焚き火のそばで前編
朝の光が、石畳の隙間から差し込んでいる。
カイルは宿の硬めのベッドで目を覚まし、ぼんやりと天井を見つめていた。
「……さすがに飲みすぎたな」
昨夜の酒場の喧騒、焼けた肉の匂い、バルドのうるさすぎる笑い声——
全部が、少し遠くで鳴っているような気がした。
顔を洗い、装備を整えてから街の中心にある冒険者ギルドへ向かう。
扉を押し開けると、朝の喧騒とざわめきが一気に押し寄せた。
カイルは少し目を細めて、壁際の掲示板へと向かう。
「……Fランクの依頼、出てるか」
そしてふと思う。
——てか、あいつ……バルドって何ランクなんだろうか。
勢いでパーティーを組んではみたものの、本当に大丈夫か?
自分の実力を見誤らないことも、冒険者としての基本だ。
掲示板にはランクごとに仕分けされた依頼札がずらりと並んでいる。
「薬草採取……ラビット討伐……荷物運びに、掃除。妥当すぎて泣けるな」
そんな独り言をつぶやいたところで、背後から派手な声が飛んできた。
「おー! カイル! 起きるの遅いじゃねぇか!」
振り返れば、案の定バルドが満面の笑顔で手を振っている。
あいかわらず目立つにもほどがある男だ。
「……うるせぇ。朝くらい静かにしろよ」
「朝じゃねぇ、もう昼前だっての!」
そんなやり取りに、受付嬢がクスッと笑いながら声をかけてくる。
「おふたりとも、Fランク向けの依頼でしたら、こちらになりますよ」
差し出された札の内容に、ふたりの視線が同時に落ちる。
「お前って、Fだったのか?」
「カイルもかよ」
顔を見合わせて、ふたりは同時にため息をついた。
「……じゃあ、薬草とラビット、まとめて行くか」
「うん。手慣らしには、ちょうどいいな」
街を出てから、森の外縁部を歩くこと約三十分。
カイルは草のかき分け跡を見つけて立ち止まった。
「……あった。ラビットの痕跡」
地面に、V字に割れた足跡が並んでいる。
特徴的なのは、その間隔だ。小柄な体格に反して、足跡同士が不自然なほど離れている。
「随分と飛んでるな……」
「二足で跳ねるってやつか。ウサギのくせに立ち上がるとはな」
バルドが面白そうにしゃがみ込み、近くの草を押しのけて確認する。
「葉っぱも食いちぎられてるな。……けど、気配は薄い」
「警戒してるな。昨日みたいに、不意を突かれなきゃ出てこねぇってことか」
カイルは地面を見つめたまま言った。
「ここで張っても無駄だ。今日は採取だけにして、明日朝イチで戻ろう」
「おう。ラビットも相手しなきゃいけねぇけど、薬草は逃げねぇしな」
「……いや、こっちもたまに根こそぎ取られてたりする」
「誰だよそんなことすんの。魔物か?」
「さぁな。意外と……ウサギだったりしてな」
ふたりは苦笑しながら、森の奥へと進みはじめた。