彼は慌てて私に顔を向けた。
「どうだった?」
彼は普段よりもいっそう不機嫌そうに眉間をしかめた。
「別にどうってことない。中学と同じさ」
イヤホンを仕舞った彼はため息交じりに答えた。そこには落胆と苛立ちが含まれていた。
「中学と同じでつまんないやつしかいない」
「『つまんないやつ』って、まだ初日だろ」
彼とともに再び列に並びなおした私は、その横顔に微かな強張りを見出した。
「初日でもわかるもんだよ。気が合わないやつっていうのは。顔を合わせればわかる。長い時間かけて話さなくたってさ」
彼がそう言い終えると同時に、けたたましい音を立てて電車が入ってきた。表情を一切変えず、声音にはある種の憎悪を込めていた彼の立ち姿は不吉な予感を覚えさせた。